07
例によってのんびりでゴメンなさい。
お付き合いくださればと…。
ドアノブヘ手を掛けた所で外からノックの音が響いた。
「ジル。居るのだろう?少し良いか?」
続いて野太い声が聞こえる。
間違いようのない声だ。
「ボス…。」
思わず呟いてしまって後悔する。
──駄目だ。今扉を開けたらバレる。
部屋は荒らされたように出て行く支度をしたままだ。
それにジルの肩にはその荷が下げられているのだ。
──ど…どうしよう!
慌てて数歩下がると震える声を上げる。
「ボス。済みません今着替え中で…。」
「何!?待て着替えるな!」
野太い声が慌てた声色で言ったかと思うと、金属の歪む音が響いて扉が勢いよく開け放たれた。
「嘘…。」
某然と扉の枠を潜って来る大男を見上げる。
──ボスには扉の鍵なんか意味がない…。
「あー何だ、着替えちゃったのか〜。」
残念そうに呟いてから手に持ったままのドアノブを放り出す。
「ジルちゃんがお姫様みたいだって聞いたから飛んできたんだけどね。間に合わなかったか〜。はは、ドア壊しちゃった。」
そのまま踏み込んでくると大きな掌で頭に触れて顔を覗き込んで来る。
「シュタインに暗器を使ったって?今日は調子が悪かったのか?」
顔は柔和に笑っていたがジルの背筋には冷たい物が流れる。
──もう、全部バレてる…。
「あ…いえ……。」
返事の言葉も思い付かない。
「……良いんだ。シュタインは馬鹿だから、あれ位しないと解らない。ちゃんとお仕置きして置いたから心配するな。」
ガシガシと頭を撫でられる。
為す術もなくただされるがままに突っ立っていると肩に掛けた荷が取られて、慌てて手で追うと逆にその手を掴まれてしまう。
「今夜はもう遅いし、今から扉は直せない。無防備な部屋でジルちゃんを寝かせる訳にはいかないから、こっちへおいで。」
捥ぎ取った荷は逞しい肩に下げ、取った手を引き寄せると軽々と片腕でジルを抱き上げる。
「あっボス、下ろしてください。大丈夫ですから。」
「だ〜め。こう言う時はパパの言う事は聞くんだよ。可愛い娘が凹んでいたら、励ましてあげるのがパパの特権だ。おっ!あれが例のドレスだな?…簪も下さったのか。どれどれ…。」
ジルを腕に抱いたままで部屋の隅にくちゃくちゃになっているドレスと簪を拾い上げるとふやけた笑みを浮かべてご機嫌な足取りで部屋を出た。
そのままジルは棟を別にした要塞内の指揮官の自室、幾つか設えられた客間の一つに連れ去られた。
運ばれた部屋はジルの慣れ親しんだ部屋だ。
「ボス…この部屋はずっとこのまま?」
やっと床に降ろされて気拙く問う。
その部屋はジルがこのキューウェル指揮官に拾われるようにして軍籍に身を置くようになって住み込んだ初めての部屋だ。
あの当時のジルは齢一桁の年端もいかない戦災孤児で、目の前の指揮官は間違いなく父親代わりだった。
けれどこの部屋から兵士宿舎へ移ってから一年近くが過ぎていた。
「あ〜、何もむさ苦しい兵士宿舎になんか移らなくても良いのに。此処は何時でもジルちゃんの部屋のつもりよ?掃除の時以外は触らせてないから…。って言うか、鍵なんか直さずに此処に戻っておいで。」
肩から荷を下ろして寝台の側に置くと手に持った丸まった衣装を伸ばして目の前に広げると満面の笑みを浮かべる。
この男の体格にして見たらドレスが何と小さく見える事か。
「中々…いや素晴らしく良いじゃないか。この簪も趣味が良い。ヴィーク様も粋な事をなさる。」
その名にはっと顔を上げる。
ジルの方に翳してから寝台の上に皺にならないように置いて簪を添える。
それから満面の笑みを浮かべて微笑み掛けられて思わず身構えてしまう。
──やだな。この顔のボスは大抵…。
「ジルちゃんや、パパはこれを着ている所が見たいんだが、細やかな願いを聞いてはくれないかなぁ〜?」
案の定の言葉だった。
ジルは即答する。
「嫌です。」
「何で。」
「嫌な物は嫌です。」
「そう言わず。部下達は見る事ができたのに総指揮官であるこの私が見られないとは不公平じゃないか。寧ろ他の誰にも見せなくて良いからパパにだけ見せてくれれば良いのだ。」
取り付く島もない即答に憤懣を表情に表して、尚もブツブツと不平を呟く。
──ああ、敵わないな…。
心を決めてきゅっと手を握る。
そして思い切って声を上げる。
「あ、あの。このドレスじゃなければ…。その…着ても…。」
「本当か!」
ガバと両肩を掴まれて念を押される。
声をあげられずに頷くと渋い男の笑顔が蕩ける。
「そうか、それなら早速明日にでも仕立て屋を呼ぶから、良い物を誂えて着て見せてくれよ?それから、そのボスと言う呼び方は何とかならないのか?父上とかお父様とか…硬いか…ダディとかパパとか…何れも良いなぁ〜」
すっかり呼ばれた気になっているのか幸せそうに髭を擦る。
「できません。私はまだ帝国に籍がない亡命者です。キューウェル指揮官であるボスをそんな呼称で呼べる筈がないです。」
うっとりと天井を見上げていた視線が戻ってくるとその顔に苦笑が浮かぶ。
「そんな事は気にするな。心の問題だ。私は何時でもジルちゃんの父親のつもりだよ。もうずっと昔からね。そして娘の父親とは娘を守る特権を与えられているのだよ。障害が大きければ大きい程喜びを感じるものなのだ。私が娘を守ったとね。だから、私を頼れ。何からも逃げる事はない。此処に居てパパに守らせろ。」
堪えきれなかった。
──ああ、やっぱり。全部解ってるんだもん。
瞳から涙が溢れた。
「ごめんなさい。…パパ」
久方ぶりのその呼び名に、満面の笑顔の大男がやんわりとジルを抱き寄せる。
柔らかな抱擁に包まれて体を支配していた緊張が解けていった。
──本当にごめんなさい。でも、だから…。
パパ登場でした~。
ここまでだとオネエっぽいですよねw




