勇者とか間に合ってますから
ふと思いつきでこんなものを書いてみました。
魔王顕現。
その報を聞いた神殿は、早速対策を立てそれを実行に移さんとする。
異世界よりの勇者召還。この世界の法則に縛られぬ者を呼び出し魔王への対抗策とする。古来より確立されていたその手段を用いようとしたのだ。
その許可を取るために、召還の技能を持つ巫女が王城へと赴く。
だがしかし。
「あ~……いややんなくていいよそれ」
謁見の間ではなく会議室のような部屋にてやたらと軽~く言うのは、この国の第一王子。金髪イケメンでいかにもな容姿をしているのだが、なぜかその雰囲気は酷く疲れているように見えた。
だが己の使命に燃えている巫女はそれに気付いた様子もなく、空気読まずに問いただす。
「どういうことです!? 魔王の討伐は世界にとって最優先事項、それを放置するなどとは……」
「いや別に放置してないよ、勇者の召還がいらないってだけで」
ぞんざいに訴えを制する王子の言葉に、「は?」と目を丸くする巫女。魔王の討伐と勇者の召還はいわばセットである。単品ではお出ししていません。いやちがくて魔王は勇者でしか滅することが出来ない。それは確かな事実であり、それ以外の手段では魔王を滅ぼしきる事は不可能だ。
一体どういう事だと疑問符を浮かべる巫女に、王子は溜息を吐いて言う。
「……父上が魔王討伐に赴いた」
「…………………………はァ!?」
王子の父と言ったら一人しかいない、国王陛下その人である。紛うことなきこの国の頂点であり最重要人物である。それが色々と何かすっ飛ばしてしかも本人が魔王討伐? 意味が分からないどころではない。
混乱しそうな面持ちであったが何とか持ちこたえ、巫女は食って掛かる。
「た、確かに国王陛下の武勇は聞き及んでおりますけど! いくら何でも国の頂点たる人物を修羅場どころの騒ぎではない状況にたった一人で放り出すとか、正気ですか!?」
「……ああ、そうか。貴女は最近この国の神殿に勤め始めたんだったか」
神殿――この国の国教の総本山は外界よりほとんど隔離されている。生まれたときからそこで巫女としての教育を受けてきたのであれば、なるほど父上の実情を知らぬのも無理はない。まあ好きこのんで知らしめたいとは思わないけどなあと、肩を落としてから王子は語り出した。
「恐らくは貴女も父上の武勇伝らしきものを耳にしていると思うが……あれは話半分と思ってくれ」
「ですからその程度の武勇では……」
「だから、話の方が半分なんだよ。いやもっとたちが悪い」
「…………………………え゛?」
びき、と巫女が凍ったかのように動きを止める。まあ信じられないだろうけどなあと思いながら、王子は己の父の経歴を話し出した。
国王様伝説。
・先王のご落胤であったが、それが発覚したときにはすでに一流の傭兵としてぶいぶいいわしていた。
・初陣は十二才。しょっぱなから敵の大将首を獲るという大金星を挙げた。
・参加した戦争紛争は数知れず。そのほぼすべてで武功を立てている。
・モンスター討伐でもめざましい働きをする。天災級の獲物を狩ったことも。
・当時勇者の騙りが横行していたが、気に入らないという理由で片っ端からシメて回る。あげくに付いたあだ名が勇者番長。
・狩ったドラゴンの首の数でチェスが出来る。
・抜いたら英雄になれるという魔法の剣を、刺さっていた岩ごとぶっこ抜いた。そしてそれを鈍器として愛用している。
・乗っ取られ悪の枢軸と化した某国数十万の軍勢をたった二人で殲滅し、さらにその黒幕をボコった。
・身分が発覚し国に招聘されたが、王族になることを嫌がって逃げ回る。その課程でなぜか積み重なる武勲。
・なんとか王子として迎えるが、時折城を抜け出し悪徳貴族や悪徳商人をシバいて回る。暴れん坊王子として有名になる。
・先王が心労で倒れ、さらに嫁を迎え王位を継いだことでやっと落ち着いた……かと思ったら時折やらかす。家臣はもう諦めている。
・魔王顕現の報を聞き、家臣の制止を振り払ってシバきに向かう。 ←今ここ。
「激 し く 待 っ て 下 さ い」
「待っても良いけど、事実は覆らないからね?」
劇画調になって言う巫女の言葉をあっさりと斬り捨てる王子。気持ちは分かるが、現実は残酷なものなのだ。
王子は遠い目で虚空を仰ぐ。
「多分今頃……」
「てめえらナニチューだオラァ!!」
「……とかなんとか言いながら、魔王の軍勢を真っ向からボコってるんだろうなあ……」
「そんな悠長なこと言ってないで何とかしましょうよ援軍とか!」
「うちの軍勢全部合わせたよりも強い個人に援軍送るだけ無駄じゃないかな、って思う」
「いやいくら強かろうがこの世界の人間では魔王を滅ぼすことは出来ません!」
「それ僕らも言ったんだけどね? 「逆に考えるんだ、滅することが出来ないのであれば泣くまで殴るのを止めなければいい」とかほざきやがりましてね……」
「んなわけあるかあああああああ!!」
「まあ、最終的にあの国王一度酷い目にあった方がいんじゃね? ってのが僕含む王宮関係者一同の結論で。可能性は低いと思うけど是非とも魔王には奮戦して頂きたい」
「だめだー! この王宮だめだー!!」
ついにうわああんと泣き出す巫女。あー、こういう時代僕にもあったなあと、最早すでに色々と諦観している王子は郷愁のような感情を覚えた。
窓の外から見える空は青い。今日も良い天気だ、多分明日も良い天気だろう。現実逃避と分かっちゃいるが、そんなことを思わずにはいられない。
「とか何とかやってるうちに、今頃魔王の元にたどり着いていたりしてな」
「ぐははははは! 魔王が美女とはよくあるパターンだが好都合! 今日からお前はワシのカキタレになるのだあああああ!!」
「いやああああああああ助けてえええええええええ!!」
突如しぱたーんと会議室のドアが凄い勢いで開く。何事と驚いて振り返る巫女の目に飛び込んでくるのは、豪奢なドレスを纏った妙齢の女性の姿。
王子は驚くことなくその女性に言葉をかける。
「おや母上、どうかなさいましたか?」
そう、その女性はこの国の王妃である。彼女は口元を扇でかくしほほほほと上品に笑いながら王子に告げた。
「ちょっと旦那が浮気しそうだからシメてくるわね」
「あ、はい」
近所に買い物に行くノリで告げ、去っていく王妃にぞんざいな返事を返す王子。唖然とそれを見送っていた巫女だが、はたと我に返った。
「ちょ、いくら何でも王妃様まで魔王の元に向かうとか、それはないでしょう止めましょうよ!」
王子は振り返ることすらせずに、さらにどよんとした気配を漂わせて言う。
「さっき父上がたった二人で数十万の軍勢壊滅させたって言ったな? その時の片割れが、母上だ」
「…………………………………………はいィ!?」
ぎい、と王子が首だけ振り返る。その目はなんか死んだ魚のようだった。
「あの人にも、元々は乗っ取られ悪の枢軸となった国の王女だったとか復讐のために力を得ようとして傭兵になったとか魔術を極めるために全能の魔女と呼ばれた高名な魔術師が住まうこれでもかって罠だらけで難攻不落の迷宮を踏破したとかその魔術師からもう教えることはないから勘弁して下さいって土下座されたとか、色々武勇伝があるけど聞くか?」
「……いいです、もういいです……」
巫女は力無く床に膝をつき、しくしくと泣き出す。
「私たちは一体何のために……今まで……」
「あ~……まあアレだ、万が一あの二人が戻ってこなかったらその時は出番あるし、期待しないで気楽に待っといて」
王子が慰めるように言うが、全然慰めになっていなかった。
この後、あっさり魔王軍が瓦解したり捕虜となった魔王がなぜか王宮でメイドとして働いていたり国王がしばらくの間城の塔から逆さづりにされていたり神殿の巫女が辞める辞めないで大騒ぎになっていたりしたが。
いつものことなので国民は誰も気にしなかった
王国は今日も平常運転である。
(※平和とは言ってない)
自分で書いておいてなんですが、なにこれ。
お初な方もそうでない方もおはこんばんちわ、隙間産業物書き緋松です。
よくある異世界勇者召還もの、それに反逆するっ! ……反逆した結果がこれだよ。
なんでこーなったんでしょうかねえ、やはり思いつきでものを書くのはいかんかったんでしょうか。
思いつきじゃなくても大したものを書けないのは秘密だっ!
ともあれ楽しんで頂けたらいいのですがいかがでしょうか。もしよろしければ感想の一つも頂けると小躍りしながら喜びます。
それではこのあたりで失礼します。
※追伸 続きができてしまいました。
よろしければそちらもどーぞ。