Omen
目を覚ますと、そこには見慣れた天井があった。
どうやら僕はあの映像を見ながら寝てしまったらしい。いや、どちらかと言うと気絶の方が正しいのか。
ふとベットから体を起こしテーブルの方を見ると、あの映像を写した機械は当たり前のようにそこに置いてあった。
「夢ならよかったんだけどなぁ」
本当、全部夢だったらよかったのに。あの店であったこともカボチャ頭に聞いたことも。
外はやたらと明るい、もしやと思って時計を見る。
「...三時」
外の明るさからして昼の三時だろう、そんなに眠ってしまっていたのか私は。
学校のない日で本当に良かったと思いつつも、大切な休日の半分を眠りこけて過ごしてしまった事には変わりない。
このまま二度寝するのもいいが、朝も昼も抜いてしまったためお腹がすいてしまった。
「何か食べるか」
きっと下に降りれば何かしら置いてあるはずだ。
ベッドから立ち上がり、けだるい体を引きずって部屋から出る。
全く、誰かしらおこしてくれたっていいじゃないか。
三時だぞ三時。
「坊、ちょいと待てい」
下に降りようとしたとき急に呼び止められる。
「じ、爺様」
振り返るとそこには、僕をあの店に向かわせた張本人、白くて長いヒゲがチャームポイントの
僕の祖父が立っていた。
「何か用でしょうか」
「昨日お前の叔父から電話があっての」
「へ、へぇ」
「上手くいったと喜んでおったわ。少々値が張ったようじゃがのう」
「それはそれは」
「店主に一つ礼をしたいと言っておったが、忙しくていけんらしい」
「ふぅん」
「お前行って来い」
「嫌です」
自分でも驚くくらいの速さで断っていた
「行け」
「嫌です」
「本当は儂が行きたいのだが場所を知らんでのう」
「電話ですりゃいいでしょう」
「何を言うかこの若造が!電話で済ますバカがおるか」
「えーだって」
「つべこべ言わずに行ってこんかこの若造が。行かなんだら夕飯を抜くぞ」
「えーうーあー、わかりましたぁ!」
あの場所に行くのもゴメンだが夕飯を抜かれる方がきつい、仕方がない行ってやるか。
私は一度部屋に戻り、着替えてから向かうことにする。最悪だ。
しかしながらあれだ。一方的に送りつけられてきたあの変な機械を返すことのできる貴重なチャンスでもあるわけで。さっさとお礼だけ言って帰ってこよう。明日は早いのだ。
てなわけで
やってきてしまいましたsingsingsing
相変わらず不気味なところだことで。
さ、さあ早く終わらせよう。息を整えてインターフォンに手を伸ばす。
あのカボチャ頭に礼を言って、終わり。それだけだ、なんのことはない
...はずだった、問題は
伸ばしたてがインターフォンを鳴らす前に建物のドアが開いてしまったこと
「あっ」
「おや?」
ドアを開けたままきょとんとした顔でこちらを見ている少女は銀色のショートカットの髪で片目を隠し
縞模様のワンピースに黒いネクタイこの少女は確か
「君は」
「どったい兄ちゃん、うちに何か用か?」
シャーロット・キャンディハウス
あの映像で糸を自在に操り、天使たちをバラバラにしていた少女だ。忘れもしない。
「何ぼーっとしてんだァ?」
「あ、や、申し訳ない。その、社長さんはいるかい」
「社長なら野暮用で出かけてっけど」
落ち着け、表情を崩すな笑顔を引きつらせるな
「どのくらいで帰ってくるんだい」
「知らねえなァ、あの人いつもフラフラしてるから」
「そ、そうかい」
「ま、そのうち帰ってくると思うけど。どうせだし中で待ちなよ」
「いや、それは迷惑になるだろうからいいよ」
勘弁してくれ
「迷惑?だァいじょうぶだよそんなん。今酒盛りやってんだ、兄さんも混じりゃいい」
「だからいいって、ホント、ホント!」
銀髪の彼女はその冷たい手で私の手を強引にひっぱり私のことをあの建物の中へ連れ込んでしまった。
建物の中は笑い声と音楽で溢れていて私が最初に来た時とはだいぶ印象が違っていた。
「おーいみんなァ、お客さんだ」
建物の中では私が見たビデオの中の登場人物と思わしき人らが酒を飲み交わしていた。
「お客さァん?いったい誰かしら」
まず第一に口を開いたのは恐らく、ヘンリエッタ・マリーゴールド
シルクハットこそかぶってはいないものの、首のリボンと金銀のオッドアイで検討がつく。
「表でぼけっとしてたんで呼んできたんだ、なァ?」
「は、はい」
「あァら可愛い顔してる。金髪が綺麗ね」
そう言いながら私の髪をなでてくる、顔が近い。
まあ、なんだ。あの時は慌ててて判別できなかったけど、その、胸が大きい。
「よろしくね?楽しみましょ」
その金銀のオッドアイで私を見つめながら私をソファへと導く
胸が大きい
「さっそく姉御にほだされてらァ、男ってちょろいねぇ」
少しむすっとした表情のシャーロットの横につく一人の黒髪。
「ホントホント。ヘンリエッタなんて胸が大きいだけで姉さんには敵わないのにねぇ」
よくなついた猫のように顔を寄せる彼女...いや、彼か。
彼はおそらくシャーロットの弟のストロベリー。黒いなが髪にゴスロリ。
なぜ男が女装なんてするのか気がしれないが、かなり似合っている。
「姉さんに寄り付く悪い虫じゃなければボクはなんでもいいんだけどね。ほんと」
彼の目がきろりと私のほうを見た
多分あれより恐ろしい視線を感じるのはあとにも先にもこれきりだろう。思わず目をそらした
目をそらした先には、あの時の執事。ええと名前は確か
「キャルビン・ベン・カートリッジでございます。お久しぶりでございます、コーヒーでもおいれいたしましょうか」
なごやかな笑で私を見る。あの時の狼とはとても思えない。
「ダメよカルビン、お子様にはホットミルクでしょう?」
「おっと、これは失敬」
「まだ何も言ってないんですが」
「君にはホットミルクで十分だと思うんだけどなーボクは」
「えーそんな」
「こんなときにちゃんと言っとかないと損すんぞ、ほら」
「もう、なんでもいいです」
だめだ、完全に囲まれてる。不思議と威圧感とか恐ろしさはないのだが。ものすごい違和感がする。
「ふ、ふふ」
そんな私を見ておかしく思えたのだろうか、どこからか上品な笑い声が聞こえる。
ゆっくりと笑い声のした方へ目を向ける。
「楽しそうね」
そこにいたのは水色の髪をあげた、上品な顔をした女性がいた。
顔色は薄紅色に染まっていて、どことなく色っぽくて美しい。何よりうなじがいい。
しばらく私は彼女に見とれていた、すると彼女の隣から視線を感じると
「楽しそう?我には騒がしいだけとしか思えぬ」
金髪の可愛らしい顔をした少年がワインと思わしき飲み物を飲みながら不機嫌そうに僕の方を見てる。
「あなたも混じっていらっしゃいな」
「我はあの様な真似はせん。子供扱いするでないぞオオミズアオ」
オオミズアオ?あの女性が?あの夜に髪を垂らし、天使を虐殺していたあの幽霊か!
そしてその隣に居るのはたしか吸血鬼の
「キティ?」
思わず声に出してしまった
すると少年は立ち上がり
「何だお主、我を知っているのか?」
と怒ったように言うので
「いやいやいや、なんかそれっぽいなーって」
なんてごまかしてみると
「ハハハ!ちげぇねぇや!どっからどう見てもキティって顔だよ」
とシャーロット
「なっ、我は高貴なる吸血鬼なるぞ!...全く。我はその名で呼ばれることを好まん。キティ・エーヴェリエル・ヴラッドマンだ。ヴラッドマン伯と呼ぶが良い」
と、ソファに座り直してワインをすすった。
するとストロベリーがそっと耳打ち。
「あの子がワインだと思って飲んでるやつ、あれ実は安物のぶどうジュースなんだ、本物のワインなんて飲ませたことないよ」
少年はソファに深く腰掛けてくるくるとぶどうジュースの入ったグラスを回している。
「ふっ」
吹き出してしまった。なんだ、こうしてみると意外と可愛い...
「そういや、アンタ名前は?」
いつの間にか隣に座っていたシャーロットが私に尋ねる。
教えていいものかと一瞬戸惑ったが、今更隠しても仕方ない。あのカボチャ頭は私のことを知っているのだ
「ミシェル」
「ミシェル、か」
「へー可愛い名前してるんだね」
いつの間にかキャンディハウス姉弟に挟まれる形になっていた。
「なんだか坊ちゃんみたいだわねぇ」
「綺麗な名前ですこと」
「ミシェル、天使と言う意味だったな。我は好かぬ」
名前を教えただけなのに何故か盛り上がっている。
少し戸惑い気味の私の前にことり、とホットミルクが置かれる。
「お待たせしました」
上を向くとカルビンが
「どうです、化物といえどまるで人間のように無邪気でしょう」
と、私に聞こえるくらいの小さな声で言った。
ふむ。たしかにそうだ。
彼らはあの映像の中で悪魔のようだったのに今ではまるで人間のように笑っている。
今まで流れていた音楽が止み、次の曲が流れ始める。曲はおそらくルイ・プリマの「sing sing sing」
その音楽と化物たちの笑い声で、私は自分が癒されていることに気がついた。