手合わせ
その後、俺は東雲と活動時間について話し合った。バイトがあるので毎日参加することは無理だというと、不満そうな顔をしていたが渋々納得してくれた。案外素直だったことに少し驚いたものの助かった。
そのまま再び教室へ戻ろうとすると、東雲がとんでもないことを言い出した。
「神崎 裕人。私と手合わせしてくれないか」
「・・・は?なんで?お前、今の俺とは戦う価値がないみたいなことを言っていたではないか」
「ああ、確かにそう言った。だが、私を打ち負かしたお前が今になってどれほど鈍っているのか確認しておきたくてな」
だが俺はそんな東雲の誘いに乗ることはなかった。
「バカバカしい。俺はもうそういうのはやめたって言ってるんだよ」
深くため息をついたあと、俺は東雲の横を通り過ぎて教室に行こうとする。
すると不意に強烈な殺気が飛んできた。
「そうか。だが、久しぶりにお前とあって私がうずうずしているのだ。悪いが、相手をしてもらう」
「なに?」
振り向いた時には、遅かった。東雲の姿はどこにもなく、気がついたときには腹に一発もらっていた。
俺は後方に飛ばされる。咄嗟のことで全く無防備だった俺は膝をついた。
「渾身の力を込めたのに膝を付くだけとは・・。まだ感覚は残っているのみたいだな」
「ちっ・・・。いきなり何すんだよ・・」
腹のじんじんとした痛みに少しイラっときた俺は立ち上がる。
ダメだ、落ち着け・・・
俺は深呼吸をして気持ちをリラックスさせる。
廊下にいたせいか、生徒たちがこちらを見ているのが伺えた。まずい、目立つわけにはいかない。
だが、何を言ったところでこの子は仕掛けてくるだろう・・。
なら、人気のいないところまで逃げるまで!
「おい、何処へ行く!」
俺は東雲に背を向ける全速力で走った。当然、東雲もついてくる。しかし、流石に俺の全速力には追いつけないのか、徐々に距離が離れていく。
俺は裏庭まで行くと立ち止まった。東雲もあとにつく。
「なるほど、目立ちたくなかったんだな」
「当たり前だ。悪い噂でもたって妹たちに迷惑をかけるわけにはいかない」
「ふっシスコンめ」
東雲は微笑を浮かべると、構えを取った。
「お前、構えなんかもっていたのか」
すると東雲が頷く。
「お前に負けてから私はお前に勝つためにあらゆる努力をした・・。お前が消えてからは無駄となってしまった
が、ついに試せる日が来たのだな」
俺を倒すためだけに・・・。どこまで執念深いんだ彼女は。
だが相手にしてやらないと、東雲はいつまでも俺を狙ってくるきがする・・・。
「・・・・」
「どうした?戦う気になったのか」
「戦いたくはない。もう俺は喧嘩はやめたのだから。だが・・・、喧嘩はせずとも゛正当防衛゛なら構わないだろう」
そう言うと俺は思い切り殺気を込めて東雲を睨みつけた。大抵の雑魚なら睨んだだけで震えが止まらなくなって戦いにならないのだが・・
「おお・・・そうだ・・お前のその殺気が私にはたまらなく心地よかったんだ。そうだ、私を殺すつもりでこい」
「気持ち悪いこと言いやがって・・。少しお仕置きが必要だな」
長く戦うつもりはない・・。一瞬で終わらせよう。
そう思ったのだが、先に仕掛けてきたのは東雲だった。不意に姿が消えたかと思うと、目にも止まらぬ速さで拳が飛んでくる。常人ならおよそ目視することすら不可能なパンチだが、俺は軽々と避けるとその華奢な腕を掴んだ。
「おお?」
そしてそのまま背負投をする・・・が、叩きつけられる直前で東雲は俺の拘束から逃れ、受身を取った。そのまま、間髪いれずに今度は蹴りが飛んでくる。俺はその蹴りを手で弾くと、足払いをして東雲をこかせる。
東雲は一旦俺と距離を取ると、助走をつけて突進してきた。
「相変わらず豪快で荒々しい攻撃だな・・。しかし前と違って隙が少しなくなったな。
・・・だが」
突進してきた東雲を俺は力を受け流すようにして思い切り上へ吹き飛ばした。体が軽い東雲はそれだけで思い切り空を舞う。
「な、なんだと!お、おお落ちる!!」
東雲と何度か戦ってわかった弱点。それは彼女が高所恐怖症だということだ。
案の定、あたふたして落ちてくる彼女を俺は軽くキャッチすると、もう一度上へ飛ばした。
「うわぁ!!貴様、やめ__」
「ほら、高い高いだ」
再び落ちてくるのをもう一度上へと飛ばす。それを何度繰り返したあと、俺は彼女を下ろした。
東雲は既にぐったりとしていてもう戦闘が出来る状態ではなかった。
「うぅ・・・私が高いところが逃げてだということを知って・・」
「ああ。さっさと終わらせたかったからな。ただこれでわかっただろう。お前はまだ俺に遊ばれる程度の実力だということが」
「・・・・」
その問いに東雲は黙ってしまった。しかしやがてふらっとした足取りで立ち上がると、教室へと戻っていく。
「・・・ちょっと言いすぎたかな」
たださっさと戦闘を終わらせるにはああするしかなかった。これで彼女ももう俺に攻撃してくることはないと信じたいが・・。
その時、予鈴が鳴り始めた。俺は急いで教室へと戻る。
「・・・あ、結局弁当食べ損ねたじゃん!!」
この後、俺はかなり空腹の状態で授業を受けることになったのだった___。