美緒の場合 ④彼の事情?
例えば、人はどんな時に身を隠したくなるのか?
借金、人間関係、仕事上の失敗、身の危険?などなど・・
美緒の人生経験から考えられる理由なんて、たかが知れている。
気がつくと、あの貼り紙さえ
いつの間にか無くなっていたので、その記憶さえ頼りない。
本当に見たのかどうかもわからないとさえ思う。
それでも、ただ言えることは、美緒にとって恭介の存在が
日に日に大切な存在になっていくと言う事実だけは確かな気がした。
そんなある日、いつものように地下鉄の駅を歩いていた美緒。
下り線電車が近づくアナウンスが流れるホーム。
ドンッと思い切り背中を押された。
『!?』
思わず線路に落ちそうになった美緒。訳がわからず後ろを振りむいたが
怪しい人影はない。冷や汗が出た。ホームには人の波。
(誰?誰なの??)
『大丈夫ですか?』
誰かが伝えたくれたのか、若い駅員が声をかけてくれたのだ。
『え・・大丈夫です。』
口でそう言っても、美緒は足がすくみ生きた心地がしなかった。
もし、もう少し前に出ていたら完全に線路に落ちていたかもしれない。
(ひょっとして・・私、殺されかけた?)
あらぬ疑念が湧いてくる。
恭介に関係する事なのか?私の人生、人に恨みをかう程奔放か?
(ううん、恭介になにか事情があるんだ。きっと・・・)
何事もなかったかのように人が群れるホームの片隅で美緒はそう思っていた。
そして、その夜、恭介に聞いてみる美緒。
二人並んで眠る前・・勇気を出して聞いてみる。
『ねえ・・聞いてもいい?』
『なに?』
『あなた、生まれはどこ?今まで、どこで何してきた人なの?』
『・・どうしたの?今日は質問魔なんだね。』
そう言うと、恭介は黙ってしまい、気まずい沈黙の闇。
『だって、私、あなたの事何も知らないんだもの。知りたいのよ。恭介の事。』
『・・・』
『・・・話したくなかったら、いいよ。今の忘れて。』
美緒は沈黙に絶えきれず、背中を向けた。
すると、恭介の手が肩に触れる。後ろから抱きしめられた。
『いいよ。そりゃ、当たり前だよな。何にも知らない男と暮らして
不安にならない女はいないさ。』
『・・・。』
『俺、地図にも載らないような山奥で住んでた。高校を出て、ここに来る前は、
フレンチの店で働いてたんだ。』
『そこは、なんで辞めたの?』
『ちょっと一言で言えない事情があって・・』
『・・いい、何にも言わないで。おやすみ・・』
知りたいのに聞くのが怖くなった美緒だった。




