真希の場合 ①ただならぬ日々が始まる予感
目黒真希が、渋谷夕子と知り合ったのはフラダンス教室。
10月から始まる新規のクラスに入ったのがきっかけだった。
偶然帰る方向が一緒で、何となくどちらからともなくお茶に誘い、
喫茶店で話しをするようになった。
渋谷は、年齢は40代のようだが若く見える。
メイクがとても上手で、素人に見えなかった。
それを真希が渋谷に何気に聞いた。夕子はふっと笑い答える。
その顔は何とも艶っぽかった。
『ああ、私、元歌手だったの・・。』
『へえ~ッ、だからメイクがお上手なんですね。』
『ウフフ・・でも、歌手と言っても、全く売れなかったのよ・・』
『芸名は、何というの?』
『渋谷夕子、演歌歌手だったのよ。ご当地ぽい方が受けるかなって。
それに田舎もんだから、東京の地名がいいかもって・・・ウフフ。』
『じゃあ、本名は?』
『う~ん、忘れちゃったかしら。ダサいし、長いこと渋谷夕子って名乗ってると
そのほうがなじんじゃって。』
『へえ~。』
真希は何食わぬ顔で頷きながらも、その答えに秘密の匂いを感じていた。
図書館の司書をしている凡人の真希にとって、渋谷は謎めいた存在だ。
(何かある…。きっと本名を言いたがらないのはそのせいかも。)
『夕子さん、いま仕事はなになさってるの?』
『私?メイクをしてるのよ。』
『いわゆるメイクアップアーティスト?』
真希がそう言うと、渋谷は大きく首を振り、目を見張って言う。
まるで大見得をきるようだ。
『ううん、私のはただのメイクではなく、そうね、造顔師と言ってもいいくらいの
技を持ってるのよ。』
『・・・造願師?』
『そう、整形するみたいに、根底から顔を変えるようなメイクよ。』
『・・・・。』
『ウフフ、試してみる?』
『ええ???』
『真希さんは特別にしてあげるわ。お友達だから・・。』
『・・・本当に?』
目を見張る真希に、渋谷は言う。
『真希さん、見るところ男性に縁がなさそうね。私のメイクで、モテモテに
して差し上げるわよ。』
『ええ?そんな事可能なんですか?』
『ウフフ、お安いご用よ。』
渋谷の言うとおり、真希は男性に縁がなかった。
平々凡々に学校を出て、堅い職業について、流されるように日々を過ごして来てしまった。
最後に男性とつきあったのは大学生の頃、処女を奪われたら
その後ぷっつり連絡が取れなくなったのだ。
渋谷の言葉に、ただならぬ日々が始まる予感がした。




