由起夫の場合 ⑥バレンタインの夜に
(そう言えば…)
由紀夫は思い出した。
数年前のバレンタインの日に、家の前で待っていた女の子がいた。
由紀夫が帰宅したのに気づいたらしく、そばによってきた。
『あの…』
よく見ると家によく遊びに来ていた子だ。高校の制服姿が可愛らしい。
素直に伸びた髪、聡明そうな眼をしていた。
由紀夫の顔を見つめ、そっとチョコレートを差し出した。
由紀夫は陽介あての物だと勝手に解釈した。
イケメンの彼は、毎年たくさんのチョコをもらっていてるからだ。
『ありがとう、陽介に渡しておくから。もう暗いから気をつけて帰るんだよ。』
『あの…私は…』
何か言いたげな風で、由紀夫を見つめる。
『おい、東子。何してる?』
陽介が帰って来た。自然な雰囲気で、その女の子の肩を抱いた。
『寒かったろ?ココアでも飲んで行けよ。俺作るから。』
『・・・え?でも・・・私は・・』
『おまえの気持はわかってる。とにかく上がれ。』
陽介は、由紀夫を無視するかのように
そのまま女の子を連れて,2階の自分の部屋にあがっていった。
(モテル男は辛いな・・)
その時、由紀夫は気にも留めてなかった。
高校生の恋愛沙汰にもとより興味はないと。
それから、その彼女を送って帰宅した陽介は、夕飯の時にも黙っていた。
何か考え事をしている風だった。
テレビを見ながら、彼女がくれたチョコレートを一番先に食べていたのだ。
(ふ~ん、あの子が本命か?)
そばで新聞を見ながら、由紀夫は横目で観察。その視線に気づいたのか陽介は他のチョコを
差し出した。
『兄さん、これ、食べなよ。』
『ああ、モテる弟のおこぼれをもらおうか。』
『なに言ってんの。その他大勢にもらっても、うざいだけさ。』
『へ~ッ、いっぺん言ってみたいねえ。そんなせりふ。』
『ばあか、オヤジの戯れ言はいいよ。』
笑いもしないで、陽介はそう言った。
(あの彼女が、山口東子?俺に気があったって???)
長谷川でないが、人生生きてると思わぬことがある。
その彼女が、10数年後に自分に会いたいと言うなんて・・・と由紀夫は思う。
しかも、今自分はフリー。
何となしに、顔がゆるむが、油断は大敵。
ひょっとしたら相手は、かなりのデブになってるかもしれない・・
自分はどうだ?陽介がオヤジとバカにするが、まだまだイケてる方だと思うが??
念入りに鏡チェックし、その運命の日に備える由紀夫だった。