春馬の場合 ③教祖デビュー
失踪した美緒の代理に、
春馬を据える事に反対する者は誰もいなかった。
それより誰よりもふさわしいと皆が口を揃えた。
『話題性はあるよな。』
あわよくば、新しい信者獲得になると、頭の中でソロバンをはじく幹部もいる。
『春馬様、お世話致します。』
真由が恭しく頭を下げる。
彼女は母親の操の指示で、春馬の世話係になる。それも勝手に・・・。
それには、母操の思惑があった。
操は、美緒の母親真澄のように教団の中で権力を握りたい。
いつまでも教団の下働きでいるつもりは毛頭ないのだ。
春馬は否応なしに、時期教祖に祭り上げられようとしていた。
(俺に、そんな事が務まるのか??)
でも、母の美緒が前教祖の慶雲の代理になったのも、自分と同じ15歳の頃だ。
まして、お腹の中に自分がいた。
どんなに不安だったことだろう・・・そう思うと胸が痛くなる。
今、愛する人と人並みの幸せをつかみ、自分が助けになれば
それでいい・・でももし、そのまま美緒が帰ってこなかったら
自分はわけもわからず、そのまま済し崩しで自由を奪われるかもしれない。
(それも運命・・!?)
そう受け止めるには、15歳の自分には重すぎると思ってしまう。
しかしそう思う本人の思惑は別にして、事はどんどん先に進んでしまうのだ。
早朝、教団の裏の『御世の滝』で身を清める為に滝業をさせられる。
確か・・美緒は滝に打たれながら教を唱えていたらしい。
春馬はいつもその時間はまだ就寝中で、母親がそんな修行をしている
事すら知らなかった。
(ああ、どうすればいいんだあ~~)
そんな迷いの極致の
彼を試すかのように、音を立てて水がなだれ落ちてくる。
どうすればいいんだ、どうすればいいんだ・・・
まるで教を唱えているように、口をパクパクさせて、ただ滝に打たれている彼。
そんな春馬を遠目に冷めた目で見ている真由。
(へえ~、こんなんで教祖出来るなら、私にも出来そう・・・)
いっそ自分が躍り出て、教団をジャックしちゃおうか・・
真由は神妙な面持ちの腹の底で、そう思っていた。
そして神装束を着用して祈祷の間の御簾の中に座る春馬。
周囲の誰もが、神妙な顔をしながら心配そうに自分を見つめるのを
痛いほど感じる。
(大丈夫???)
おそらくそう感じてるのだろう。
春馬の長い一日が始まろうとしていた。