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マスターと血薔薇幹部たち

 あれから一か月も月日が流れました。マントの仕立もあらかた終わり、ついさっきケイ様のドレスが仕立てあがったところです。

 急ぎとはいえ、なかなか美しいシルエットに仕上がったと思います。次はダレス様のシャツですか……ああ、気が重い。


 そんな時窓に黒い影が映りました。伝書用のコウモリです。

 表に出てくくられた羊皮紙を取ります。送り主は……


「ル、ル、ルル、ルーザ様?」


 一瞬にして心臓が早鐘のごとく鳴ります。そこには丁寧かつ美しい文字でルーザ・バラックと書かれているのですから。

 内容は仕事の依頼でした。そして集会所に来てほしい、と。

 私は大急ぎで依頼書を“ルーザ様依頼書ボックス”に仕舞うと仕度を始めます。

 生地のサンプルと、小物のサンプル、それから書類に針箱と念のために完成したケイ様のドレス……

 最後に邪魔な髪を三つ編みに結い直すと街に飛び出しました。多分、仕度速度の最高記録を樹立できたと思います。え? 気のせいですって?


 近所のスミレ沼近付近に咲いているスミレを三本摘み、沼に浮かべます。そうすると轟音と共に沼に一瞬穴が開くのです。私は躊躇なく飛び込みます。

 ゴボゴボと沸騰するような水の音とともに私の身体は下降していきます。しばらく浮いている感覚の後地面に足がつくのです。

 正直、集会所への行き方はエキサイティングすぎて慣れません。

 通路をまっすぐ歩いた行き止まりにある紫の扉を開けた先が集会所です。

 多分団員以外の吸血鬼で入れるのは私と花屋のべインくらいでしょうね。


 私が急いでドアを開けると一人の男性が迎えてくれました。


「遠方よりお疲れ様でございました」


 綺麗なブロンドの髪にルビーのような真っ赤な瞳を持った紳士的な男性です。

 彼はBlood ROSE内で超レアキャラと言われているジャック様です。私も数えるほどしかジャック様にあったことはありません。何せ、集会所から一歩も出ない団員なのですから。

 ジャック様は集会所内の管理や後方にあるバーのマスターをなさっています。ジャック様の淹れるローズティーは格別だと常連のカユ様やキャンディ様から聞いております。

 しかしバーのマスターなのに評判なメニューが紅茶というのも不思議な話ですよね。


「ルーザ様の文を見て参じたのですが……」

「ああ、ルーザ様でしたら書庫の方に書類の整理に入られました。呼んできますね」


 品よく微笑むと書庫の扉に歩いて行かれました。

 もうすぐ、あと何分もしないうちに私の前にはルーザ様が現れるのです。胸が張り裂けそうな気分です。今日はどのようなお召し物なのでしょうか。それよりなんとご挨拶をしたらいいのでしょうか。私はシャツの襟元を正します。

 緊張しながら待っていると、厚く重そうな扉が開きます。


「忙しいところすまなかったな」

「い、いえ! ご依頼ありがとうございます」


 ルーザ様の為でしたら納期がいくつ重なっても駆けつけます。それにしても今日もお美しいですね。ああ、私の仕立てたズボンをお召しになっていただけているのですね……! なんて言えるはずもなく私は深く頭を下げます。


「今日はジャックのエプロンを仕立ててもらおうと思ってな。集会所管理を任せていて外に出る時間がないので採寸に呼んだのだ」

「すいません。少しなら縫い物もするのですがボロボロになってしまいまして」


 ジャック様は申し訳なさそうに笑いました。


「頼めるか?」


 ルーザ様の頼みなんて断れるはずないです。例え今からロイ様の美しい白髪を切ってこいという頼みでも、です。多分そんなことをしたら兄に殺されそうですが。


「かしこまりました」


 私はすぐに採寸を始めます。ルーザ様はまだ仕事があるらしく戻ってしまいました。いいのです。一目その姿を拝めただけで今日は幸せなのです。



「おお! リシャールが集会所にくるなんて珍しいじゃん」


 ルーザ様と入れ違いに出てきたのはカユ様とケイ様です。若い吸血鬼が二人揃うと活気に溢れますね。まあ、見た目は全員一緒のようなものですが。


「今日は出張仕立屋でございます。ケイ様のドレスも持ってきてありますのでどうぞ試着してみて下さい」

「おお、それはすまないな」


 ケイ様は衣装ケースからドレスを取り出しました。カユ様も盛り上がっています。


「それでは、着てみよう」

「ケ、ケイ様! 目のやり場に困ります」


 私はその場でシャツのボタンをはずそうとするケイ様を遮ります。ケイ様は小首を傾げこちらを見ます。


「何故だ? まだ体は男のままだが?」


 いやいやいやいや。まだ、ということは着替えながら女性になるのですよね。私の心の準備が……


「ケイ様、奥の部屋が空いていますよ。どうぞ」


 すかさずジャック様がフォローに入ってくださいました。ありがとうございます。

 ケイ様は不思議そうな顔を崩さないまま奥の部屋に入っていきました。


「ジャック様、採寸が終わりました。エプロン形は今つけているのと変わらない形でよろしいですか?」

「ええ、大丈夫です。ありがとうございます。お礼にとはいってはなんですが、紅茶を淹れてきますね。少々お待ちください」


 おお、集会所名物の紅茶ですね。とてもわくわくします。隣ではカユ様が俺のも! と元気よく声を上げてらっしゃいます。


 同じタイミングで一番近くのドアが大きな音を立てて開きました。


「おやおや。フォックス家の四男リシャール君が何をしているのかな?」


 ま、まさかこの声は。


「お、ダレス。おはよう」

「おはようさん、カユ。おじさん、ちょーっと寝すぎちゃったぜ」


 やっぱりダレス様だったんですね。以前見たときの数倍派手なシャツにカーテンのような生地で作られたジャケットのダレス様がいました。

 ああ、私の胃が猛烈にキュッと締まる感覚がします。

 隣を見るとカユ様が驚愕の表情をしていました。その顔は蛇が突然現れて威嚇している猫のようです。私より表情があからさまですよ、カユ様。


「リシャール、ドレスを着てみたのだが」


 奥の扉が半分開きました。ケイ様が顔だけひょっこり出します。瞬間、カユ様が驚きの速さで走っていきました。


「おい、お前の相棒のセンスはどうなっているんだ? 俺、人間だった時の絵本でしかあんなの見たことねえよ!」

「我に言うな。止めても聞かないのだ。夜会で一緒にいる我の身にもなってみろ」


 小声で言い争っています。ダレス様はそんなことはお構いなしにジャック様のバーカウンターの方に歩いて行ってしまわれました。なんと自由な方でしょうか。


 ケイ様曰く、こっそり趣味のいいジャケットを置いても出発する時にはなぜかとても懐かしいデザインの服をお召しになっているのだとか。

 そして20回に一回驚くほど趣味のいい服を着ているそうなのです。残念ながら私は20回に一回を遭遇したことがありません。


「そんな服を仕立てるリシャールも大変なんだな……」


 カユ様のその言葉に少し心が軽くなった気がします。

 その後ケイ様のお直しもスムーズに進みました。いつも試着の時は身体だけ女性になるので今度は夜会の時のお姿を拝見してみたいです。

 

「お茶の準備ができましたよ。皆さんお揃いです」


 ジャック様が試着部屋まで呼びに来てくださいました。私たちはバーカウンターの方に向かいます。

 そこにはルーザ様を筆頭にロイ様、キャンディ様、そしてダレス様が着席されています。

 噂のローズティーは驚くほど香り高く濃い味でした。薔薇はジャック様の育てられたものを使っているのだとか。

 和気藹々(わきあいあい)とした空気の中カユ様が口を開きました。


「あのさ、ダレス。その服はちょっと、なんていうか……」

「素敵だろ? 昔におばあ様が縫ってくれたのを少しずつ補正しているんだ」


 ダレス様は得意げに裾をひらひらさせます。おばあ様って何世紀単位の代物ですよね。道理でデザインが先代のパターン集にあった物に似てると思いましたよ。


「いや。俺ははっきり言うぜ。それは現代では流行遅れだ!」


 カユ様は立ち上がってガッツポーズを決めました。その気持ちわかります。言ってやった。俺は遂に言ったとことですね。

そうです、言ったことに意味があるのです。よくやりましたカユ様!


「そうかあ? ロイとキャンディはどう思うんだ?」


 キャンディ様は困ったように眉を下げました。はっきり言えないと言った表情でしょう。


「私はいいと思いますよ」


 ロイ様はいつものように美しく微笑みます。

 それはロイ様が服に頓着がないからだと思います。いやもしかしたらロイ様の中でおしゃれイコール着込んでいるという認識なのかもしれません。


「な、ロイもいいっていうじゃあねえか」

「じゃ、じゃあさ、ルーザはどう思う?」


 カユ様は相棒であるルーザ様に助けを求めます。頑張ってくださいカユ様! 私は心の中でカユ様を応援していますよ。


「俺もどうかと思うと前々から思っていたな」


 ルーザ様! ああ、ルーザ様! さすがでございます。団長からの一言では従わざるをおえないでしょう。勝利です。私が胃痛に耐えながら服を縫う日は今日で終わりなのです。


「じゃあ俺はしばらく集会には出られないぜ?」

「何故だ?」


 ルーザ様はダレス様をまっすぐに見ます。ああ、その鋭い眼差しも素敵です。


「そりゃあ、服を全部カユのような形に仕立てないとならないからな。俺はたくさん服があるんだ」

「それは困るな」


 ダレス様はにっこり笑うと残っている紅茶を飲み干します。


「じゃ、この話はおしまいだ。団長さんは団員の個性を大事にするモンだぜ」

「そうか……」


 席を立つとひらひらと手を振りダレス様は去っていきました。

 敗北です。あのルーザ様でさえもダレス様のセンスは変えられないのですね。



 扉の音と共に隣からカユ様の大きなため息が聞こえてきました。

 みんな肩を落とす中、ロイ様はだけは


「皆さん、おいしい紅茶が冷めてしまいますよ?」


 そう白薔薇の如き優雅さで微笑むのでした。

 その後カユ様、ケイ様、キャンディ様で“ダレス様のセンスを直す会”が発足されたのは言うまでもありません。

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