由起夫の場合 ④元カノの陰謀
『久しぶりだから食事にでも行かない?』
誘ってきたのは、真美の方だった。
元彼女に恥をかかせるわけにもいかず、いつもの店で
そば定食で済むところを、見栄を張ってホテルのレストランに
連れて行くはめになる。
法律事務所に出入りする理由は想像できた。
お目出度いことではないに違いない。
(理由は離婚でしょ?どうせ・・)
それもわざわざうちの向かいの事務所に行く??普通・・・
と由起夫は腹では思うが、あえて口にする程のことではない。
大人になれば、いろいろ事情は生じて来るものだ。
案の定、真美は素知らぬ顔で、美味しそうにステーキを口にする。
そして聞いてもないのに、
夫は海外赴任が長いこと、二人の息子が同時に有名私学に進学するので
大変だとひとくさり話した。
ははあん、夫に現地妻でも出来たか?
息子達の親権を争っている?
そんなケースは腐るほど見てきたので、同情する気も起きなかった。
『それより、由起夫さん、今でも独り?』
おもむろに、真美が聞いてきた。
『ああ。そうだけど・・。』
『じゃ、私の後は誰とも?』
『・・・・。』
その時の真美の得意げな顔。
私が忘れられなかったの??とも言いたげな様子。
『仕事が忙しくて・・・気づいたらこの年になってた。』
『ふ~ん、あなた、仕事熱心だったものね。私のことなんか眼中になかったもの。』
『そんなことないよ。』
『嘘、あの時、もう少し私の方を向いてくれていたら、また違った人生だったわ。』
じゃ、今の人生うまくいかないのは、俺のせい???
由起夫は呆れて真美の顔を見た。真美は悪びれもせず、
すました顔でコーヒーを飲んでいる。
(真美と結婚しなくて正解だったのかも・・・)
あの頃、あんなに落ち込んだ自分が可笑しく思う。
真美は結局最後まで、向かいの事務所に行っていた理由は話さず
ランチとしては、割だかなステーキを食べて別れる。
『今日はありがとう。会えて嬉しかったわ。』と真美は笑っていたが、
気合いの入ったシャネルスーツの後ろ姿が寂しげに見えた。
その夜、たまたま約束していた長谷川に話すと、
『それ、怪しいっすねえ。』と話す。
『なんで?』
『わざわざ、元彼の事務所の向かいに相談に来るなんて。狙ってるとしか
思えないでしょう??』
『ええ?』
『目出度く離婚したあかつきには、由起夫さんを後釜にするつもりじゃあ~ねえ??』
『・・・・。』
『食うに困らない程度に稼いでると踏んだんでしょう~。あり得なくもない。』
『・・・・』
そうかもしれない、今の真美なら考えていてもおかしくない。
由起夫は身震いしてしまった。




