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団長と黄金の瞳

 今日も私の店はミシンの音が響きわたります。数年前まではすべて手縫いで行っていたのに便利な世になりつつありますね。来年のマントの受け渡しまで私は休むことはないのです。厳密にいうと私の仕事に休みはないのです。


 さあこのケープ付きのマント。これはBlood ROSEの団員が集会の時に着用する制服のようなものです。今回は二年越しのデザイン変更ということでとても張り切っています。最高級の布と、ゴールドの飾りボタン。ロングなのであまり重くなり過ぎないように。……そう、まさに今回のシルエットは完璧なのです。

 昨年お届けを一年伸ばしていただいて正解でした。このずっしりと重みのあるマントはルーザ様の眼差しと重なります。何度も言うようですが今回の出来はパターン、シルエット、そして生地におけるまで完璧なのです。まさしくルーザ様が一番輝ける品なのです。


 ルーザ・バラック様……Blood ROSEの団長様でございます。麗しく知性のあるそのお姿は私の理想そのものです。105年と34日前に一目見た時から私はあの方の為にマントを仕立てると心に誓いました。

 そして団員の名前の刺繍。これはすべて手作業で縫わねばなりません。今回の縫う刺繍はそう、ルーザ・バラック様。この名前を刺繍できると考えただけで私の心は震えあがるのです。それは畏れの震えそして歓喜の震えなのです。

 今日はルーザ様の刺繍をするということで一時間は手を休め万全なコンディションで挑むわけです。一ミリもずれぬように慎重に行います。

 ルーザ様専用の光沢のあるゴールドの糸を針に通します。他の方の刺繍糸は紫色なのですが。団長様のあの風格、薄い色素の瞳、そして神々しいオーラ! ゴールド以外はあり得ないのです。

 緊張の一瞬、布地に糸を通す瞬間です。そう、この一瞬からすべてが始ま……


「リシャール! こんにちはー」


 カランとドアのベルの音がしました。いつもなら喜んで受け入れるお客様を今日ばかりは憎くさえ感じます。


「おーい、いないのかぁ?」

「はい! ただいま!」


 綺麗にマントを置き店先にでます。そこにいらっしゃったのはお得意様のカユ・アルバ・ブランカフォルト様です。


 金色の元気な髪と同じく金色の美しい瞳はキラキラと輝いています。ただ常に前髪で隠れている左目がどうなっているのか、というのは巷では様々な憶測が飛び交っています。

 そして何よりあの聡明で神々しいルーザ様の相棒でもあるのです。実に羨ましい限りであります。

 吸血鬼集団Blood ROSEでは相棒制度という者がありまして、全くの他人と行動を共にするのです。公務も、生活も同じで本当に家族のような関係だと伺っています。

 カユ様はBlood ROSEの幹部も務めていて、若い吸血鬼ながら団員の統率を図っている素晴らしいお方です。


「ごめん、忙しかったか?」

「いえいえ、とんでもないです」


 カユ様の明るい笑顔で先程の不満は吹っ飛んでしまいました。なんて不思議な方なのでしょうか。


「あのな、俺の服の仕立を頼みたいんだ」


 カユ様はとてもおしゃれな方で、結構な頻度で私の店に依頼にいらっしゃいます。人間界で流行のファッションを取り入れたり、たまに自分でデザインを書いてくるのです。

 

 今回の依頼は白のベストのようで、なかなか奇抜かつスタイリッシュなデザインです。カユ様の依頼のときは色々な発見や刺激があります。


「かしこまりました。承ります」


 一時間ほどでオーダー表を書き上げ、採寸を終えました。


「後な、ルーザの服を直してほしいんだ」

「ル、ルル、ルーザ様のですか?」


 驚きと興奮で羽ペンが手から逃げだしそうになります。ああ、ルーザ様の服を直せる幸せ。なんと表現したらよいのでしょうか。


「リシャールはほんっとルーザ好きだな。このズボンなんだけどここのほつれがあるから、くるぶし丈に直してほしいって」


 本当に裾が擦り切れそうになっています。ルーザ様は物を大切に使うお方です。随分前に縫ったこのズボンも大切にはいていただいているなんて、職人冥利に尽きます。


「承知しました。ですが、これだったら新しく仕立てた方がよろしいかと」

「ああ、そうなんだけどサ。なんか気に入っているみたいよ」


 擦り切れてしまったズボンを二人で眺めました。深い茶のズボンは確かにルーザ様の落ち着いた髪の色と合います。



 カユ様と、このズボンと同じパターンで作り直すかと話し合っていたその時です。

 ドアのベルがまた鳴ります。今日はお客様が多い日ですね。


「カユは来ているか」


 低い芯のある声、すらりと伸びた四肢、陶器のような滑らかな白い肌、少し癖のある栗色の髪、そして薄い色素の美しい瞳……そこにはルーザ・バラック様がいらっしゃったのです。


「ッ! ルーザ様、よ、ようこそいらっしゃいました」


 声が震えます。普段あまり隣国のシュツメンヒにある集会所から外出しないルーザ様とこうして外で会うこと、ましてや自分の店に来店することなど初めてなのです。

 わざわざシュツメンヒから国を跨いでラルムヴァーグにいらっしゃった。

 そう、私の店にです! ああ、今日は何日でしょうか? 未来永劫、今日は記念日として祝い続けます。


「どうしたんだ、ルーザ?」


 カユ様は依然、能天気さを崩しません。親しい間柄が羨ましい限りです。私も死ぬまでにはああやって会話をしてみたいものです。


「いや、やはりズボンを仕立ててもらおうと思ってな。マントの納期等で忙しいと思ったので、直接採寸してもらおうと思ったのだ」


 なんと慈悲深いお方なのでしょうか。崩さない表情の中にも聖母のような優しさがにじみ出ております。ああ、ため息が出るほどお美しい。


「おお、リシャールよかったじゃねえか! 採寸してくれ。あんまり仕立てる頻度少ないんだから何本か一気に頼んじゃおうぜ」


 その後私は緊張しながら丁寧に採寸を行いました。

 緊張故に頭を上げることは適わず黙々と採寸をしました。ああ、立っているだけでも煌びやかなお姿は目に入れるだけでまぶしいのです。

 この世のどんな美しい言葉を使ってもルーザ様には形容できないのです。

 長い間目に入れると私が仕事をできなくなってしまいます。


 はあ……吸血鬼も興奮しすぎると頭が真っ白になるものなのです。

 今更ながらもっとお話すればよかったと考えてしまいます。私の臆病者!


 帰りにはなんとルーザ様が育てていらっしゃる薔薇を花束でいただきました。

 ええ、涙です。これは感涙です。自然に溢れて頬を伝います。私の生涯で一番きれいな涙でしょう。私の為にあの細い手で包んでくれたのですから!

 今吸血鬼界では人間の吸血を禁止されているので非常食の食料としていただいたのでしょうが、私はさっそく枯れないように加工を施し、店先に飾ります。



――ルーザ・バラック様 来店記念



 このカードを添えて。

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