ようこそ sing sing sing へ
「いやぁ、どうも。いらっしゃいませ」
私の目の前に座るカボチャ頭のモーニングを着た男はタバコを吸いながら機嫌よさげにそう言った。
「いやはやこんな薄気味悪い所によく入ろうと思いましたなぁ」
確かにここの建物は昼でも薄暗い路地裏に立っているし看板にも蜘蛛の巣がはっていた。
「度胸のあるお方ですねぇ」
「はぁ、どうも」
私が曖昧に返事をすると男は体を乗り出してこう言った。
「それで?今回は仕事の依頼でございますか」
「はい、祖父にここの建物で依頼をして来いと言われまして」
「なぁんだ、そんなことなら電話で依頼してくださればよかったのに」
「えっ、電話のほうも...対応していらっしゃる」
「はぁい。でもまぁ最近の事ですから、お爺様も思いつかなかったのでしょう。仕方ありません」
カボチャ頭はゆるゆると首を振りながら乗り出した体を戻した。
どうやら私は無駄足を踏んだらしい。脱力感が私を襲い、ソファに体を沈める。
「おおっと申し遅れましたワタクシこういったものでございます」
カボチャ頭の男はぽん、と自分の手を叩くと慌てた様子で私に名刺を差し出した。
そこには、清掃会社「sing sing sing」社長ジャック・ルイ と、書かれている。
私も体を起こしカボチャ頭、いやジャック氏に名刺を渡す。
私からの名刺を受け取ると彼はオーバーリアクション気味に言った。
「はいはいどうも...おや!市議のご子息でございましたか」
「はい、よくお分かりで」
「よくも何もこんな高貴な苗字、ここいらじゃあ市議様の一族位なものです」
「はぁ」
「そういえば仕事の内容を聞いていませんでしたな。申し訳ございませんがお聞かせ願えますでしょうか」
人が返答に困ってるにもかかわらずコロコロと話題を変える人だ。
「はい、その、祖父が言いますには親戚の家に住み着いた三十人、だそうです」
三十人、のところでジャック氏はソファから飛び上がり腕を組むと笑いながら
「三十人!そりゃまた多いですなー」
と言った。
どことなく上機嫌に何かの計算をしながら歩き回る彼を見ながら、私はふと疑問に思ったことを聞いてみる事にした。
「あの、一つお聞きしたいことがあるのですが」
「はぁいはい、なんざんしょ」
「私が言うのもおかしいと思うのですが、ここは何をする会社なのでしょうか」
私がそう言うと彼はぴたりと動きを止め、私の方に顔を向けた。
「お聞きでない」
「はい、祖父に聞いては見たのですが一向に教えてもらえませんで」
「ほう」
「だっておかしいじゃないですか。ここは清掃会社のはずなのに仕事の内容が、その、三十人だとか」
ジャック氏は深くタバコを吸い込むと
「ま、お爺様が言いたくない理由もわかりますが。どうしてもとおっしゃるのならお教えしましょ」
と、煙を吐き出しながらソファに座り直した。
「お願いします」
「あとで別料金いただきますが」
「お願いします」
彼は、灰皿にタバコを押し付けると
「そんなに言うんじゃ仕方ない。ちょいと長い話になりますがね、おいカルビン!お客様にコーヒーを」
と言った。どうやら飲み物は選ばせてはくれないらしい。
それから数分も経たないうちにコーヒーを二つ持った燕尾服の巻き髪の男がやってきた。
「お待たせしました」
と、私とジャック氏の前にコーヒーを置いた。
「ありがとう、下がっていいよ」
「かしこまりました」
燕尾服の男、恐らくカルビンと呼ばれた彼はちら、とこちらを見ると、わずかに微笑んで奥の方へ消えた。
「彼のコーヒーは絶品ですよ。冷めないうちにどうぞ」
「わざわざどうも、いただきます」
「それじゃ、お話しますとしましょうか」
彼はコーヒーをすすりながら、私にこう聞いた。
「むかしむかしの話ですが、五百年ほど前に人間と魔族の間で大きな戦争があったのはご存知でしょうか」
「あ、はい、神学の勉強で。確か人間界に魔王率いる軍が攻め込んできたとか」
「よくご存知で」
「はい。でもそれは神話の中だけの話でしょう」
彼はくすくすと笑い声をあげながら
「それがねぇ、そうでもないんですよ」
「え?」
「今から五百年ほど前、人間界に魔王率いる魔王軍、なんてやからが攻め込んできましてねぇ。人間界を自分たちの領地にしようと戦争をおっぱじめたわけですよ。圧倒的な強さを誇る魔王軍に、生身の人間たちが
勝てる訳もなく。いよいよ危うくなってきたところで天界から天使が降りてきて精霊やらなんやらと力を合わせて魔王軍を追っ払ったっつー都合のいい話でしたねぇ」
「そう教わっておりますが」
「ところがねぇ、その話には続きってもんがありまして」
「ほう」
「こっから先は教科書にも載ってない話。実は人間たちは天使たちに人間界に残ってくれと頼み込んだわけですよ。あんまりにも必死で頼み込んでくるもんだから天使たちも断るわけにいかなくなってチラホラと
人間の家に住み着いたって話です」
気がつくと私は、目の前の男の話にのめり込むようにして聞き入っていた。
「そんなことが」
「あるんですよ、実際ね。そんでもって天使たちは人間の足元を見て金持ち連中の家だけに今もなお住み着いてるんですよ」
「はぁ、それがあなたのお仕事となんの関係が?」
ジャック氏はすっかり冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干すと
「まあまあそんなに焦らないで、話の本筋はこれからです」
と微笑んだ(ように見えた)
「でもねぇ、せっかく心強い用心棒がいるってのにこの五百年間なーんも起きず、魔王軍も音沙汰なし、
平和なもんです。でも天使たちは金持ち連中の家に住み着いたまま、家の金を好き放題使ってるわけですよ
そしたらどうなると思います?」
「えっ、と、金が底をつきます」
「そうです!どんなに収入の多い金持ちでも月に何百何千の金を使われたらどんなに頑張ってもそのうち底をつく。そんな時に仕事をしますのが我社なのです!」
「と、言いますと」
「掃除するんですよ、天使共を。この世からね」
その声はあんまりにも静かで、どこか恐ろしかった
「そ、そんなことしたら色々と、その、ダメなんじゃないんですか」
「いやはや、どうやらこの世界の神って奴は信仰さえあれば自分の手下なんてどうでもよろしいようで。
人間は金食い虫がいなくなって万歳、ワタクシ共もお金がもらえて万歳」
「はぁ」
「それに、我々も住みやすくなりますしね」
私の頭はこんがらがってわけのわからないことになっている。
「え?」
「いや、魔族ですからワタクシ共」
「え!」
「はい、化物です」
私は驚いてソファから飛び退いた
確かに目の前の男の風貌は人間離れしている、かもしれない。
「はい、ここの従業員はみんなそうです」
「ご冗談を」
「いやぁ、さっきコーヒーをいれに来た彼もそうですよ」
「え!」
どうしよう、飲んでしまった。
「大丈夫ですよとって食いやしませんから」
「でも」
「お金が欲しいだけなんですよ、ホ・ン・ト」
私はもう頭を掻き毟りながら目の前の男からどう逃げようかと考えていた。
「あーっと、それでですねー派遣する従業員をここからお選びできるのですが」
「はぁ?」
「えー双子のゾンビ、シルクハットの魔女、狼男の執事、幼い吸血鬼、未亡人のゴースト、となっておりますが」
「いや、その」
「なんと!全員指名フルコースだなんて太っ腹な」
こちらが返事をする前にどんどん話が進んでいってる気がする。
「それではお代は後日いただきますので」
「し、失礼しました!」
彼が私に一歩近づいたとき、いよいよ恐ろしくなって私はドアを開けて外に飛び出してしまった
「ありがとうございましたー」
「おやおや、いまケーキを焼きましたのですが」
「やぁカルビン、悪いね。僕が二つ食べるよ」
「それはそれは」
「あっ話代貰い忘れた」
「それはそれは」
「ま、お代に上乗せしとくよ。これからあのご子息には常連になってもらう予定だし、気長に行こうか」