第一章(7)
Light side of 菅原陸
放課後、陸は校内を特に行くあてもなく歩いていた。バスケ部の活動は顧問の突然の出張によってなくなっている。
ほとんどの部員が喜び勇んで帰ってしまったが、陸は友達からの誘いを断り、早く家に帰って寝たいという欲求を抑えて居残ることを選んだ。紗也羅を探して、真相を知りたかったからだ。
廊下に溢れる吹奏楽部の演奏や談笑が陸の耳を刺激したが、その中に紗也羅の声が交じって聞こえることはなかった。
何度も何度も校内を徘徊した所為で、教室で活動していた生徒から怪訝な視線を投げられてしまった。
「……多分、まだ学校に居るはずなんだけどなぁ」
根拠のない自信に駆られて、陸は靴音を響かせながら歩いていく。1階から4階までの教室は完全制覇し、図書室や保健室、果ては職員室まで無遠慮に覗いた。もうどんな目で見られるのも途中から気にならなくなってしまった。
気がつくと壁に映る陸の影がかなり長くなっていた。窓を見ると日が傾き、辺りは少しずつ薄暗くなり始めている。
ここまで色んな思いして、結局見つからないなんてあんまりだと思ったが、不意に陸の脳裏に昨日の光景が過ぎった。
帰りが遅くなった為に巻き込まれた、恐ろしい事件の一部始終。今でも思い出すと手が微かに震えた。
――もう、あんな目に遭うのは嫌だけど……。
暫くの間、陸の中で紗也羅探しを続行するかどうかの葛藤が繰り広げられた。続けるべきだと主張する賛成派と、今日は諦めるべきだと宣う反対派に分かれて激論を交わしていたが、結果は火を見るよりも明らかだった。
結局『また今度探せばいいじゃないか、別に今危険な思いをすることなんてない』という意見が投じられたのをきっかけに、陸は紗也羅探しを断念することにした。ふぅっと溜め息を吐き、自分の教室である2年3組へと向かう。
――大体、あいつがオレのこと避けてるんだから、オレが頑張って探してもほぼ無意味じゃないのか?
そんな言い訳をしながらドアを開ける。誰もいないはずの教室に、黒いスーツをきた少女が座り込んでいるのを見たのはその時だった。
「……えっ、樋野?」
呼び掛けてみたが紗也羅は完全に自分の世界に入って、じっと携帯の画面を見つめていた。時折、画面をスクロールさせる為に指が動く。その目は昨日と同じく底知れぬ悲しみを湛えているようだった。
――此処なら何度も見て回ったはずなんだけどな。入れ違いになったのか? だとしたら樋野は今まで何処に居たんだ?
疑問が陸の中で渦巻いたが、時間差で陸の存在に気づいた紗也羅の視線によってそれらは瞬時に抹殺された。紗也羅はスーツのポケットに携帯をしまうと徐に立ち上がった。
「樋野」改めてそう呼び掛けてみる。
「……何?」
暫く間を置いてから紗也羅はそう訊ねてきた。さっき見たものとは違う、目に宿る鋭い光に陸は思わずたじろいだ。
「何?」と言われると、何を問いたいのか分からなかった。そのまま陸がいつまでも口を開かないのに痺れを切らしたのか、紗也羅は陸の脇をすり抜けて教室を出て行こうとした。
「待てよ!」
思わず強い口調で呼び止めた。紗也羅の肩がビクッと震え、あと数歩で廊下というところで足を止めた。
「どうして樋野が此処に居るんだよ? 今何をしてるんだよ? ……昨日のことも、お前のことも、何も知らないのはオレだけじゃないか」
紗也羅は黙ったまま陸の方を振り向きもしない。我ながらもっと柔らかい言い方は出来ないものかと思った。これじゃまるで陸が紗也羅の存在を否定しているみたいだ。
「答えろよ。オレだって昨日変な化け物に殺されかけたんだぜ? 知る権利くらいあってもいいだろ?」
紗也羅は躊躇いがちに陸の方を振り向いた。まだ心に迷いがあるのか、下唇を噛んで何かに耐えているような表情をしている。
――紗也羅はさ、君が真実を知って拒絶されてしまうのが恐いんだよ。
優が言っていたことが思い出された。
「あっ、その……いきなり一方的にまくし立ててごめん。別に、樋野が今此処にいることを否定したいわけじゃないんだ。逆に生きてるっていうなら嬉しかったりもするし」
しどろもどろになりながら何とか言葉を紡いでいく。紗也羅は意外そうな顔で陸をじっと見ていた。
「だから教えてほしいんだよ、樋野に何が起こったのかをさ。オレも出来るだけ受け入れる努力とか、するからさ」
「……分かったよ」
覚悟を決めたように紗也羅は言い、一度深く息を吸い込んだ。
「確かに、あたしはあの日死んだ。それは菅原だって分かってるだろ?」
あまりにもはっきりした口調だった為、陸は頷いてしまった。
「……でも、死んだのは身体だけ。あたしはまだ生きてる。最も、この状態で生きてるっていうのかはよく分からないけど」
紗也羅の口から語られたのも、今朝優が言ったこととさほど変わらなかった。
「どういう意味なんだよ、そ――」
陸の言葉を、紗也羅は手で制して遮った。
「聞いてれば分かるよ、多分」




