亜佐美の場合 ⑥ああ、神様
しばらくして、慌ただしく救急車で担ぎ込まれた望。
見ると、その小さな体を血で染めていた。
そばにつきそう母親の里香子は、半狂乱のように望の名前を呼んでいる。
嵐の夜、車で帰宅中に、無灯火の自転車が飛び出してきたらしい。
後方の車を巻き添えにする事故になった。
望は、緊急手術。
出血多量のため、輸血が必要になるが、o型のRH-で
病院の手持ちも少ない状態だった。
『あの、私、同じ血液型ですから、血採ってください。』
私は手をあげる。もう見ていられなかった。採血室に駆け込む。
(あなたを助けるためなら、私の血、半分だってあげるわ)
普段の私なら考えられない。自分の中にこんな感情が潜んでたなんて・・
一哉の子供だから?いや、違う、私の子供だから・・・いやいやいや
小さな命を助けるため、ただそれだけ・・と祈る気持ちだった。
それから夜遅く、一哉が病院に駆け込んできた。私の姿にも気づかなかったのか、
ただ泣いてる妻の肩を抱いて、沈痛な面もちで手術室の前に座っていた。
どれぐらいの時間が経ったのだろうか・・と思っていたら夜が白々と明ける。
やっと手術室から出てきた望。
痛々しい姿で、そのままICUに入院。
オペは成功したらしいが、まだ予断を許さない状態には変わりない。
疲れ切って帰宅した私。
ふと携帯を見ると、一哉からメールが入っていた。
『輸血してくれたんだってね、ありがとう。感謝する。』
母親なのに、自分の息子に輸血も出来ない。
里香子の無念は想像できる。
(やはり、あの子は私の子供なんだ・・・)と実感する。
でもだからって、里香子から一哉を略奪して、自分が母親になる?
いや、自分はそこまで欲深くないつもりだと頭の中で
自問自答するばかりだった。
しかし、この嵐の夜の出来事が、私の運命を大きく変える事になるのだった。
幸い、望は里香子の献身的な看病のおかげか術後の経過もよく、
2ヶ月ほどで退院した。
身体に一部傷跡が残るみたいだが、後遺症もなく元気になって欲しいと
祈る気持ちだった。
しかし、それから数日後、里香子から連絡があった。
輸血のお礼がしたいので、自宅に招待したいと言う。
ああ、神様! どうすべきでしょうか?
私は天を仰いで、泣きたい気持ちだった。