08
「ほぅ…逃げ出さなかったのか?それは重畳。」
第一声がこれだ。
一気に頭に血が昇る。
「私を追い出したかったのですか?私が消えて噂でも流したら、困るのはそちらでしょう?」
ヴィークはそれには答えず、ただ非の打ち所のない笑顔を向けて来る。
──何か言われるよりよっぽど頭にくる。何のつもりだ一体。
辛うじて冷静さを保って笑み返す。
──この状況で捨て置かれる訳もないわね。
一つ息を吐き、腹を据えて対面した。
嵐の一日を終えて、明けた翌日の今日、任に忠実に何の感情も挟まずに護衛対象の部屋を訪れた。
そして相手も無表情に警護について話があるからと応接に座るように指示されて向かいの席に腰を下ろした。
──きっと碌でもない話だろう。
そう踏んで出された茶など見向きもせずに視線で先を急かす。
そして、先程の第一声に至る。
「折角似合っていたのに、今日はもう元通りか…。勿体無いな。」
笑顔も引っ込む。
──何言ってるんだ?この人…。
「護衛ですからね。私を何だと…。」
「言って良いのか?」
言葉を遮られ見れば、先程とは打って変わった腹黒い笑みが向けられる。
今日もその姿は完璧な皇族の姫君だ。
──うわ、やっぱり質が悪い。
自分の任務に対する誠実さが悔やまれる。
経験に基づいて忠実に行動した。
そこに誤りなど一点もないのに、そのせいで今とんでもなく面倒臭い事態に陥っているのだ。
「どうぞご自由に。」
投げ遣りに答える。
──秘密が秘密でなくなったら、私が従う訳もないのに。
うんざりと表情を歪める。
「ふふふ…。それなら…。」
楽しそうに笑って前置きをするとヴィークが言葉を継ぐ。
「昨日は言葉遊びに震えて、追われて逃げ惑う子猫の様に可愛らしかったのに、一夜明けたら昼寝の猛獣のように揺るぎない自信を見せつけて大らかに構える。物珍しい護衛殿だねぇ。…いや、頼もしいと言うべきかな?」
そんな事を口走る。
益々頭に血が昇るが、一方で尚更思考が冴えて行く。
「ええ、私も大変遣り甲斐を感じて居りますよ。初日にしてあんな事があれば…ね。ご忠告は有難くも、私はこのキューウェルで軍に籍を置く身ですから、御身を無事に帝都へお帰しする事は端から当然の事と心得て御座いますよ。」
初日にして正体がバレたことを此処ぞと揶揄する。
「あっはっはっはっはっ…!全く頼もしい。でもそれじゃ詰まらないな。折角の妙縁だ、そんな垣根は取っ払わねば。一先ず逃げずに様子見を決め込むのなら、もっと歩み寄っちゃどうだ?護衛然と取り澄ましてないで同衾でもしてみるとか!」
「ジル様!」
エリサの制止の声が割って入ったが、言われた本人は気にする素振りもない。
──同衾ね。意味解って言ってんのか?こんな奴相手に詰まって堪るか。呆れて物が言えないとはこう言う事を言うのだろうなぁ。
大きな溜息が零れ落ちた。
「それをして、何の得があるのか解りませんね。」
呟く様に応えたら、ヴィークの表情が一層邪悪な笑みに変わった。
身を乗り出してエリサの耳に届かないように声を潜めた。
「其方、面白いな。そうか知らぬのか。解らぬのなら教えてやるぞ。」
何とも不気味な事を囁かれた。
──触らぬ神に祟りなし…。
そう判断してはっきりと姿勢を正す。
「いえ、きっぱりお断りいたします。私は飽くまでも護衛で、お側へ寄るつもりも全くありませんので。当初申し上げた通り私は居ないものと思って頂きたい。任に戻って宜しいでしょうか。」
きりが無いと自分から話しを切り上げる言葉を投げると、ふんと鼻で笑ってヴィークは頷いた。
開放に気分を良くして、さっさと席を立つと壁際の警護の位置に立って、やっと訪れた安息の仁王立ちを決め込む。
──取り敢えずこれで通常任務に戻れた。あーもう、二度と口聞きたくない~。
その人物を視界に入れないように、明後日の方向に視線を据えた。
バタバタしてる内に大風邪で一週間も寝込みましたよ~。
病み上がりが桜の季節で浦島太郎な気分ですw
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