美緒の場合 ①怪しい彼
『あっ?』
前田美緒は、声をあげた。
地下鉄の乗り場へ降りていくエスカレーター。
地の底に吸い込まれる前に、ある貼り紙に目が止まった。
『捜しています』
繁華街が近く、人の出入りも多い地下鉄に目につくように
何枚もの尋ね人の写真が貼ってあった。
いつもだったら気にもとめないのに、その日は違う。
一番手前に自分の知り合いに似た男の顔写真が貼っている。
『恭介?』
でも、その貼り紙の男の名前は別人だったのだ。
(ヒグチ ユウタ????誰??)
美緒が野口恭介と言う男に会ったのは2カ月前。
食べ歩きが好きで、ブログを書いたら、それが思いの外好評でアクセスを稼いでいた。
気をよくした美緒は日々の食事をブログで記録。
有名店のみならず、まだ無名だけど美味しい店を探すのが得意だった。
その夜は、『ラーメン凛子』と言う店に行った。
中年の女性店主がきりもりする小さな店。
息子と思われる若い男性がテキパキと客をさばいていた。
かつお節と鳥ガラでとったスープは味わい深く、美緒の好みの味。
麺もちょうどよい。チャーシュー共に満点をつけていいと思った。
『君,美味しそうに食べるよね。』
ふいに声をかけられた。
声の方を振り向くと、座席に20代後半と思われる若い男が座っていた。
飲んだ後の締めに寄った客達とはちょっと異彩を放つその男は、
なれなれしく美緒の隣に座りなおした。
『ね、ビールでも一杯飲もうよ。』
『え?ええ・・・』
『よし、こっち、ビール下さあい。』
もう、後は彼のペースだった。
あれよあれよと言う間に、二人でグラスを空けていた。
酒が強くもない美緒。酔ったせいかその後の記憶がない。
翌朝気がつくと、美緒の部屋で隣にその男が眠っていた。
(初対面の男と???私が・・・)
驚いて飛び上がる美緒だったが、男は悪びれる風もなくアクビした。
『あれ?覚えてない?結構楽しんだくせに・・』と卑屈に笑う。
慌てて着替えをする美緒に、男はベットから起き上がると言った。
『今日は時間ないようだから、明日から俺朝食作るよ。パン?ライス?どっちがいい?』
『え?どういう事?』
『俺、今無職でホームレスなの。仕事が見つかるまで、しばらくいてもいいかな?』
『え~困るわ、そんなの。私、あなたのこと何にも知らないもの。』
『それはごもっとも・・じゃ、帰ってきたらゆっくり話すよ。』
『え~??』
『じゃあ、行ってらっしゃあ~い。』
彼は笑顔で美緒を見送ったのだった。
それから、彼野口恭介との怪しい日々が始まった。