表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カゴ- ノ - トリ  作者: 鳥島 楓(㊚・女)
3/3

『濁った眼』

~前回まで~

鳥島楓(25)…主人公。アリス愛が悪化。

猫野アリス(12)…ヒロイン。チート能力を持つが、なかなか役には立たない。

村田(31)…あれだよ、巨人の…あれだよ。あれと六角を混ぜてこじらせた感じ。

虻谷蜂矢(29)…小泉クン。ただし顔はフツメン。

近江(27)…天然。

キジマ…? 

鷹司…?

3章『濁った眼』



「どういう意味よ!なんであいつ等が・・・」

楓は村田につかみかかっていた。左腕で。

「今から説明するから、落ち着け。」

「はあ!?何でアリスちゃんを撃ったあいつ等が釈放なのよ!」

「それとお前の右腕の自由を奪った、な。俺だって信じられねえが、納得するしかねえんだよ。」

「・・・どうしてなの。」

「それがな、・・・」

コンコンッ

「客か。アリスが来る時間じゃねえな。」

「どうぞ。」空気読めよ!と無理難題を訪問者に心の中でぶつけた。


ドアを開けたのは、目つきの鋭い男だった。





「ご無沙汰しております。1週間ぶりぐらいでしょうか。すぐにでもご挨拶にと思ったのですが、なにぶん拘置所にいたもので。」

「この人が例の?すげーな姐さん、鷹司に勝つなんて。」

雉間も付いて来ていた。

武器は、持っていなかった。

「何の用?仕返しでもしに来た?」

「・・・私達についてまだ何もお知りにならないご様子ですね。」

「少しは知っているわ。アリスちゃんを撃って私の右腕の機能を奪った連中でしょう?」

「そんな皮肉はよしてください。悪いとは思っています。そんな話をしに来たのではないのです。」

「・・・どういうこと?前とはえらく態度が違うじゃない。」

タカシと呼ばれた男が口を開きかけたが、それを村田が制した。

「俺から話そう。あんたが話すと事あるごとに楓がイライラする。」

「・・・お願いします。」

「人を思春期の少年みたいに言うのはやめてくれないかしら。」

「こっちの長髪は鳶谷鷹司(トンビヤタカシ)。拳銃野郎が雉間六太郎(キジマロクタロウ)。新設された能力者研究室の構成員だ。」

「おい、無視すんな。村田のくせに生意気だぞ。」

「元々は裏の世界での暗殺を生業としてきた鳶谷を中心とするグループだったらしい。大蔵組と密接なつながりがあったそうだ。しかしある事件をきっかけに、大蔵組との関係が悪化、鳶谷は奴等と縁を切りたがっていた。そこに、警察の方から大蔵白の暗殺依頼が来た。」

「警察が暗殺依頼?裏では結構黒いことやっているのね。」

「何でも大蔵白が警察内部の機密情報の証拠を手に、ゆすりを続けていたらしい。」

「ありきたりね。」

「鳶谷にとっては渡りに船だったが、まだ一つ問題があった。」

「飼い主不在。」

「グループを維持するためには資金が必要です。能力者研究室というのは名前だけではありません。実際に私や雉間君の身体データや戦闘データ等を解析して、能力者がどうやって生み出されるのか、といった研究を続けています。」

「回りくどい言い方をしないでくれない?要するに金をくれるところに見境なく尻尾振ってるってことでしょ。」

「姐さん、そりゃあんまりだ。俺たちにだってプライドはある。」

「あー!お願いだから黙っていてくれ。話が逸れる。鳶谷が依頼を受ける代わりに出した条件が資金援助。その為に上は能力者研究室という部署を新設して、警察組織の実戦部隊兼研究機関として組み込んだ。」

「まあ、戦力としても計算しておけばお釣りがくると思ったんでしょうね。ただ誤算だったのは、内部の能力者と依頼遂行中にトラブルになったこと。」

「私だってまさか、警察の人間が現場にいるとは思いませんでした。だからあなた達のことも、大蔵組の新しい犬か何かだと・・・。」

「話は分かったわ。納得は出来ないけど。つまり、私やアリスちゃんの怪我は全くの無意味だったってことね。」

「そのことで、今日は謝罪に来たのです。」

鳶谷は楓の右腕に一瞬目をやり、

「本当に、申し訳ありませんでした。」

「すいませんでした、姐さん。」

二人の男が、楓の前で頭を下げた。

こんなのって、ないよ。





アリスには私から話した。

アリスは驚き、怒り、そして泣いた。

胸の中で泣くアリスを遠くの物を眺めるような眼で見ながら、

アリスはこんなに泣き虫な子なんだな、と、どうでもいいことを考えたりした。





「1週間前の敵が味方になってるなんて、安い少年漫画みたいね。」

「文句ばかりだな。振り上げた拳の落とし所を見失ったんじゃあ、仕方ねえか。」

「・・・そうね。あなたの言う通りよ。」

村田が読んでいた雑誌から目を離し、楓の顔を見て、目を細めた。

「だいぶ参ってるな。」

「・・・。」

視線を落とすと、ふわふわの栗毛。

泣き疲れて寝てしまったようだ。

「例えお前が両腕を落としても、対策室から追い出すようなことはしない。」

「そんな心配してないわよ。一生寄生してあげるから。」

「・・・なら別にいいが。」

そんなことより、自分の無力さを思い知らされたことの方が、ショックだ。

コンコン

「どうぞ。」反射的に言っていた。

正直誰が入ってこようとどうでも良かったが、

比較的今最も会いたくない人間が顔を見せた。

「蜂矢・・・」

虻谷蜂矢が入口に立っていた。花を片手に。花束ではなく、花。

スーツなんか持っていたのか。というかスーツを着る良識を持っていたんだな。

「右腕の具合はいかがですか?」

「今日これから抜糸。そのあと経過を見てリハビリだそうだけど、機能が完全に戻ることはないってさ。」

「だいぶ戦力は落ちますかね。」

蜂矢は、手際良く花瓶の水と花を入れ替えながら淡々と言った。

「元からたいして役には立たなかったわ。」

「あなたからそんな弱気な発言を聞けるとは思いませんでしたね。貴重なのでもう一度言っていただけませんか?」

蜂矢はおもむろにポケットを探り、MP3のマイク部分をこちらに向けた。

「・・・あんた、私は真面目に・・・」

「傲慢なあなたが落ち込んでいるようなので、元気づけようと思っただけですよ。」

蜂矢はやれやれといったポーズをとった。

「そいつはどうも、ありがとうございます。」

蜂矢がちらりと視線をアリスへ向けたのが分かった。

「まあとにかく、命があって何よりですよ。」

アリスの、ね。





虻谷蜂矢は、10分ほど無駄話をして帰って行った。

「何なのよ、あいつは。」

「何って、お見舞いだろ。えらい元気だな。そんなに嬉しかったか。」

「ニヤニヤ気持ち悪いんだけど。そんな顔してなければ私も『べ、別にそんなんじゃないんだからね!』なんてキュンとくるツンデレコメントの一つぐらい言ってやるのはやぶさかでは無かった。」

「そんなこと言うなよな。」

ため息。

「・・・まあ、普段と特に態度を変えないのはこういう時に限っては助かるわ。」





2週間後、退院が許された。

傷は、大部回復していた。

「4日毎に包帯とガーゼを変えます。傷の経過を見て、リハビリを始めましょう。」

「はい、ありがとうございます。」

体が消毒液臭い。陽の光が眩しい。

すっかり病人だな。

村田が車で迎えに来ていた。

「おーす、退院おめでとう。」

「はいはい、どうも。」

「早速対策室に戻るぞ。お前のいない間に様変わりしたからな。新しく覚えてもらうことが山ほどある。」

「病み上がりだからソフトライディングで。」

「嫌でも頭に入る。」





病院から対策室へは30分ほどで付いた。

どうやら工事中のようだ。ブルーシートが建物にかけられている。

「改装?まあ古かったしね。ヒビでも入ったの?」

「何というか、予算が増えたからな。少々余裕ができたというか・・・。」

「ああ、一応あいつ等の予算も多少は回ってくるのね。」

「うむ。戦闘員の管轄はうちということになったからな。」

「じゃあ、あいつらもしょっちゅう出入りすることになるわけ。」

「完全フリーパスですね、はい。」

うざ。

・・・

「あ、姐さん、ちわっす。」

指令室には雉間六太郎がいた。

客用のソファ、ではなく長机の上に座っていた。

「何しにきたの。」

「そっけないっすね。まあ、仕方がないですよね。小さい人を撃った憎い男、ですもんね?」

「そういうのは含みを持たせて言うもんよ。べらべらと正直に全部言えばいいってもんじゃないわ。」

「腹の探り合いは苦手でしてね。それにあんまりそういうのは誠実な態度とは言わないんじゃないっすか?」

「正直が絶対的に正しいのは小学生までよ。」

「聞く耳なしですか。まあ、それもまた仕方がないっすね。」

よっこらせ、という掛け声と共に立ち上がり、ズボンをパンパンと叩く。

「じゃあ僕は帰りますわ。ここ、居心地悪いんで。」

「そう思ってくれて幸いよ。そのままこの場所を嫌いになってくれないかしら。」

六太郎は一瞬鼻でわずかに笑い、指令室をゆっくりと出ていった。





初めて来たが、対策室屋上には3人用ベンチが二つと、2.5メートルほどの柵があり、

そして今日この時は、アリスがいた。

アリスはベンチに一人座っており、俯いていたが、

ドアの開く音で一瞬視線をこちらにやり、そして再び俯いた。

猫のガクを、穴が開くほど見つめていた。

もう、一人で歩けるようになったんだ。

楓はというとアリスに近づくわけでもなく、

屋上入口のドアの横で壁にもたれかかり、

何をするでもなく空やアリス、はたまたアリスの後ろに見えるビル群に目を移していた。

村田に居場所を聞いたのは確かに楓だったが、

特段アリスと話すことは何もなかった。

なのになぜ私はアリスの居場所を聞いたのだろう。

・・・当たり前だが、自問自答で答えの出る疑問ではなかった。

30分ほどずっと同じようにしていると、

アリスが立ち上がり、出入り口の方へ歩いてきた。

緑色のドアの銀色のノブに手をかけ、勢いをつけて開ける。

そういえば、ここのドアは重かった。

アリスは一言も言葉を交わさずに、屋上を離れた。

コンクリートの地面、赤錆で茶色くなった柵、壊れかけのベンチ。

アリスのいなくなった屋上は、くすんでいた。





夕方、日が暮れるまで屋上にいた。

アリスが座っていたベンチを使って寝転がっていると、

寝てしまっていた。


頭のあたりを何かにつつかれる感触があった。

目を開けると、空は暗くなりかけていた。

つついてきたのは、黒猫だった。

「やっば・・・完全にサボりだよ。高校生かっての。」

「楓さん、そんな反抗期全開の高校生をさも一般的な例みたいに挙げるのはやめてください。」

楓はゆっくりと起き上がった。座ったままでは、アリスの方が目線が高い。

「アリスちゃんもきっと盗んだバイクで走りだしたくなる時が来るわ。」

「いや、来ませんから。」

・・・。

アリスは不意に、楓の頭部を抱きしめた。

本当に、不意だった。

「あんまり気を遣わないでください。見ているこっちが痛々しいです。」

「・・・・・・。」

「私が怪我をしたのはあなたのせいじゃない。私の不注意のせいです。」

「・・・だって・・・」

「研究室の連中が出入りするのが気に食わないなら、声を大にして反対すれば良いんです。あなたにはその理由があるじゃないですか。」


・・・ああ・・・。

恥ずかしくて、アリスの背中に手は回せない。

気を遣ってるつもりが、気を遣わせてしまっていた。

いや、それは気付いていた。

ただ皆に、気を遣っていて欲しかったのだ。

右腕の機能を失った可哀そうな鳥島楓。

それが、私が求めた役回りで、

皆は私の希望通りの役を演じさせてくれた。

身を呈してアリスを守った鳥島楓。

対策室のために己の感情を押し殺す鳥島楓。

私は次々と役を希望し、皆がその希望に応えた。

楓はもうずっと、『強がって』生きてきた。

いまさら被害者面するのは虫が良すぎるのかもしれない。

しかし今アリスに抱かれていて、良く分かる。

今まで…。

「・・・アリスちゃん。」

「何ですか。」

「胸、ちっさい、てか、無・・・」

頭にずんっと鈍い痛みが走った。





鳥島楓の家庭は何不自由のない家だった。

カキ養殖業というのは嘘で、実際は税理士の家だった。

家族構成もまったくもって平凡だった。

恐らくただ一つと言っていい特異性は、

両親の仕事のストレスの矛先が、年老いた祖母に向かっていたことだろうか。

そのことでさえ、よくある話らしいが。

祖母は今風に言うところの空気の読めない人間で、

父はその一挙手一投足にイライラしていた。

母は姑ということで一線は越えなかったが、

子供である楓にも嫌というほど、その感情は伝わって来ていた。

理由がどうこうではない。

父が食卓で怒鳴るたびに、楓は身が縮む思いだった。

なるだけ早く父が食べ終わるのを願ったし、

何も無かった日はほっとした。

そんな日々を過ごした楓は、人の目を強く気にするようになった。

祖母のような軽はずみな発言は絶対にしないと、心に誓った。

相手の顔色をまず伺う、引っ込み思案な幼少時代だった。

そこに転機が訪れたのは中学2年生の春。

大人しい楓は、同級生の格好の苛めの対象だった。

彼女たちは要するに反抗しなければ誰でも良かったのだが、

楓の容姿が割と男子生徒に人気があったのも、それに拍車をかけた。

無視は当たり前。声をかければ「話しかけんな!」とばっさり。

体育の時間中に体育ズボンを無理やり下ろされ、

朝学校に着いたらまず髪を思いっきり引っ張られ、

後は若干の暴力、といったところ。

しかし決定的だったのは、中学1年の頃に仲の良かった友人の裏切りだ。

休み時間に落とした消しゴムを拾おうとして屈んだ時、

彼女は思い切り楓の臀部を蹴り上げた。

その痛みは、1週間ほど消えなかった。

その時の彼女の薄っぺらい笑顔は、今でも消えない。

この時に、楓の精神は決定的に暗転した。

無表情で無感情。

楓は人を遠ざけ、内の殻に閉じこもり、新たに対人用の人格を身に付けた。

気分屋で無気力。

たまに激情を見せつつも、基本は怠惰。

簡単なことだ。

ただ単純に、人付き合いが大嫌いになっただけだ。


時が経って自然に苛めが終息しても、楓は仮初の人格から抜け出せなかった。

既に、本来の自分の人格を、無くしてしまっていたからだ。

不愛想な性格でもあったので、まず相手が気を遣ってくれる。

気を使われるのは痛快だった。

自分が気を遣っている気がしないのもだ。

しかし、相手に気を遣わせるように気を遣っている、

そんな単純なことに、楓は何年も気付かず、

また、若干12歳の少女に、気付かされたのだ。

恥ずかしいことだ。





次の日には早速任務を言い渡された。

病み上がり二日目で仕事とは、

村田には思いやりが足らないと思う。

楓とアリスは、朝7時に指令室に呼び出された。

「今回は護衛の任務だ。護衛対象は龍王寺家現当主、龍王寺宗助の三男、龍王寺翼(リュウオウジツバサ)。」

「質問でーす。」

「はい、アリス君。」

「何故国務機関である警察の一部である我々が、個人の護衛任務を?」

「護衛といっても特定の敵はいない。むしろこの翼ってガキのお守りが任務だ。」

「どういうこと?」

「能力者だよ。一般人じゃ手に負えんらしい。」


龍王寺家は古くから続く資産家の家柄で、それはさながら現代の貴族のようなものらしい。

その現当主宗助氏の三男、翼は、母親の体内から生まれ落ちた時から既に異常だった。

「羽」が、生えていたのだ。

宗助氏は医師に命じて、すぐに羽を切除した。

しかし羽は次の日にはまた、翼の背中に生えていた。

宗助氏は気味悪がったが、羽などは些細なことだった。

冷たい緑色の目と、無表情。

既に8歳になる翼だが、彼は生れてこのかた、一度も表情を変えていない。

羽はどうやら大小のコントロールが利くらしく、

うまく服の下に隠せているが、

そんなものは無くとも、翼は十分すぎるくらいに異常だった。


「で、その根暗っ子がどうしてこんな場所に行くのですか?」

アリスが持っているのは、3枚のチケットだった。

「宗助氏のご婦人のご意向だそうだ。」

「ふーん、成程ね。翼君も大変ね。けったいな両親を持って。」

「チケットはお前とアリス、そして翼の物だが、周りにSPも待機しているから、万が一の事態が発生すれば、逃げることを第一に考えろ。」

「とは言ってもまだ右腕のせいでバランス悪くて。体力も落ちてるし。」

「万が一、だ。」

楓はふぅ、とため息をついた。

そんな必死でフラグ立てられると何か起こる気しかしない。

右手でそれとなくアリスの頭を撫でてみる。

目が見えなければ、何を触っているのかも分からない。

「楓さん?」

アリスが楓の目を覗きこむ。

「あ、ごめん。リハビリ。」

「贅沢なリハビリですね。美少女のふわふわの髪を使うなんて。」

「まあ、そう言ってやるな、アリス。楓もメンヘラ脱却に必死なんだ。」

「アア、ウン、ソウダネ。」

「ウン、ソウダネ。」

「・・・。」ごめんすべった。でも村田が悪いんだよコレ。





「遊園地なんて久しぶりです。」

「・・・の割にあまり楽しそうでは、ないわね。」

「私絶叫系苦手なので、あんまり楽しめなかったりして・・・。」

アリスが頭をかく。可愛い。

「私は引き籠りだから、同じくあんまり楽しめなかったりして。」

楓が頭をかく。お前は年齢的にもう無理だ。

「・・・皆楽しくないのになんでこんなところにいるの?」

少年が表情を変えずに聞いた。

「ねえ・・・。」

「そうですね。」

時は1時間前に戻って、

朝8時、遊園地「トイワールド」前で集合。

「護衛とはいえ一日遊園地で遊ぶのが仕事なんて、ラッキーだったな。」

「私、遊園地ってイマイチ遊び方分からなくてさ。ガイドつけてくれない?」

「というかチケット渡して他人に子供押し付けるって、どんな神経してるんですかね。」

「結構いると思うよー。子供を疎ましく感じている親って。」

「・・・楓さんはそんな感じになりそうですね。」

「あれ、何か気に障った?でも、・・・」

楓は今まで見ていたアリスの目から視線を外し、窓の外に移した。

「ホントのことじゃん。」


8時10分前に着いたが、まだ龍王寺翼の姿は無かった。

開演10分前の土曜日の遊園地。

人ごみでごった返しているのは、無理もないことだったが、

この時点でもう帰りたい。

「予定通りの時間だな。じゃあ、後は任せるから、宜しく。写真は渡してあるから、分かるだろう。適当に合流するように。」

と言い置いて、村田は帰った。

「この人ごみの中で写真だけで人を探せる奴なんて、立派な能力者よ。」

「一応連絡先は聞いているんですよね。気長に待ちましょう。」

「落ち着ける場所ならそれもいいけど、ここじゃあね。」

「まあ、それはそう・・・楓さん。」

「ああ、うん。見つけたわね。」

「心配する必要は、無かったみたいですね。」

「金持ちって、やっぱああなんだ。」

「ど、どうでしょう。」

目の前に現れたのはあの長い車だった。

長い車ってYahii検索かけると出てくる、あの会社の車だった。

そして恐らく個人の所有物で、子飼いの運転手で、

何かシャンパンとか積んでいるに違いない。





「今日はどうぞ宜しくお願いします。」

白髪の老人が深々と楓に頭を下げた。

老人と言ったが、背筋は伸びており、髪をきれいにオールバックでまとめ、

黒いスーツを見事に着こなした彼は、

老いなど微塵も感じさせなかった。

「今日護衛に就かせていただく鳥島楓と申します。こちらこそ宜しくお願いします。」

「猫野アリスです。宜しくお願いします。」

老人はアリスの方に目をやり、

「この可愛らしい方も、ですか?」

と少し驚いた顔をした。

「五郎。無駄口を叩くな。」

車の中から幼い少年の声がした。

「何かお気に障りましたか。」

「能力者に大人も子供も関係ない。力には自然、義務が付きまとう。そのアリスって子がそこにいるのもまた、必然なんだ。」

「しかしそれでも私は・・・」

「何度も言わせるな。」

「・・・はい。」

少年は自ら、車のドアを開けた。

髪と眼が少し緑がかっている。短く切ってあるが、ところどころ髪がはねている。

お坊ちゃまのくせに、服はよれたトレーナーに、

ダボダボの何パンツあれ?に、汚れたスニーカー。

唯一鳥打帽だけはそこら辺の安物とは違うようだ。

灰色という色のセンスはいただけないが。

しかし、そんなことはどうでも良かったのだ。

目が腐っていたから。

こんな小さな少年の目がなぜこれほどに濁っているのだろうか。

「では、私はこれで。良い1日を。」

「・・・そんな型通りの文句は聞きたくない。」

老人は苦笑いをしながら、長い車に乗り込み、車ごと去っていった。

「じゃ、行こうか、翼君。」

「・・・。」

そして今に至る。





「このチケット、オールフリーパスの上、優待券なんだ。フル活用すれば全部乗れるかな。」

「このチケット、いくらぐらいするんですかね。」

「ふう。」

こんな感じで、3人はベンチで好き勝手に呟いて、既に10時になろうとしていた。

「翼君どこ行きたい?おねえさん、翼君の好きな所行っちゃうよ~。」

「特に無い。」取り付く島もない。

「そこはかとなくコーヒーカップとか、メリーゴーランドとかですかね?」

アリスが会話を勝手に取り次いだ。

「本当に可もなく不可もない選択肢ね。」

「・・・。」アリスがイライラしているのが分かる。これはこれで・・・

「文句があるならこのガイドブックで調べてくださいよ。私とりあえず全く使わないのは嫌ですよ。これ一枚で数万円って考えると。」

「入口で捌くべきだったかしら。」

「捕まるよ。」

「いざとなったらアリスちゃんの能力で逃げるから大丈夫よ。」

「ガク、大人しくしてるかな。」

「ガク?」

「黒猫です。このぐらいで、目に少し青みがかかっているんですよ。」

アリスが手ぶりを交えながら説明を始めた。

翼の気を引き付けたようだ。猫、好きなのかな。

園内マップに目を落とした。

最新の遊園地、というわけではない、地方の一般的な遊園地だから、

○○ツアーとか、3D体験等のハイカラなものは無い。

極めてオーソドックスなラインナップだった。

こんな物でも人が集まる原因は、12時から始まるパレードにあった。

とりあえず12時からはこれを見とけばいい。

後2時間、別にこのまま座っていても構わないし、

何か食べ物でも買いに行くのもありだろう。

とにかく適当にやるしかない。

翼の生い立ちに関しては、多少は同情しているが、

だからといってどうする事も出来ない。

今日一日腐った目を我慢して、それで終わりだ。





「本当にこんなもので大丈夫なのか?」

「こんなもの、とは何だ。私の能力の核だぞ。」

「しかし・・・」

男は人差し指と親指で挟んだ淡く光に反射する球体を見つめた。

「これを飲み込むだけで能力者に勝てるなんて・・・。」

「勝てる、とは言っていない。対抗するだけの力が身につく、と言った。」

「・・・お前を信じるぞ。」

「どうぞご勝手に。」





結局楓は2時間をベンチに座って過ごした。

翼はアリスに押し付けた。

というか割と意気投合したようで、特に不平不満を聞くことも無く、

予想よりもだいぶ楽に事は進んだ。

「順調すぎるかな。」

「何がですか?」

「手こずるはずだった仕事がスムーズに・・・。私、実は結構才能ある?マーケティング的な側面で。人の配置とか。」

「子供を勝手に遊ばせただけにもかかわらず大胆な言動に打って出ましたね。」

「村田もフラグ立てて行ったし。嫌な予感しかしないわ。」

「根拠もないのに不安を掻き立てないでください。」

石畳の円形広場に客席が設けられている。

広場入り口から始まり出口を出て園内通路を一周し、再び広場に帰ってくれば、

パレードは終わりを告げる。

カラン・・ラン・・ラン・・ラン・・・

パレード開始の鐘が鳴った。





事態は突然だった。

パラララララ・・・・・・

マシンガンの音。銃口は空。

この大衆にいきなり撃ちこまないだけの分別はあるようだ。

辺り一帯は静けさに包まれた。

「我々は『現代人解放戦線』。現代の虚ろな心を持った人間を解放するべく、日夜努力している集団だ。我々の目的は・・・」

連中はパレードの先頭を切る先導車を乗っ取ったようだ。

10数人か。

一人が拡声器を持ち、3人がマシンガンを大衆に向けている。

その他は腕を後ろで組み、直立不動だ。

遊園地に反社会勢力。

天然なのかな。

「今日は憎き資本主義の象徴として龍王寺家が三男、龍王寺翼を抹殺する。」

は?

「龍王寺翼とその護衛の警官がいるはずだ。速やかに投降しろ。国家機関である警官を子供の遊園地に付き添わせるなど、言語道断。」

要求に応じなければ、今度は銃口が人に向けられる。

「楓さん。」

アリスが楓の服の袖をギュッとつかむ。

アリスの方を向くと、目が合った。

怯えている顔ではない。

楓に冷静になるよう促している顔だ。

とりあえずは投降するより他は無いのかな。

まず、アリスの能力は使えない。

ガクがいないからだ。

マシンガンを持っているのは3人。

光明が見えないな。

パンッパンッ!

突然の銃声と共に、会場はパニックに陥った。

テロリストじゃない。

ということは・・・

「SP?なんて短絡的な・・・」

マシンガンを持った男1人と、直立不動の男一人が倒れた。

人の波が加速した。マシンガンがフルオートで稼働する音がしたからだろう。

悲鳴と鮮血、銃声と銃声。

大惨事だ。

「楓さん!目を開いてしっかり周りを見てください!!」

アリスに言われて初めて気がついた。

翼が、いない。

「あっちの方に流されていくのを見ました!あの鳥打帽!」

確かにアリスの言う通り、ちらちらと確認出来る。

「翼君!!」

何度も倒されそうになりながら、徐々に距離を縮める。

「つば・・・!?」

不意にふっと消えたかと思うと、帽子だけが地面に落ちていた。

直後、一瞬だけ楓に影が落ちた。

鋭く大気を叩き、風を切る。

50メートルほどあった距離をあっという間に縮め、

翼の片翼がマシンガンの男を一人、捉えた。

バシィィ!

凄まじい音と共に男は横っ飛びに先導車の上から叩き落とされた。

「龍王寺ぃ!!!!!!」

パンッ!

翼を狙った銃口から無数の弾が弾け出る前に、

単発の銃声がした。

まだ、あと数人。まだ・・・

「まだまだ終わって無いぞ!!!!!!」

拡声器の男がポケットから白い小さな球体を取り出し、口に含んだ。

そのほか生き残っていた者たちも同様の行動をした。

「シュリ!!!!」





鐘の塔で事の成り行きを見守っている女が一人。

男達が球体を飲み下し、自分の名前を言うのを確認した。

「ブタの分際で私の名前を呼び捨てにするとはね。」

能力発動条件は揃った。

目を見開き、集中する。





拡声器の男は、何か大声で叫ぶと同時に、ガクンと頭を垂れ、動かなくなった。

他の男達も同様に、全く動かない。

既に会場である広場にはまばらに人がいる程度で、

その全員が銃を先導車に向けていた。

翼も既に車からは離れている。

「今日の私の予感はよく当たるみたいだから一応言っておくわね。すっごい嫌な予感。」

「同感です。」

不意に拡声器の男が顔を上げた。

大きく見開いた眼は血走り、焦点が合っていない。

口は横に大きく開き、歯をむき出している。

人の顔だが、人の表情では無い。

パンッ!

SPの一人が発砲した。

普段ならば全く納得できない一発だが、この時ばかりは仕方がないと思った。

こいつ等は何かがおかしい。

ギンッ!・・・

「オオオオオオオオォォォォ!!!!!!!」

弾が弾かれる音と同時に、『奴等』は行動を開始した。

一斉に先導車から飛び降り、方々に獲物を求めて散った。

こちらにも『一匹』、向かって来た。

およそ人とは思えないスピードだ。

「銃弾が利かない・・・。能力者よね。」

「体が鋼鉄並みの硬度だというのならば、攻撃を受け止めるのは危険ですよ。運動能力も人間と比べると段違いのようですし。」

拳を固め、大きく振りかぶった。

ッドオンッ!!!!

振り下ろされた拳は石畳を砕き、基礎のコンクリートを露出させた。

楓とアリスには、当たっていない。

「すごいパンチですね。当たったら恐らく死にます。」

「スピードもパワーも段違いだけど、振りは大雑把ね。これなら筋肉の動きで問題無く見切れるわ。」

「さすが警察学校の首席さんは言っていることが常軌を逸していますね。」

「信頼してくれていいわよ。」

アリスの手を引き、拳を避けながら隙を探す。

乱暴に腕を振り回す『こいつ』は確かに危険だが、

乱雑に暴走するだけのその姿は寧ろ滑稽だった。

同時に楓は確かな手応えを感じていた。

ブランクがあったので心配だったが、割と体が思う通り動いてくれる。

これなら・・・

「楓さん!後ろ!!」

アリスが叫んだときには既に風圧のようなものを後頭部に感じていた。

反射的に体を左下に下げると、右頬に鋭い痛みが生じた。

鮮血。

軽くかすった程度だが、アリスの声がなければ確実に頭が弾けていた。

『2匹目』登場。あの拡声器の男のようだ。

2人分の攻撃を避けるのは予想以上に困難だった。

感覚は衰えてはいなかったが、体力の衰えが激しい。

徐々に感覚との誤差を感じ始めていた。

ジリッ・・・

今度は左肩にかすった。指の先まで痺れるような感覚。

まずい・・・。

しかし、終わりは突然だった。

パンッ・・・

『一匹目』の男の体が不意に膨張し、破裂した。

その音で『二匹目』に隙が出来たのを、

楓が見逃すわけがなかった。

なぜならその隙は、見逃すには大きすぎたから。

相手の右脇腹に左手を当てた瞬間、黒い紐が体の関節部分を縛り上げ、

その後ゆっくりと体全体を包む。

が、その男もまた、わずかに膨らんだかと思うと、大きな音を立てて割れてしまった。

どうやらその男が最後だったようで、広場からテロリストたちは姿を消していた。

無数のSPの死体を残して。





「一分一九秒が最高・・・。こんな奴らじゃ参考にならないね。脆すぎ。」

鐘の塔の女は左腕にはめられた銀の腕時計を見ながら呟いた。

「ブタ共が。」





「楓さん、血、すごいですよ。」

アリスが差し出したハンカチを受け取った。

「ぱっと見はすごいかもだけどたいした怪我じゃないわ。それより翼は?」

「ここ。」

ちょうど真後ろに降りていた。

楓は持っていたハンチング帽を翼の頭に乗せ、

「怪我は?」

「かすり傷。」

事態の収拾は駆けつけた警察官達に押し付けた。

一応被害者なのでね。

「鳥島さん。」声をかけてきたのは近江だった。

「御苦労さま。」

「仕事ですから。被害者は50名を超えています。内18名の死亡が確定。重体が他に7名。」

「犯人グループは全員で何人?」

「計13名。全員の死亡が確認されています。」

「死者30人超の大惨事、か。」

「聴取は対策室の方で行います。能力者がらみの案件ということで、結構すんなり上とも話がつきました。」

「電話で話したものは手に入れた?」

「これですね。」

近江が鞄を探り、白い球体の入った瓶を取り出した。

「現場にいくつか落ちていたものを回収してもらいました。全部で13個、全員持っていたようです。一つだけですが、サンプルとして持ち帰る許可も下りました。」

「それを服用したとたん、奴等がおかしくなった。もしかしたら・・・」

「能力者になれる薬、ですか。」

近江が再び鞄を探り、一枚の写真を取り出した。

「現場にこの女の姿は?」

写真には気の強そうな、黒く長い髪の女が映っていた。

楓は首を横に振った。

「誰?」

近江はなぜか黙った。

「私にも見せてください。」

アリスが手を伸ばすと近江はアリスの手の届かない高さに写真を持っていく。

アリスと近江の身長差は40センチ近くある。

届くわけがない。

近江は素早く鞄に写真を戻すと、

「子供の意見は参考になりません。」

「はい?」

「対策室に帰りましょう。」

と言って出口の方へと歩いて行った。

「何なんですか、もう!」

「さああ・・・?」

「・・・あの、」

「ああ、翼君、決して存在を忘れていたわけじゃないからね。」本当だからね。

「僕は?」

「一緒に来てくれると嬉しいかな。」

「事情聴取?」

「そ。意味、分かるよね?」

「・・・分かった。外に五郎がいるはずだから、少し話してくる。」

翼が行こうとすると、アリスが翼の手をつかんだ。

「一緒に行こう、翼。」

「・・・うん。」

「・・・。」

楓もゆっくりと翼の手を取った。

翼の手は一瞬強張ったが、

それ以外にこれといった変化は無かった。





「はあ、事情聴取、ですか。」

五郎、改め前寅五郎(マエトラゴロウ)は、あからさまに不愉快な顔をした。

「常に監視と護衛は怠りませんので、何卒宜しくお願いします。」

「しかしですね・・・」

「五郎。」

「はい、翼様。」

「五郎がついて来い。五郎が僕を守れ。」

「・・・かしこまりました。」

五郎と翼の間には絶対的な上下関係がある。

二言は許さない。

翼がついて来いと言えば、ついて行くのは勿論、行くなと言うこともできない。

金の力?で片付けるには少々不自然な気もする。

「私、少々本家と連絡を取らせていただきます。」

五郎は長い車の運転席に戻った。

すると翼が誰にというわけでもなく、つぶやく様に話し始めた。

「五郎も能力者だ。家にいる能力者は僕と五郎だけだ。」

「・・・。」

「五郎が家に来たのは2年前。父が連れてきた。元々は裏社会で仕事を取っていたらしいが、失敗して組に捕まった所を、たまたま居合わせた父が拾ったらしい。」

「・・・何故?」

「単純に、僕という存在を五郎を挟んで隔離したかったからだろう。恨みを買いたくないからか家を出すようなことはしないが、父は僕を怖がっている。」

能力者故の偏見、差別。

実の父親の愛情を受けられない翼。

五郎のあれは、同情、かな。

「何でそんな話を?」

翼はゆっくりと顔を楓の方へと向けた。

「・・・分からない。」





3章『濁った眼』完


4はいつになるかわかりません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ