由起夫の場合 ②トキメカナイ?
平日の仕事帰りの時刻、そのビルに吸い込まれるように
多くの男達が入っていった。
由起夫もその一人。
何となく周りを見渡すと、自分と同じような年代が多い。
みなそれなりに仕事をこなし、働き盛りのビジネスマンに見えた。
(何故に・・こんな所に来る?)
特別容姿に問題あるようにも見えないのに・・・?
何故か結婚できない男達が、こんなにいるのか・・と少々面食らう。
収容約50人の部屋にぎっしり詰め込まれた男達は、熱心にメモを
取っていた。
題材は、『世界一わかる恋愛マーケティング』
豊富なデーターや分析資料をもとにして、理論的な指南が売りらしい。
『イケメンだから、優しいから、スポーツマンだからモテるのではない。
ある時、ある場所で、ある因子を出すことでモテ度は決まるのです。』
ちょい太めの講師はそう説明した。
肩書きはマッチングサービス事業部エグゼクティブアドバイザー。
その肩書きもあやしいが、本人も怪しげだ。しかし、講演は面白かった。
ただモテをうたうだけでなく、マーケティングの理論としてとらえると
拒否反応は薄れるものだ。
しかしある時、ある場所?ある因子?でモテが決まる?
自分のそれはいつだったか?考えてみる・・・
最初に元彼女の真美の事が頭によぎった。
次何人かいたはずなのに、定かに思い浮かばない。
この場所にいるのは、仕事に追われてるうちに、恋愛を棚上げして、
年を食ってしまった類が多いのかもしれないと思った。
またたくまに時間は過ぎて、押されるようして外に出る。
由起夫は、この年になって、他人にレクチャーされないと恋愛も出来ない?
嘆かわしい~と思いつつ、駅につづく階段を下りようとしたら
お腹がグ~と鳴った。
『あの~ッ』
振り向くと、さっきの無料セミナーで隣の席に座っていた男性だ。
『腹減りましたね、一緒にどうです?』
初対面だが、なんとなく流れで、その男性と食事をすることにした。
近くに彼のよく知る美味しい和食の店があると言う。
そして家庭料理の定食屋で、一息ついた。
先輩に誘われてセミナーに来たというその男性は、長谷川貴史と名乗り、
金融機関勤務らしい。
スポーツマンタイプで、それこそどうして?こんな場所にいると思う
イケメンだ。
互いに名詞を交換して、酒が入ると長谷川は饒舌になっていった。
『あの、甲斐さん、ちょっと聞いていいですか?』
『何ですか?』
『最近、好みの女性を見ても、トキメかないですよオ?』
『・・・それは、どうして?』
『う~ん、思えばリーマンショック辺りからでしょうか。』
『・・・???』
過度のストレスは、オスを退化させるのか???
由起夫は唸ってしまうのだった。