恨み
放課後、いつものように部室に行くと先に木島と咲良が来ていた。そのまま入ろうとしたのだが、何か俺のことについて話しているのが聞こえたので思わず耳を傾けた。
「へぇ・・兄さんがそんなことを・・」
「私、今まで男なんていつも女の尻ばっか追いかけてどうしようもない妄想している奴だと思ってたけど神崎は違ったわ。今までひどいことをしていた自分が本当に愚かだった」
「当たり前です。兄さんをそのへんの男と一緒にしないでください。兄さんは私達にとっては命よりも大切なものなんですから」
う・・・咲良がそんなふうに思っていただなんて・・。最近態度が少し冷たいから嫌いになったのかと心配していたけど、どうやら俺の早とちりだったみたいだ・・。俺は内心とても嬉しかった。
しかし少し入りづらいな・・。もう少しタイミングを伺っておくか。
「でも、私神崎に嫌われてたらどうしよう・・・。今まで散々言ってきたし・・どう頑張っても好きになってもらえる要素がないわ・・」
そう言ってみるみる落ち込んでいく木島。いつもの姿とは対照的だった。そんな木島を見て咲良は、
「大丈夫ですよ。兄さんはそんなことで貴方を嫌いになったりしません。いつも通りでいいんです。多分、兄さんもそれを望んでいるんでしょうから」
「でも・・・」
「でもじゃありません。それとも、本当に兄さんに嫌われてもいいのですか?」
「そ、それは絶対にいや!」
「なら頑張ってください。まあでも私は応援はしませんけど」
そう素っ気なく言う咲良だが、その言葉のうちには木島に対する気遣いがみてとれた。
「(これは俺が聞くべき話じゃないな)」
俺は耳を傾けるのをやめると、一旦去ることにした。そのまま宛もなく、廊下を歩く。
角を曲がったところで、ふと見たことのある背中を見つけた。宮内だ
「宮内ー」
「ん・・?」
俺が宮内を呼ぶと振り返る。そしてそのまま苦虫を噛み潰したような表情でこちらを見てきた。
「なんだ貴様か・・。一体何のようだ。僕はこれから忙しいんだ」
「いや、別に何の用もないけど」
「なら話しかけるんじゃな・・・って貴様、その腕はどうした」
宮内が俺の怪我をしている腕に気づく。俺は簡単に経緯を説明すると、宮内は複雑そうな表情をした。
「貴様のような頑丈だけが取り柄の脳筋でもそんな怪我をするんだな・・・」
「失礼な。誰が脳筋だ」
「ふん。・・・あ、そうだ。冥土の土産に貴様に一つ教えておいてやる。
・・・・あの転校生には気をつけろ」
「は?転校生って___」
俺が聞き返すまもなく、宮内ははしりさっていった。転校生って天王寺のことだよな。天王寺に気をつけろ・・・か。確かにいつもにこにこしていて掴みにくい性格をしているとは思っていたが、裏があるとは思えなかったけどな。
というかもしそうだとしてなんで宮内が俺に教えてくれたんだろうか。宮内は確か俺のことが嫌いなはず。それならあんな忠告はしてこないはずだ。それなのに教えてくれるということは・・・。
「もしかして、宮内はツンデレなのか?」
「何を言ってるんだ神崎裕人」
「うぉっ!?」
その声に驚いて振り向くと、目の前に東雲が立っていた。油断していて全然気付かなかったぞ・・。
「東雲は今から部活だろ?」
「ああそうだ。というかなぜ他人事なのだ。神崎裕人も来るんだぞ」
「あーはいはい。わかってるって」
今日もまた意味のわからない部活が始まるのか・・。俺は少しめんどくさそうに思いながら部活をこなすのだった・・・。
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そうして部活も終え、咲良と共に家に着くと既に理子が帰ってきていた。風呂に入っているのか、シャワーの音が聞こえてくる。俺はとりあえず荷物を置き、喉が渇いたのでお茶を飲んで休憩することにした。
「ふぅ・・・やっぱ片腕使えねえと不便だな」
冷蔵庫を開けてお茶を探す。
「あ・・・もうお茶がないじゃん・・」
仕方がない。近くまで買いに行くか。
俺は咲良にお茶を買いに行くことを言ったあと、家を出る。外は既に日が暮れかかっており、夜までまじかというところだった。やばいやばい。早く行かないとスーパーが閉まってしまう。
俺は少し忙し足でスーパーへと赴き、2リットルのお茶を二つ買ったあと、スーパーを出る。
「ふう・・なんとか間に合ったな」
そのまま帰りへの道へとついていると、声をかけられた。俺はその声に振り返ると、そこには天王寺が。
「神崎くんこんばんは」
「あ、天王寺か。どうした、こんなところで」
天王寺は夕日を背景に立っており、微笑んだその表情は少し不気味に感じられた。
「いえいえ、たまたま神崎くんを見つけたもので。・・・買い出しですか?」
「ああ。お茶が切れていてな」
天王寺はお茶を下げている袋を見た後、今度は俺の怪我をしている腕を見る。
「怪我もしているのに大変ですね。よかったら僕がお持ちしましょうか?」
「ああいや、別に大丈夫___」
そう言おうとして、俺は強烈な殺気に気付いた。
天王寺ではない。
少し離れたところから誰かが俺を見ている・・・?
「どうしましたか神崎くん」
天王寺は笑みをこぼさずにそう告げる。なるほど、これは大半の女子が堕ちるわけだ。男の俺から見ても天王寺はかなりの美少年で笑みが似合うのだが、この時俺は初めて天王寺に違和感を覚えた。作り笑いに見えたのだ。
「ああいや、なんでもない。とにかく、急いでいるからもう行くな」
そう言って帰ろうとすると回り込まれてしまった。
「ちょっと待ってください」
「ん?まだ何か用か」
「ええ。用というよりももっと大事なことです」
もっと大事なこと・・?
俺は天王寺の言っている意味がわからずに油断していたのがまずかった。いつの間にか天王寺が目の前に来ていたのだ。
「はい。これが大事なことです・・・よ!」
「は__」
咄嗟に身構えようとするが天王寺の方がわずかに早かった。俺は腹部に一発重い拳が当てられ、そのまま後方へと吹っ飛ぶ。
「ぐぅっ・・!!い、いきなり何を・・」
完全に無防備だった俺は直に喰らってしまい、膝をつく。天王寺がゆっくりと歩いてきた。
「ああ・・いいですね。この感触。しかも相手が神崎くんとなると最高の喜びだ」
「お、お前・・・何を言って・・」
俺は苦しそうに腹部を抑えながら立ち上がり、天王寺と対峙する。天王寺は相変わらず笑みをこぼさないまま、こういった
「いやぁ、本当に苦労したんですよ神崎くんを見つけるのには。使えない部下たちのお陰で今日この日まで貴方を逃してしまいました。本当ならもう少し待つ予定だったのですが今日神崎くんを見てしまったらどうしてもこの衝動が抑えられませんでした」
そう言って天王寺は俺を殴った方の手を見つめる。
「それに神崎くんは何故か知りませんが負傷している様子。それなら全快じゃないうちにさっさと潰すに越したことはありません」
この時、俺は初めて宮内の言っていた意味がわかったような気がした。でもそれなら一つ疑問が生じる。
なんで宮内は天王寺のことを知っていたんだ・・・?
「俺に何の恨みがあるのかは知らないが・・・攻撃してくるならそれ相応の処置は取らせてもらうぞ」
この瞬間、俺の中で天王寺は敵と見なすことにした。天王寺に向かって鋭い殺気を飛ばし、威嚇する。
「まだ思い出せないのですか。まあそれも仕方ありませんか・・」
すると天王寺は懐から1枚の黒いマスクとグラサンを取り出した。そしてそのまま装着する。
俺はその姿に見覚えがあった。確かこいつは・・
「お前、天王寺ってまさか・・」
「ええ、そのまさかです。やっと気づいていただけたようですね」
天王寺 航。俺が不良だった頃、最初に県内を仕切っていた大規模の不良集団だ。その総長である天王寺は黒いマスクとグラサンで素顔を隠し、暴れまくっていた事からかなり恐れられていた。だが、俺が壊滅させてからは統率力を失っていき、勝手に滅んだと思っていたのだがつめが甘かったようだ。
くそ・・俺が不良をやめてこんなところでつけが回ってくるとは・・。
天王寺はグラサンとマスクを外し、懐へとしまう。
「神崎くんに壊滅させられてから私は部下からも信頼されなくなり、解散せざるを得ませんでした。神崎くんさえいなければ、今でも私が頂点だったんです。それを神崎くんが潰してしまった。でもそれはまだ仕方がないのです。力あるものが制するというのは私達不良界においては普通だったのですから。
ですが神崎くんは荒らすだけ荒らしたあと逃げてしまいました。挙げ句の果てに不良をやめたと。私はそれが許せなかった。散々私達の陣地を荒らすだけ荒らしておきながら頂点を取るわけでもない、ただ暴れたかっただけ。それがどんなに私をイライラさせたのか神崎くんにはわからないでしょう。だから神崎くんに恨みだけがどんどん募っていきました。最初神崎くんを見つけた時は涙が出るほど喜んだのですよ。・・・ああ、やっとこれで恨みが晴らせると。そうして私は神崎くんをこの手で始末するためにやってきました」
おいおい・・・どんだけ執念深いんだよ・・。確かに今天王寺が言ったことはほとんど事実だ。だけど、普通それでこんなところまでやってくるか?わざわざ転校してきてまで。
俺は天王寺の執念深さに少し恐怖すら覚えていた。
「ですが、まともに立ち会ったところで神崎くんには勝てないでしょう・・・。ですので私は別の観点から、じりじりと神崎くんの心をえぐっていくことにしました」
「・・・?」
天王寺のいっている意味が分からず、頭にはてなマークを浮かべていると、天王寺が次にこういった。
「明日になればわかりますよ・・。では、僕は忙しいので今日はこれで失礼しますよ」
すると天王寺はあっさりとその場から去っていった。俺は警戒心をとくと、落としてしまったお茶を拾う。
どうやら天王寺は何か仕掛けてくるみたいだ。それがなんなのかは分からないがとにかく、咲良と理子にだけは迷惑かからないようにしないとな・・。
「はぁ・・しかし、面倒な相手が来たな・・・」
俺は深いため息をついたあと、家へと向かったのだった・・・・。