副団長とかぼちゃの王様
さて、ルーザ様の刺繍も終わり一息ついたころです。
いただいた薔薇も枯れることなく蘭々と輝いています。まるであの方の瞳のようです。早速依頼のズボンを縫わねばと、依頼書を確認します。
――コンコン
ドアのガラスをノックする音がします。顔をもたげるとそこには鮮やかな髪の二人が立っていました。
オレンジの綿菓子のような髪。吸血鬼三大貴族、ミッド家の時期当主キャンディ・ハロウィーン・ミッド様。
キャンディ様のお家、ミッド家は代々子の名付けが変わっております。キャンディ様の父はアップル様、祖父はトリート様、そして双子の兄弟はパンプ様、プキン様。ミッド家とは先代から長くお付き合いさせていただいており、大切なお客様の中の一人であります。
そしてその後方はBlood ROSEの副団長、実質的なナンバーツーであり吸血鬼三大貴族ルヴィーダン家の三男ロイ・ルヴィーダン様です。
ロイ様の髪は絹糸のように綺麗で透明感のある白い長髪です。髪型のせいか一見女性のようにも見えますが、鋭いサファイアの瞳は威厳を含んでおります。
ロイ様とキャンディ様……二人が揃うとなかなか迫力があると言いますか、気品あふれるオーラが他の方とは違います。
吸血鬼界ではこの二人のファンがとても多いのです。こんなに美しく、オーラのあるふたりなら仕方ないでしょう。秘密裏にファンクラブまであります。ちなみにルーザ様は畏れ多すぎてファンクラブは作れませんが別格ですので悪しからず。
私がドアを開けると二人ともふわりと上品に笑います。
「いらっしゃいませ。ロイ様、キャンディ様。依頼でしょうか?」
「こんにちは、リシャールさん。うん、今日はロイのね」
キャンディ様が口の端を綺麗にあげます。
胸元のカボチャ型ポーラータイはアクセサリー職人である私の兄、アドルフが手掛けたものです。
長年使っていることを兄が知ったらむせび泣くでしょう、感激で。兄は超熱狂的なロイ様、そしてキャンディ様のファンですから。
「今リシャールさんは忙しい時期なのですよ。無理を言ったら行けないでしょう」
ロイ様は長い絹糸のような美しい髪を指でいじっています。
いつもは微笑みを一切崩さないロイ様が今日は不機嫌なようです。
こんなところ珍しいですね。“この間ロイ様の顔から微笑みが消えたんですよ”そんなこと他の吸血鬼に行ったら今日は“エイプリルフールではないぞ”と笑われるでしょう。
驚いた様子に気づいたのかキャンディ様は小声で仰います。
「ごめんね、リシャールさん。今日はお日様が出ているだろう?」
ああ、なるほど。ロイ様は取り分け日の光が苦手なのでしょう。
大丈夫ですよ、ロイ様。今は人間も朝は機嫌の悪い時代です。
「いえいえ、ご注文は仕立ですか?」
私は部屋のカーテンやブラインドを閉めてゆきます。ロイ様は落ち着いたようでまたにこやかになっていました。やはり、ロイ様は白薔薇如く優雅な微笑みが似合います。
「いや、私はまだ服は足りていると言ったのですよ。ですがキャンディが行くと聞かなくて……」
「だってさ、ロイったら同じズボンに同じシャツがクローゼット中を占領しているんだよ? どう考えてもおかしいって」
ロイ様は数年に一回、大量に同じデザインのシャツとズボンを依頼していきます。てっきりジャケットやベストを別の店で仕立てていると思ったら違うようです。
だって本日もあの時注文したズボンにシャツを着ているだけなのですから。
「私は服を組み合わせたりすることが苦手ですから。このシンプルさがちょうどいいのですよ」
美しい白い髪に碧眼でお洒落な服が映えるのにとても勿体ないです。
「じゃ、じゃあさ! 次の吸血鬼感謝祭のスーツは? 今年はお父様も気合が入ってるし、こればかりは同じ服じゃいけないでしょ?」
「そうですね……」
ロイ様は困った顔をなされました。キャンディ様はただロイ様に従っているだけではないのですね。少し意外です。
吸血鬼感謝祭。年に一度行われる吸血鬼の祭りです。私もその日は仕事の手を休め会場に足を運びます。もちろん来賓として出席されるルーザ様のご尊顔を拝むためでございます。
「では、パーティー用の衣装でよろしいでしょうか」
私は棚から注文用紙を引っ張り出します。
「私はどうも服には疎いのでキャンディ、お願いできませんか?」
「わかったよ。リシャールさんよろしくね」
確かにキャンディ様に頼むのも納得できます。彼はいつも少し奇抜な可愛らしい服を着ています。人間を相手に仕事をしているせいかファッションにはとても敏感なのです。
結局、ロイ様のスーツは濃いグレーのダブルボタンのジャケットになりました。ボタンは銀でロイ様の溢れる気品を演出します。
「この薔薇、綺麗ですね」
ロイ様が店頭の薔薇を見てぽつりと言います。
「ええ、ル、ルーザ様から頂いたものです」
「本当だ! 可憐な薔薇だね。どうやってこんなにきれいに咲かせるんだろう」
「とってもおいしそうです」
見事に感想がバラバラなのです。薔薇だけに……ゴホン。
「これは食用にできない加工を施したのです」
「ええ? 薔薇を食用にしなくて何にするのですか?」
ロイ様が驚いた顔をなされます。
もしかしてロイ様は意外にも合理的主義なお方なのでしょうか。少しイメージとは違って驚きました。
「そりゃあ、薔薇は元々観賞用だしね」
「そうなんですか……」
ロイ様はどうも納得されないご様子で薔薇を眺めていました。
「それじゃあ、リシャールさん。完成したらコウモリを飛ばしてね」
「よろしくお願いしますね」
「はい、ご贔屓にありがとうございます」
相変わらず美しい笑顔のままで去っていきました。
書類をまとめて一息ついた私は机に向かい手紙を綴ります。
送り先は私の兄、アドルフです。
――兄さん、お元気ですか。本日ロイ様とキャンディ様が来店しました。二人の姿は美しく気品にあふれていました。そしてキャンディ様の胸元、あなたが作ったポーラータイが曇りなく光っていましたよ。それでは。 あなたの弟、リシャールより
もうすっかり日が落ちています。私は外に出て伝書用のコウモリを飛ばしました。
そして数時間で羊皮紙数枚に渡るロイ様、キャンディ様への賛辞と、ロイ様のスーツにあったアクセサリーを作らせてくれという懇願書が届いたのはまた別のお話。