美咲の場合 ④アンジェリーナのように
愛子の意に反して、
聖人が精子の提供をするかどうかの判断基準はかなり高かった。
しかしハードルが高い程燃えると愛子は笑う。
元は短距離走の選手だったから、少々のことではめげない、
体力・気力に自信があると言う。
その足は、オリンピック選手も夢じゃないと言われたらしいが、
高2の夏に挫折したのだ。
その原因は、どうもコーチとの関係にあるらしい。
その頃の愛子は、コーチに絶対服従だったと言う。
記録が落ちた罰に、裸になれと言われたら従いかねない関係だった
と想像出来た。
愛子は多くを語らないが、母親が激怒して退部をさせられた。
それが今もトラウマになっている愛子。
意地になっているのか、再三却下されても、
何通りものハンドルネームを使い分け聖人に迫った。
アイツ、何様のつもり(怒)
もう、愛をくれと言ってるわけでないじゃない(怒)とうるさい。
終いに何でそこまで執着するのかと美咲は不審に思うほどだ。
しかし、本当に取材だけなのか?と思う。
愛子は本気で子供が欲しいのだろうか??。
『やった!!やっと会ってくれるって。』
『え???聖人、来るって?』
美咲は自分が恐れていた事が現実になろうとしていると感じた。
『そう、私の誠意がやっと通じたのよ。』
『どう言ったの?』
『私はアンジェリーナジョリーと一緒だって言ったの。』
愛子は涼しい顔で、得意げでさえあった。
『ええ?遺伝子リスクで将来乳ガンにってやつ?子宮ガンになりそうだからって
嘘ついたの?話、盛りすぎじゃない??』
『そうかしら・・でも、嘘じゃないわ。』
『?』
『うちの一族で、3人はいるわ。十分あり得るじゃない。』
どうやら、愛子は将来子宮ガンになる確率が高いので、今のうちに子供を産みたいと
言ったようだ。それに遂に心動かされたと言うのか。
なりふり構わぬ愛子の嘘にあきれるが、聖人が真彦でないことを祈るしかないと思う美咲。
今も週1回は会っていると言うのに、真彦の顔を見ると何も聞けない。
真彦に特に変わった様子はなく、年上の自分がみっともなく取り乱したくない。
いつも余裕、余裕の年上女性を演じたいと変な見栄を張りたくなる。
もう真彦を失いたくない、それだけを切に思う。
そして数日後、愛子が聖人と約束したある駅前の喫茶店にいた。
何の変哲もない昭和な喫茶店。名前も『佐里伊』と古くさい。
聖人はそこのナポリタンが好きらしい。
『ランチを一緒に食べましょう。』と誘って来たと言う。
愛子はいつもの勇ましさはどこへやら、窓際の席で神妙な顔で待っている。
美咲はその姿を息を潜めて見守っていた。