『命を語る少女』
~前回まで~
鳥島楓(25)…主人公。アリスを愛しているがレズではない。猫っ可愛がり
猫野アリス(12)…ヒロイン。4次元ポケット的なチート能力を持つ。
村田(?)…オタク。筆者に一番近い。
二章『命を語る少女』
「だからあのお金は車買ってもうないです。」
「はあ?社会人一年目が車買ったのか?お前は将来有望な野球選手か?」
「・・・ツッコミがいまいちわかりづらいんだけど。」
「あれはお前が対策室に入らないのを前提に、口止めとして払った金だ。しかし現状お前は対策室構成員となった。なら金は返すのが道理だろう。」
「しつこいわね。男が懐から出した金を回収なんてみっともないことするべきじゃないわ。」
「あれは俺じゃなくて対策室が払った金だ。俺のポケットマネーじゃねえよ。」
「わかったわよ!耳揃えて返します。本当にしつこいんだから。」
「やっぱり使ってねえんじゃねえか。信じらんねえな。」
本当に村田は嫌な男を地で行っている。
というか、100万をケチるなんて、保険とかは大丈夫だろうか。
ちゃんと入院保障出るかな。
自動販売機でリルトンアップルティーを買う。
何か懐かしい気がするので、楓はこの味が気に入っていた。
「楓さん。」
振り向くと、アリスが笑顔で立っていた。
そういえば今日はアリスが対策室内を案内してくれるという約束だった。
「アリスちゃん何がいい?」
「緑茶で。」相変わらず地味な嗜好だ。
ガタン
「ありがとうございます。」
基本的にアリス路線なのであまり期待していなかったが、その予想は見事に外れた。
アリスは一室一室丁寧に案内してくれた。
部屋によって差はあったが、概ね皆、アリスのことを知っていた。
「仕事が少ない時は、この建物の中を歩き回っていたから。」
ちなみに書き忘れていたが、対策室は建物を一つ持っている。
築三十年の三階建てコンクリート造り。
エレベーターは無し。
職員が大量の荷物を抱えて、中央階段を上下するのをよく見る。
細かい部屋の内訳は追々説明すると思う。必要な分だけ。
二人は2時間ほどの散策の後、最後に小さな部屋に着いた。
三階の角部屋。
「今、対策室には私たち以外に二人、能力者がいるんです。そのうちの一人はここに常駐しています。」
コンコン
「蜂矢さん、今、入っていいですか?」
「どうぞ、アリスちゃん。」
中から声がした。
中は完全に個人の個室だった。
冷蔵庫も洗濯機もキッチンもあった。
それ以外に畳で6畳ほどスペースがあり、そこに机と炬燵があり、そして男がいた。
男は白かった。外に出ないから、というよりこれは地の白さだろう。
黒い髪は普通より少し長め、かな。
小奇麗にはしているが、特にこれといった特徴はない男だ。
髪型が似ているのが気に食わないな。
にこにこにこにこしている。逆に怖い。
「久しぶり、アリスちゃん。隣のお姉さんは噂のパートナーさんだよね。」
「うん、鳥島楓さん。楓さん、この人は虻谷蜂矢さん。主に捕まえた被疑者の尋問を担当しているんです。」
「よろしく。」楓が手を出すと、男は笑顔でそれに応じた。
「宜しくお願いします。」
「尋問?」
「・・・抜け目ないですね。」
男は表情は崩さなかったが、声のトーンが少し落ちた。
「能力について話すのは嫌かしら?なら無理には聞かないけど。」
「いえ、アリスちゃんには既に説明してあるので、ここで私が口をつぐもうとも結果は同じでしょう。」
「私、蜂矢さんに口止めされたら言いませんよ。」
「仮定の話ですよ。私自身はここで口をつぐむ気はかけらもありませんから、気を遣わなくても大丈夫ですよ、アリスちゃん。」
「アリスちゃん、私より虻谷さんの方が大事なのね。」
「(面倒くさ・・・。)」
「まあ、簡単にですが、分かっていただいた方が仕事がスムーズに進みますからね。
私の能力は、対話相手に対して2択を強いること、といったところですね。」
「2択?」
「相手に条件を二つ提示して、どちらかを強制的に選ばせる。ここの職員の9割は私の能力をそう解釈しています。それで大方合っていますね。」
「大方ということは微妙に違うのかしら。」
「そういうことです。まあ、補足ですが。まず、この能力で人を殺すことはできません。」
「死ね、さもなければ高層ビルの屋上から飛び降りろ、とかは無理なわけね。」
「はい。後は2択が根本的には同じである場合も、成立しません。」
「ああ、ならさっき私が出した例は二つの意味で無理ってことかしら。」
「そうなりますね。後は物理的に実現不可能なこと等でしょうか。」
男の目がわずかに細くなった。
「全部引いても尋問にはもってこいの能力ね。」
嫌な予感がしたので、早々に退散するとしよう。
楓は立ち上がった、が、虻谷に呼び止められた。
虻谷が初めて真顔になっていた。
「鳥島さん。」
「・・・何でしょう。」
「アリスちゃんのパートナーはやめておきなさい。もしくは対策室をやめなさい。」
こいつ・・・。
「え、何で・・・、どういう・・・意味、ねえ、蜂矢・・・さん?」
一瞬の間の後、蜂矢の真顔が崩れ、いつもの笑顔に戻った。
「ちなみにもう一つ補足ですが、この力はオートではありません。冗談が過ぎましたか?」
はっはっは・・・
アリスもつられて笑っていた。
私もとりあえず笑っといてあげた。
食えないどころか、簡単に人を食う奴だ。
「蜂矢さん、普段はあんなにタチの悪い冗談をいう人じゃないんです。本当に優しいんですよ。」
「それは、分かるわ。別に何とも思ってないから大丈夫よ。」
アリスが言葉通り受け取るとは思えなかったが、とりあえずはこう言う他はない。
それに実際、言葉とは逆の印象をあの男に抱いていた。
あの言葉は、恵理子と私の類似性についての、警告以外の何物でもない。
あれは全て知っている人間の言葉だ。
虻谷蜂矢もまた、私がアリスに与える影響について、危惧しているのだ。
私と同じように。
「後悔はしていませんか?」
そう言われればそうかな。
散策を終え、昼食を取った後、路上で3人を死傷させた20代の男を捕まえた。
その仕事の後、楓だけが対策室に帰ってくるよう命じられた。
それが蜂矢の要望だったことは、アリスには知らせなかった。
蜂矢は午前中に訪ねた時と同じ場所に座っていた。
「仕事の後に呼び出したりして申し訳ありません。」
「問題ないわ。楽な仕事だったから。」
「つかぬことをお伺いしますが、アリスちゃんとは今一緒に住んでいらっしゃるのですか。」
「あなたが聞きたいのはそんなこと?」
蜂矢が鼻で笑った。
「攻撃だけが戦い方というわけではありません。守りを固めて初めて攻撃が生きるのです。」
「恵理子さんについては村田さんから聞いたわ。」
「村田さんは断るのが下手糞ですからね。特にあなたのように気が強い女性は苦手としているようです。」
そこから1度は加入を断ったことや、村田のストーカーまがいの行動について話した。
蜂矢は終始いつもと同じ笑顔だった。
「村田さんには困ったものですね、いろいろな意味で。あなたも大変でしたね。」
「いえ・・・。」
「後悔はしていませんか?」
「・・・してないわ。」
「ほう。」
「確かにきっかけは村田さんのメールで、そこから感情的に動いた私だわ。でも、恵理子さんと私は違う人間よ。単純に私が恵理子さんになり替わるなんて不可能よ。人に代役なんて存在しないわ。だからこそアリスちゃんも彼女が死んだときひどく取り乱したんじゃないのかしら?」
蜂矢が今度はため息をついた。
そして、真顔モードになった。
「理想論ですね。確かにアリスは非常に物わかりのいい子ですが、違う人間だからというだけで恵理子さんの影を見ない、などということはありません。あなたと恵理子さんの類似点が、あなたと恵理子さんの相違点を浮き彫りにするのです。既に死んでいる実の母親に、勝てる自信がおありですか?」
「それは・・・。」さんざん考えたよ、そのぐらい。
「また、アリスが酷く混乱したのは事実ですが、あなたは程度を軽く見ている。一時期は物を食べても本人の意思とは関係なく吐き続けて、異常なぐらいに急激に痩せましたし、ところ構わずタガが外れれば1日中泣くといった日々が1カ月以上続きました。あの子はあの経験の後、私たちの目を強く気にするようになりました。迷惑をかけてしまったなどと考えているのでしょう。」
「・・・。」
「その後パートナー探しを始め、やっと最低限回復したと思った頃にあなたが現れた。云わばアリスは自分のわずかな全財産で宝くじを買ったようなものです。今は期待で充実していて、確かにかなり回復したかのように見えますが、実態は中身のない風船です。事あるごとにしゅるしゅると空気が抜け、わずかな衝撃で弾け、修復不可能になる。今のアリスに冷静さなんて有りません。道理を説いても無駄です。」
「・・・うるさい。」
「何か言いましたか?」
「うるさいって言ったんだよ、もやし!お前が今だらだらと何行も使って言った言葉なんて分かってるさ!可哀そうだったんだよ、悪いか!後悔?してるに決まってんだろ!」
蜂矢は全く動じていなかった。この反応が余計に腹立つ。
と、思っていたら笑った。うぜー!
イライラしていると、蜂矢が口を開いた。
「それでいいんです。」
「・・・いっぱしのお坊さん気取り?調子に乗るんじゃないわよ?」
「あなたは今自分が後悔していることをしっかり自覚するべきでした。」
「あのね、あんた。人の話を聞きなさいよ。」
「本質以外のあなたの言葉に価値などありません。」
「あんた・・・意外と毒舌なのね・・・。」
「あなたが自覚した今、私がするべきはあと一つ。」
「あーそうですね。私の話はお必要になられないのでしたねー。」
「恵理子さんになろうとは思わないようにしなさい、それが出来ないならば、アリスの前から早々に消えなさい。」
・・・・・・。
「スイッチ入ってないわよ。洗脳スイッチ。」
「・・・勘ですか?どうせ確証はないのでしょう。」
「今のあんたの反応でほぼ、確信したわ。」
「ほう。具体的にどこで?」
「あんたが間を置いて喋ったのは今回で2回目。前回は私があんたの能力について深く聞こうとしたとき。動揺した以外の何だっていうの?理解できる反論なら聞くけど?」
蜂矢は初めて困った顔をした。まあ、超どうでも良ーんですけどね。
それでも笑顔は崩さない。
「あなたとは良い友人になれそうです。」
「願い下げよ。」
間髪を入れずに言ってやった。
蜂矢は今度は、鼻で笑った。
指令室(1階の最も大きな部屋。中央階段正面にある。)には村田だけがいた。
「おう、長いこと蜂矢と話していたみたいだな。」
「まだ7時でしょ。暇にも程があるわね、ここは。」
よく見ると村田も仕事をしているわけではなく、動画サイトでアニメMADを見ていた。
「あなた、オタクを地でいっているわね。そんな顔で生まれて来たくなるほどオタクっていうのは価値があるのかしら。」
「おい、俺のいじり方が雑になってないか。」
「そんなことないわ。ただの知的好奇心よ。遺伝子の組み換えよ?あなたの一言が科学の歴史を大きく変えるのよ!」
「その妄言に加えて手をぐって上げるのもやめろ馬鹿。」
・・・・・・
「蜂矢にくぎ刺されちゃったー。」
「脳にか。まあときにはショック療法も大事だと思うぜ。」
「つまらん。お前のボケはつまらん。というか聞きなさいよ。」
「普段は何を考えているか分からず妄言を繰り返す女が、俺にだけは本当の自分を見せて相談を持ちかける・・・。なかなかの萌えシチュだね!」
「だね!じゃねえよブタ。私は真面目に・・・」
「考えすぎだと思うぞ、俺は。」
「・・・私まだ何も言ってないんだけど。」
「蜂矢の部屋は取り調べ室も兼ねていてなあ。最近世論の煽りを受けて、録画と録音は徹底されるようになっているんだ。冤罪事件が増えたせいでな。」
「・・・まあ、手っ取り早くていいわ。そんな部屋に住む神経は理解できないけど。」
「蜂矢側からアクションがない限り回線はつながらない。つまり蜂矢が俺に見せたがったってことだ。」
「・・・あなた達が相当アリスを気に入っていることは分かったわ。」
「遠慮するなよ。お前のことも気に入っているぞ。」
…何か私が壊れていっている気がするよ。
次の日は雨だった。
冷たくて、重い雨。
いつも通り家を出る2時間前に目を覚ます。
30分、自我と格闘した後、
歯磨き、洗顔、朝食で30分。
諸々の支度や朝のニュースで1時間。
最近天気の子が田舎っぽい子に変わったのよね。
前の子は目ばかり大きくてくどい顔の子だったから、相対的に好感が持てる。
『今日午前3時頃、○○市××町の交差点で3名の遺体が発見されました・・・』
壊れてるのは私だけじゃないわね。
対策室に出勤すると、村田が真面目な顔をして迎えた。
「朝から何腐った顔してるの?」
「横綱出勤だな。だからアパートを近くにしろって言ったのによ。引っ越し費用ぐらいは出しってやるって言ったじゃねえか。」
「あらやだ、独占欲の強い彼氏みたい。小金持って調子づいちゃった、みたいな。」
「いまはよせ。仕事だ。」
村田の隣には男が一人、立っていた。
「近江だ。噛み砕いて言えば情報収集が仕事だ。」
「・・・どうも。」
近江という男は神経質そうな男だが、割と顔はよかった。
短く小ざっぱりとした髪にスーツ。これぞ刑事、かな。
「近江、説明を。」
「・・・昨日、人死にがありました。仏は三つ。どうやら暴力団構成員のようです。それぞれ頭に銃弾を一発ずつ、撃ち込まれたのが、死因です。」
「○○市の交差点の?」楓は朝のニュースを思い出して聞いた。
「・・・はい。」
近江は頷いた。
「普通ならば、組同士の抗争等と適当な理由をつけて終わりなのですが、奇妙な点が二つあります。」
「・・・。」
「まず銃弾が見つかっていないこと。銃撃事件は現場に残された銃弾が重要な物的証拠となる場合が多いのですが、回収は極めて困難なので、普通は(犯人が)回収して帰るようなことはありません。」
「ふーん。」
「そして最も奇妙な点。3人は同角度から同じ一点(耳の穴)を撃ち抜かれています。」
「・・・どういうこと?」
「検死官によると誤差数ミリ程度はあるものの、これほど正確に同じというのは人間技ではない、とのことです。」
「じゃあ、機械なんじゃないの。」
村田が鼻で笑った。
「機械でも動く人間を同角度で撃ち殺すのは不可能だ。銃口向けられて撃ち殺されるまで全く微動だにしないやつがこの世にいるなら話は別だがな。」
「恐らく、能力者だと思われます。現場から硝煙反応が出ているので、世間一般で流通している銃器のようなものを使ったことは間違いないです。銃弾を能力で生み出し、それを自在に操る能力者だと思われます。」
「自分で創る銃弾なら、出すのも消すのも自分次第ってわけ。」
「・・・恐らく。」
・・・・・・。
「今までの犯罪者とは戦闘能力で月とすっぽんだ。危険な任務になる。」
「・・・アリスも連れていくの?」
「無論だ。」
「昨日から私の部下を含め、地元警察の協力を得てターゲットを探していますが、いまだ有力な情報は得られていません。」
検問と誘導。小さな交差点だが、混乱を免れることは出来ないようだ。
人型に張られた白テープの頭の部分から、血がにじんでいた。
アリスは、今日は一言もしゃべっていない。
「被害者は大蔵白、三島黒、達尾灰次。大蔵組組長、大蔵井江郎の長男、白とその部下ですね。何でもこの三人は異母兄弟らしく、井江郎氏がかなり目をかけていたとか。」
「要するに息子を3人同時に亡くしたわけね。ご愁傷さま。」
「職業柄死はつきものだと思うが。」
「当たり前の死なんてない。死んだら悲しいよ。」
アリスが初めて口を開いた。
「・・・そうだな。」
「・・・続けますね。地元警察が井江郎氏に聴取を行おうとしたのですが、門前払いだったようです。何でも組の問題だから介入するなといった意味のことを10倍手荒にした感じの言葉で追い返されたようです。」
「仏三つ公道に転がしといて介入するなって言われてもなあ・・・。」
「犯人の目星はついているのかしら、井江郎さんは。」
「ニュアンスなので確証は持てませんが、恐らく。」
近江は首を縦に振った。
「大蔵井江郎氏に会うしかないわね。」
「お嬢さん、何度言わせるんですかい。組長は今忙しいんですよ、分かっているでしょう?日を改めていただけませんかね。」
「時間は取らせません。犯人の特徴をお聞きしたい、ただそれだけです。」
「そんなもの、こっちが知りたいですよ。分かってたら呑気に通夜の準備なんかしていませんよ。」
「分かっているから呑気に通夜の準備をしているのでしょう?」
「情報も無いのに闇雲に探しても意味ないでしょう?私の理屈は間違っていますかい?ええ?」
「赤田。」
ついさっきまで、時折苛立ちながらも基本はめんどくさそうにしていた男の顔が、
一瞬で引き締まった。
「組長・・・。」
赤田といわれた男の後ろには、初老の男が立っていた。
喪服のスーツをきれいに着こなしていた。
「女と口喧嘩なんて無意味なことはやめな。女ってのはな、間違ってることでも正しく思わせてしまうほど口が上手い生き物なんだよ。」
「・・・はあ。」
「あんた名前は?」
井江郎氏は、楓の方を向いて言った。
「鳥島楓。」
「そうか。楓さん、俺達が分かっているのは相手が能力者だってことぐらいだ。検死官からの報告で分かったこと、それ以上でも以下でもない。あんたに話すことは何もないんだよ。」
「しかし・・・」
「頼むからそっとしておいてくれないか。息子をいっぺんに亡くして、悲しいんだ。」
男の目尻が、わずかに光を反射した。
車内は村田、楓、アリス。
静かな車内で、口火を切ったのは楓だった。
「・・・見張りはちゃんとつけてるんでしょうね。」
「血も涙もないやつだな。男が人前で泣くっていうのはなあ、耐えられない時だけなんだよ・・・。」
「今この場であんたを泣かせて、その美しい価値観を捻じ曲げてあげましょうか?」
「大蔵組の出方待ち、か。対応が後手に回るのは仕方ないですね。」
アリスがいきなり急所を突いてきた。
「まあ、楓さんのせいじゃないですけど。」ガクにねー、と同意を求めている。
恨みでもあるのか?
「ま、さすが一つの組の長って感じだな。決して切れ者ってわけじゃないが、楓に有無を言わせないどっしりとした態度とか。」
・・・・・・
「でも本当に何も知らないのかしら。」
「有り得ないな。いくらなんでも落ち着き過ぎている。」
「私もさすがにもっと何かは知っていると思います。勘ですけど。」
「勘で語ってもらっちゃあ、困るNA!」
「何この人むかつくんですけど。」
「アリス、お前いい奴だな。拾わなければ楓、大怪我だったぞ。」
「アリスちゃんの優しさに私、感動したわ、本当よ。」
「(なんだかなぁ。)」
コンコン
車の窓を叩く音。
外に立っていたのは近江だった。
「どうやら始まったようです。」
通夜の会場であるはずの大蔵井江郎氏の家が、俄かに熱気を帯びていた。
物騒な言葉も聞こえてくる。
「一人とっ捕まえて吐かせてしまえば・・・」
「そんなことしたらこっちのマークがきつくなるだけでしょう。」
「現状でも意識はしてると思うけど。それに後手に回らずに済むわ。」
「サクッと吐いてくれればそれでもいいと思います。けど、多分無理、だとも思います。」
「それもそうね。」
また一人出ていった。
近江の報告があったのは20分前。
最初の男が走って出ていくのを、見張りが確認した。
今回の男で4人目だ。
「で、いつまで待つのよ。」
「井江郎氏を待ちましょう。相手は能力者ですので、焦る必要はないと思います。」
「相手方も俺らの動きは分かっているだろう?」
「・・・何かそれっぽいこと言えば賢く見えるとでも思っているのですか?今のところバレてはいないように思います。」
「す、すいません。」
「(近江には歯向かわないようにしよう。)」byアリス&楓。
「赤松、緑井、青田・・・。全員帰ってこないと思ったら。こんなところで寝てたのか。」
市の緑化政策の一環で残された雑木林。
死体が見つかったとなれば、きっと荒れてしまうのだろう。
死体のほかに人影が二つ。
一方は切り株に腰かけ、一方は目の前にいる男から目を離さない。
「鷹司の言ったとおりだ。」
「ああ?」
「面倒な仕事だ、って。俺、仕事嫌いなんだよ。」
「若頭に手を出した以上、お前を生かしたままにするわけにはいかないんだよ、雉間。」
「鷹司はお前らとの縁を切りたがってる。」
「だから若頭を殺したってか?」
「違う。だから依頼を引き受けた。殺すのは誰でも良かったし、別に誰かを殺す必要もなかった。ただたまたま、タイミング良く依頼が入った。」
パンッ
立っていた男は銃を構え、発砲した。
が、雉間という男は既に切り株から離れていた。
「やることも、僕の能力の対処法も、先の3人と一緒だ。不意打ちと終始だんまり。それでは結果は同じだよ、黄田さん。」
・・・。
「僕は東南アジアで2年間、地元のゲリラ部隊と戦ってきた。水は濁ってるし、飯は臭いし、背の高い草原で隊員が一人ずつ減っていくのも、目の前で前日に笑顔を突き合わせた仲間の頭が弾けるのだって体験した。」
・・・。
「それで得たのはわずかな戦闘経験と、絶望だ。」
・・・。
「失ったのは生きる気力、意思。」
・・・。
「死にたくないって思っているうちは、僕は殺せないよ。戦闘に対する姿勢が違うんだよ。」
・・・。
「僕は、僕を殺してくれる人間を探しているんだ。」
「・・・ッツ!」首のあたりに痛みが走った。細い、ワイヤーのようなものが張り巡らされていたようだ。
パンッ・・・
戦闘は、あっけなく終了した。
雑木林に、4つ目の遺体が転がった。
「うお、ぞろぞろ出てくるぞ。あ、組長だ。」
「そろそろマンネリズム全開で、トークでつなぐのも限界だったのよね。」
「?楓さん、何を意識しているのですか?」
「では、行きますね。」
車が動き出した。
「出てこい、雉間。」
雑木林に強面の男たちがぞろぞろと現れ、
ぶっ殺してやらあ!とか、来いやこらあ!とか、いかにもな発言を繰り返した。
「キジマっていうのかぁ。やっぱり知り合いだったのね。」
「でもいないみたいだな。」
「逃げたのかな。」アリスの腕の中でガクは寝ているようだ。呑気なことで。
「恐らく、その可能性はないですね。あれを見てください。」
近江の指差した方向をみると、わずかに雲間から顔を出した月の光が、
何かに反射している。
「ワイヤーです。他にもいくつかトラップらしきものをここに来る途中、発見しました。数からして、ここで一気に終わらせるつもりだと思います。」
「ただの足止めや時間稼ぎっていう可能性もあるわよ。」
「何で僕が逃げたり足止めや時間稼ぎをしたりしなくちゃいけないのさ。というか足止めと時間稼ぎって同じ意味じゃないの?」
・・・誰だ、こいつ。
「ああ、一応言っておくけど、声を出したり、動いたりしたら、死んでも知らないよ。」
男はよれよれのシャツにジーパンという、大学生のような格好をしていた。
というか大学生なのだろうか。
ゆっくりと男は右腕を胸の高さまで上げた。
握られているのは、リボルバー式の拳銃。
「発射される弾は消せるのに、硝煙反応は消せないから、逆に人物が特定しやすいんだよね、僕の能力。僕のことを知っているやつにとってはさ。」
男は最初の弾を発射した。
一発目の弾丸が先陣を切っていた男の頭を撃ち抜いた後は、
恐らくキジマの思惑から一分もはみ出さなかっただろう。
その一発目で静かでありながらパニックに陥った集団は、
面白いようにトラップに引っ掛かり、
悲鳴を上げては永遠に声を失っていった。
その場を動かなければ狙い撃ち。
彼らとキジマの間には、埋め難い絶対的な上下関係が出来上がっていた。
「終わり、かな。」
気がつけばそこは死体の山だった。
「で、どうするの?そこの4人はさ。」
・・・。
「君等は組と別行動だったし、依頼は受けてないから殺すつもりはないんだ。それはニュアンスで分かったでしょ?」
「あ・・・、ああ。」村田が絞り出すように答えた。
「ただ、鷹司からは事後処理が面倒だからとりあえず会った人間はみんな殺しとけって言われてる。」
「・・・・・・。」
「正直鷹司の命令が絶対ってわけじゃないから、公と私の間で揺れ動いてるってわけさ。」
この状況を打開する唯一の方法は、アリスの能力だろう。
油断させてガクに触れさせればいいのだから、策の中で恐らく最も成功率が高い。
しかし、どうやって何を切り出せばいいのか、分からない。
いや、考えることが出来ないと言った方が正しい。
今までこれ程までに、死を身近に感じたことはなかった。
その緊張が、4人の思考を鈍らせた。
ニャー・・・
「・・・可愛い猫だね、小さい人。」
キジマはにっこりと笑い。ガクの喉のあたりを指でくすぐった。
途端にキジマは姿を消した。
「・・・ラッキーですね。」
「自信から来る油断ね。」
「一時はどうなる事かと思ったぞ。」
「任務、完了です。」
が、安息は一瞬だった。
アリスの喉元に、光るものが突きつけられたからだ。
西洋の片刃の剣だった。
「さて、簡潔に、用件だけを述べましょう。雉間君を出していただけますかね?」
男は手足が長く、身長は180ぐらいだろうか。
ライトブラウンの長髪を後ろでまとめていた。
何より印象的だったのは、鋭く尖った目つきだ。
眼差しだけで人を殺せそうだ。
「どなたのどんな能力か存じませんが、雉間君は必要な人材なのでね。」
「君の能力?面白い力だね。猫に触れたら発動するのかな?」
雉間がアリスの頭に手を置き、語りかけた。
「・・・・・・。」
「そんなに緊張しなくてもいいよ。能力について詳しく教えてくれたら、命は助けてあげるかもしれない。」
「雉間君、何を言って・・・」
「貴重な人材じゃない?そこにいる3人を餌に使えば言うこと聞くでしょ。能力者は多いに越したことはないしね。まあ、もちろん・・・」
雉間がアリスに銃を向け、・・・
パンッ・・・
「っつ!!ああああああ!!!!」
銃弾はアリスの左足ふくらはぎのあたりを貫通した。
ワンピースのスカート部分がみるみる赤く染まっていく。
「お仕置きはしなくちゃいけないけどねぇ。」
雉間は銃を腰にさし、再びアリスの頭に手を置いた。
そして力を入れて、傷口を見せつけるように、アリスの視線を無理やり落とさせた。
アリスは泣き始めていた。
涙が赤いワンピースに、一つ、二つと落ちているのが見える。
今、楓が感じている感情は、緊張でも恐怖でもなかった。
形容しがたいほどの大きな怒り。
「手をっっっっ・・・はなせっ!!!!!」
雉間は早かった。
楓が行動を始めた時には、銃口は既にこちらを向いていた。
自分が死ねば、アリスは取り乱すか?
それとも素直に奴等の言うことを聞くようになるか?
前者ならばその場で全員死亡確定。
後者ならば、自分が奴等の手助けをしたことになる。
アリスは村田も近江も見捨てることなどできない。
つまりこの自分の行動は、感情に身を任せた、短絡的で愚かな行為だ。
前の時も、そのせいで後悔したんだっけ。
まあ、もう後悔もできないだろうけど。
「嫌っ!!!!!」アリスが叫ぶ声が聞こえた。
次に、雉間が消えた。
この時楓の状況判断はその場にいた誰よりも速かった。
それゆえに相手の行動を最小限に制限することが出来た。
ブシュ!シュゥゥゥゥ・・・・・
肉が裂ける音と血が噴き出す音。
楓は反射的にアリスの方へ向かっていた右腕を、
尖った目つきの男に向けていた。
それでも男が楓の接触を避けることが出来たのは、
男もまた、人並み外れた判断力と運動神経を持っていたからに違いない。
男の剣は鞘からわずかに抜かれ、楓の掌と手首を裂き、その進行を止めた。
「・・・見事です。腕を裂かれて尚この圧力。しかし・・・」
「これで終わりね。」
黒い紐があっという間に剣を縛りあげ、無力化した。
男の目が大きく見開かれた。
男を襲った感情は、わずかに隙を作らせた。
楓のもう片方の手が、男のわずかに逃げ遅れた右腕を捉えた。
「救急車をお願いします!早く!!」
「病院は目と鼻の先だ!直接送った方が速い。お前は最寄りの病院に電話!重症者二名だ!」
「はい!」
近江以外の諜報員らしき人物が姿を現していた。
「おい、大丈夫か!出血がひどいな、くそっ!」
村田が取り乱すのを見るのは初めてかもしれない。
「・・・アリスは?」
「弾が足を貫通しているが、お前よりは出血は少ない。お前はとりあえず自分の心配を・・・」
「・・・もう右腕はだめね。」
「無駄だったわけじゃない、お前のおかげで助かった。」
「そうね、・・・右腕一本で人の命買ったと思えば、・・・お買い得かもね。」
にっこり笑顔を、作れたと思う。
そこで意識は飛んだ。
目を開けると、当たり前だが、そこは雪国だった。
「何がどう当たり前なんだ?」村田がすかさず反応する。
「Aすると、そこはBだった、のBに入れるのはやっぱり雪国よね。」
楓は病室に飾ってある雪の積もった風景の絵から目を外して言った。
「言わんとすることは分かるが・・・。」
「やっぱり、戦闘→大怪我→気を失う→気付いたら真っ白な天井云々っていうマンネリズムを脱したいという強い気持ちが私の中に以前からくすぶ・・・」
「待て待て。姫様の到着だ。」
個室のドアがコンコンッと鳴った。
楓が目を覚ましたのは1時間ほど前だ。
楓は怪我の出血のショックのせいか、3日ほど意識を取り戻さなかった。
アリスはというと意識こそ失わなかったものの、
歩行のリハビリが必要だそうな。
実質能力者相手に、ガチンコ能力バトル!とは今後ともいきそうにない。
それに私はもう・・・
「楓さん。」
アリスは近江に車椅子を押されて現れた。
視認は出来ないが、左足ふくらはぎに治療を施されているはずだ。
「アリスちゃん、ごめんね、怪我させちゃった。12歳で傷物なんて。」
「・・・・・・。」
「しかも銃創なんて。シャレにならないわよね。私、アリスちゃんの将来が心配だわ。」
「・・・楓さん。」
アリスがちょいちょいと手招きをした。
「何?アリスちゃ・・・」
ッパシッ!・・・
顔を近づけるや否や、思い切り左頬を張られた。
「私が何を言ったか・・・憶えていますか・・・?」
「・・・いや・・・、」
「『当たり前の死なんてない。死んだら悲しい。』って言いませんでしたか?」
「それは・・・」
「いいから黙って聞けよ!!」
「・・・はい。」
「あの場面での選択肢は一つ。私の能力の説明をして、相手の出方を見る。相手が私を欲しいと思ったならば、それで良し、思わなかった時初めて、楓さん達が動き出すべきでした。しかしあなたは冷静さを欠いて短絡的な行動をした。」
「・・・。」
「現場で一番大事なのは、命を捨てる覚悟で相手に特攻することなんかじゃない。いかにして命を落とさないかです。反省してください。」
「・・・うん、わかった。」
アリスは自分で張った頬に触れ、
「お願いですから、・・・無茶なことは・・・じないで・・ぐだざい。」
楓の胸のあたりに顔を押し付けた。
固定した右腕が痛いよ。
二章「命を語る少女」完
蜂矢君はあれだね。
まんま小泉君だね。
だってチャラ男の楓さんをへこませたかったんだもの。