香里の場合 ④ユルい彼
その日に限り、母親が具合が悪くなり、
病院によることになってしまった。待ち合わせの時間に間に合わない・・
宇蘭に連絡すると、
『ああ、あちらも遅くなるってさ。急患が出たらしいよ。アレンから連絡あったから、
連絡しようと思ってたの。』
今日の見合い相手は獣医と聞いた。
宇蘭のペット、チワワの龍之介の主治医らしい。
たまたま香港出身の夫が、
異業種交流会で偶然知り合って意気投合したと言う。
宇蘭の夫は厳つい顔をしているが、文学青年で双子の子供に
イッサ、アキコと名前をつけている。
そのイッサとアキコは、わたしにとてもよくなついて、とにかく可愛らしい。
すっかり叔母気分で、彼らの誕生日にはケーキを買うのが楽しみになってる。
(私もこんな可愛い子供が欲しい・・・)
こんなにも意気地のない自分が、野望を抱いてしまう。
その気持ちに押されて、今日会うのを決心したようなものだ。
そして、約束のホテルのエレベーターに乗って、ドアを閉めようとしたら、
『待って!待って!お願い~ッ!!』
そう叫び、走り込んできた男性がいた。相当慌てて走ってきた様子。
(変な人・・・)
『何階ですか?』
『最上階お願いします。』
私と同じだ・・・まさか・・・
いやいやレストランに行く客など、掃いて捨てるほどいる。
『今日、私、お見合いなんです。なのに、遅れちゃって、慌てちゃいました。』
聞いてもないのに勝手に話しかけてきた。浮かれてる?
それを自分でも恥ずかしいと思ったのか、苦笑いして汗を拭いていた男性。
ドアが開いても、二人同じ方向に進んだ。べたな待ち合わせ、
展望レストランの入り口にも二人並んだ。
ホテルの従業員がお二人ですか?と訪ねるので、思い切り違いますと
首を振ったのも二人だった。
中に入って、奥のテーブルに座る宇蘭夫婦を見つけた私は真っ直ぐ進んだ。
宇蘭はこっちこっちと手招きした。
夫アレンの隣はまだ空席、相手はまだのよう。
『円谷さん、こっち、こっち~!』
『ああ、ごめんなさ~い。遅れちゃって!』
後ろから声がした。
先ほどの男性みたい・・。ギョッとする私。
『あれ、先生、香里ともう意気投合しちゃったわけ~?』
宇蘭は、にやにや笑う。
『もう、やだ~ッ!からかわないでェ~ッ』
男性は、笑いながら宇蘭の夫の隣に座った。
確かに・・見かけは男性なのに、まるで異性を感じさせない。
彼、円谷清彦はゆるく、私の前で微笑んでいた。




