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第一章(2)

「あ~あ。また先越されちゃったなぁ」

飄々とした別の人間の声が、張りつめた雰囲気を見事に打ち破った。紗也羅があからさまに嫌そうな顔をした。


空き地の入り口に紗也羅より少し大人びた雰囲気の少年と、彼と同じくらいの年齢の少女が立っていた。どちらも紗也羅と同じ喪服のような黒いスーツと、手には傘を携えている。少年はシンプルな青、少女はピンクでフリルのついた可愛らしいものだった。


「姫は本当に仕事が早いね。オレらが感知して駆けつける頃にはもう狩られた後だし。もう少し分けてくれたっていいと思うんだよね」

少年が口を尖らせて不満を口にすると、紗也羅は腕を組んで仁王立ちになりフンと鼻で嘲笑った。


「お前らとはデキが違うんだよ。バーカ」

「うわぁ、そんなこと言うんだ。姫かわいくないの」

少年は気を悪くする風もなく無邪気に笑いながら、紗也羅の頬を軽くつついた。眉間に皺を寄せてはいるが紗也羅に拒絶しようとする気配はない。


「あれ、姫怪我してる。大丈夫なの?」

少年が肩を指さす。さっき見た限りでも、白かったシャツがどく黒くなるほど変色はかなりの範囲に及んでいた。


「……ちょっと油断しただけだよ」

紗也羅は肩にそっと手を当てた。顔には出さないが、やはり痛みがあるようだ。

「まぁ、よくあることだよね」


 少年は屈託なく笑うと、さらりと言ってみせた。彼らにとってあの程度の怪我は『よくあること』なのだろうか。一体彼らは何者なのだろうか、陸の頭には当然の疑問が浮上した。

「……ところで、向こうにいるあの人は誰?」


それまで黙っていた少女が陸を指差す。長い黒髪がさらりと靡く驚くほどの美少女だが、右目は医薬用の眼帯で覆われ、表情の変化は乏しい。

陸の肩がビクッと震えた。


「あぁ、中学のクラスメイトなんだ。『残留思念』に殺されかけたところを偶然助ける結果になったんだけど、それが……」

紗也羅はこちらを一瞥した。その先を言うべきか迷っているらしい。


「それが?」

少年と少女の声が重なる。少年はすぐにばつの悪そうな表情を浮かべて頭を掻き、少女はプイと視線を逸らしてしまった。


「……あいつ、どうやらあたし達のこと、視えてるらしいんだ」

深呼吸した後、紗也羅は重々しく切り出した。

「嘘だろ?」

「嘘でしょ?」

またしても声が重なったが、今度は気にすることなく二人は驚愕の表情を浮かべて陸を凝視した。視線が痛い。


「……ってことは、あいつ『残留思念』?」

「違う。それくらいお前だって分かるだろ?」

「うーん。だとしたらあいつは何でオレらのこと視えるんだ? 一般人には不可能なはずだぜ? あー、オレもう分かんない!」


少年は完全に考えることを放棄してしまったらしい。紗也羅が痛いくらいの非難の眼差しを少年に向ける。

「諦め早すぎるだろ! だからバカって罵られちまうんだよ!」

「言っとくけど、七星のおっさんほどバカではないってプライドはちゃんと持ち合わせてるからな!」

「どうだかな」


途中からただの悪口の応酬の様相を呈してきた。少女は我関せずとばかりに少し遠くを見つめており、陸だけがぽつんと取り残されている羽目になった。

紗也羅と陸を交互に眺めていた少年が不意にニヤリと意地悪い笑みを浮かべた。


「で、あいつと姫はどういう間柄なんだっけ?」

質問の意図を察したのか、紗也羅は少年を思い切り睨みつけながら「中学のクラスメイト」とだけ短く答えた。


「へぇー。それにしては顔が赤いよ、姫」

指摘されるのを待っていたかのように紗也羅の頬が紅をさしたようにほんのりと赤く染まった。

「う……うるさい! 関係ないだろ今はそんなこと!」

「あれぇ、照れ隠しですかぁ? 姫にも可愛いところあるんだね」

言い終わるかどうかのうちに少年の顔面めがけて紗也羅の左ストレートがとんでくる。少年はそれを慣れた動作でひらりと避けた。


「姫オーボー!暴力で解決しようなんてナンセンスだよ!」

「元はと言えばお前が無駄にあたしの神経逆撫でるからいけねぇんだ! ていうか今は営業時間内だ。お前らもさっさと仕事しやがれ!」


紗也羅は左の拳を収めると少年に背を向けた。

「紗也羅くんの言う通りですよ。優くん、璃佳くん、ちゃんと仕事してください」

少年の背後からいきなり男の声がした。少年は反射的に後ろに飛び退くと、傘に手をかけた。しかし男の顔を見るとほっと溜め息を吐いた。


「なぁんだ、八神さんじゃないですか。脅かさないで下さいよ」

八神と呼ばれたその男は他の三人と同じような服装で手には蝙蝠傘を携え、何よりも白い頭髪と紅い目が印象的だった。「胡散臭い」を絵に描いたような人物だと陸は思った。


「まだ夜が更けてもいないのに、貴方達はなに優雅に屯ってるんですか? 私の社内での信用にも関わるんですから、ちゃんと仕事して下さいよ」

八神は大げさに肩をすくめる。少年――優は陸を指さして反論に出た。


「仕方なかったんですよ! あいつがオレ達のこと視認できるとかできないとかで、ちょっとした議論になったんです」

「『あれぇ、照れ隠しですかぁ?』とか『姫オーボー!』と言った言葉は議論で交わされるものなんでしょうかねぇ……」

八神は皮肉たっぷりにそう言いながらも、真剣な眼差しで陸を眺めまわしている。紅い目に見つめられ、生きた心地がしなかった。他人の隠し事から何から何まで洗いざらい明らかにしてしまいそうな、そんな目だった。


暫くしてから八神はふぅと息を吐き出し、やれやれと首を振った。

「確かに、彼は私達を視認しています。しかしそれはあくまで一時的なことでしょう。過敏になる必要はありません。それよりさっさと仕事に戻ってください」

「そうですか……」


未だにそっぽを向いている紗也羅にかわって優が応じたが、その口調からはどこか寂しさが感じられた。

「……視認されないというのは、そんなに辛いものですか?」

不意に八神が問いかける。優は突然のことに驚いたのか黙り込んでしまった。


「まぁ、それが嫌ならきびきび働いてさっさと生き返ってもらうしかありませんからね。少なからずタイムリミットだって迫ってきているわけですから。早くしないと自分達の首を絞めることにもなるんですよ?」

『生き返る』という単語に陸は強く反応した。


優の目が強い光を帯びた。先程までの紗也羅と子供の喧嘩を繰り広げていた態度とは明らかに違う、冷たい殺気が周りを包んでいた。

「……ですよねぇ。頑張ります」

優は相好を崩してあくまで軽い調子で言った。言葉に隠された決意を感じ取ったのか、八神は満足げに微笑んだ。


「まぁ、私から見てもお三方は今までの派遣社員の中でもトップクラスなので、あまり心配はしていませんがね」

では私はこれで、と言って八神は立ち去ろうとしたが、ふと足を止めて振り返った。

「あぁ、言い忘れてました。最近『残留思念』の動きが活発化してきていますから、十分注意してくださいね。まぁ、これをチャンスと捉えるかどうかは別問題ですが」


それだけ言い残すと、八神は革靴が地面を蹴る音を響かせながら去って行った。

「さてと、オレも仕事しないと。新参者に負けてるようじゃ先輩としての威厳ないからね!」

優が大きく伸びをしながら言った。

「お前に威厳なんて最初から皆無だろ」

紗也羅の毒舌を優は笑って受け流す。まるでずっと昔から一緒にいるかのような自然なやりとりだった。


「……わたし、そろそろ行くね」

確か、璃佳と呼ばれていた少女はくるりと踵を返した。優が急いでそれを呼び止める。

「ちょっと待てよ。抜け駆けなんて卑怯な手、許さないぞ!」

璃佳が振り向く。その目には優と同じ強い光が宿り、確固たる決意が顔に表れていた。先程までの表情の乏しい感じとは全く違った。


「……関係ないでしょ。わたし達はあくまで同業者であって、友達なんて生温いものじゃないんだから。優だって遠慮してたらいつまでもこのまま……ううん、もっと酷い状態に逆戻りなんだよ」

反論の余地が無いらしく、優は俯いて黙ってしまった。

その様子を見た璃佳は容赦なく背を向けて、溶けるように闇の中に消えていく。綺麗な黒髪が見えなくなった瞬間、優はぶはっと息を吐いた。


「フラれちまったな。ざまぁみろ」

がくりと肩を落としている優の脇腹を紗也羅はニヤニヤ笑いながら小突いた。

「ふん! ちょっと可愛い顔してるからってさ、どんな発言も許されると思ってるだろ璃佳の奴! 気に食わない。オレ、あいつ嫌いだ!」


優は腹立ち紛れに傘の先端を地面に叩きつけていたが、土が抉れる様子はなかった。その横で紗也羅は相変わらずニヤニヤしている。

「……オレも行くよ。まだ他にも『残留思念』は潜んでるはずだから」

急に優は真剣な顔になると、傘を持ち直して空き地の外に踏み出した。紗也羅も笑いを引っ込める。


「おう。せいぜいぽっと出の後輩達に負けないように頑張れよ」

紗也羅がそう呼びかけた。優がこくりと頷いたように陸には見えた。

空き地には陸と、取り残されるような形でこの場に留まっている紗也羅だけとなった。

紗也羅は陸に視線を向けて、それからこちらに近づいてきた。自然と心臓が早鐘を打つ。


「……立てるか?」

紗也羅は陸のすぐ近くまで来ると、穏やかな声で訊いてきた。

「え? あぁ、多分」

足は震えていたが、力を入れると何とか立ち上がることが出来た。同じ高さで見る紗也羅の目は深い悲しみを湛えているように見えた。


「安全なところまで送っていくよ」

紗也羅の家と陸の家は同じ住宅街のエリアにあったはずだ。帰り道を知っていて当然とも言えるだろう。

言葉とは裏腹に、紗也羅は陸を置いて歩き出した。付いてこいと言われた気がして、陸は紗也羅の背中を追う。


薄闇広がる死角の中を死んだはずのクラスメイトと歩く。何だか奇妙だ。幾度となく陸は紗也羅の方を見やったが、その横顔は口を真一文字に引き結んだまま、何も語ろうとしない。

自分から話を切り出すべきかとも考えたが、言葉が喉のところでつっかえて上手く出てこない。

思えば、何も知らないのは陸だけだった。


紗也羅がここにいる理由も、優や璃佳の正体も。そして自分を殺そうとした異様な男のことも。全部自分だけが置き去りにされて話が進んで行っている。ぐるぐると考えていたって想像の域をいつまでも抜けないのは分かっていた。


このままでは家に着いてしまうと思われた時、紗也羅が浅く息を吸う音が聞こえた。

「……ごめん。菅原には嫌なものを見せてしまったね」

陸の中で男に殺されかけた時から溜めこんでいたものが一気に溢れた。


「別に樋野が謝ることじゃないよ。それよりも、お前は何でここにいるんだ? さっきの人経

達は誰なんだ? 『残留思念』って何だ? 八神って男の人は『生き返る』って言ってたけど、

一体どうしたら――」

「大丈夫。明日にはきっと全部忘れてる」

紗也羅は安心させるつもりで言ったのだろうが、陸には逆効果だった。紗也羅に詰め寄って一気にまくし立てる。


「忘れるってどういうことだよ! 死にかけたことも、樋野に会ったことも、みんなみんな忘れちまうっていうのか?」

紗也羅は下唇を噛んだまま俯き、何も答えようとはしない。

「答えたらどうなんだよ」

「ここまで来たら大丈夫だよな。気を付けて帰れよ」


道路を挟んで向かい側に似たり寄ったりな一軒家が立ち並んでいるエリアが見えた。ここからなら陸の家は目と鼻の先だ。

「……さよなら」


紗也羅が小さな声で呟く。陸が振り返った時には、もう背を向けて死角の中へと歩き出していた。

「待てよ! 樋野!」

紗也羅のスーツの袖を掴もうとしたが、感覚もないまま陸の手はすり抜けてしまった。掠ったわけでも、掴み損ねたわけでもないのに。


「え?」

自分の手を握ったり開いたりしている内に、気づいたら紗也羅は居なくなってしまった。もう追いかけることは出来そうにない。再び死角に入ったら、何に出くわすことか。

車の往来する音が陸の意識を引き戻す。一気に重石を身体に乗せられたような気怠さに襲われた。


――とりあえず、帰らなきゃ。

意識はそう決断を下した。言うことを聞かなくなった足を引きずるようにして歩いた。道路を横切ればあっという間に家に着く。

玄関を開けると、台所から飛び出してきた母親が、帰りが遅かったことに何やら文句を言っていたが、ほとんど耳に入ってはこなかった。そのまま逃げるように2階の自分の部屋に続く階段を上る。


「ちょっと陸! 聞いてるの?」

母親の声がドアを閉める瞬間に滑り込んできた。

自分の部屋に入り、ベッドに横になる。天井の木目をじっと見つめながら今日のことを必死に記憶しておこうとする。怖かったことも気味悪かったことも全部ひっくるめて。


全部忘れてしまう。その言葉に抗うために。

しかし集中力は1分と続かなかった。脱力するとベッドに身体が完全に沈み込んでしまいそうだった。

ふと思い立って、制服のポケットに入れっぱなしにしていた携帯電話を取り出した。

アドレス帳を表示する。「ハ行」と書かれた欄の中に、樋野紗也羅の名前があった。確か何回か提出物についての質問でメールのやりとりをしたことがあった。


――今、何してる?

たったそれだけ、題名も『無題』のメールを、意を決して送信してみた。先ほど紗也羅が使っていた赤いスライドケータイが目に浮かぶ。

もしかしたら返信がくるのではないかという淡い期待を抱いたが、速攻で返ってきたのは、送信先のアドレスが存在しないことを知らせる無機質なメールだった


予想していた通りだったが何故か寂しくなった。自然とクラスメイトとしての樋野紗也羅が思い出された。

紗也羅とは中1から同じクラスだった。クラスの中では目立つ存在だったし、成績優秀、スポーツ万能な文字通りの優等生だった。

しかもそれらを鼻にかけない気さくな性格もあって、友達も多かったしクラスでの信頼も厚かった。当然の流れで学級委員も務めていた――。


「……やべぇ、全部過去形になっちゃうよ」

天井に向かって独り言を吐き出した。

その優等生としての樋野紗也羅が本当の姿ではないと陸は思っていた。ずっと憶測でしかなかったことだが。


しかし今日会った紗也羅は、陸が思っていたものとも大きく異なる、冷酷で無情な人間だった。血まみれの男を見下ろした紅い目を思い出すと今でも身震いする。

――あれは本当に、オレの知る樋野紗也羅だったのだろうか。


思考が泥沼にはまっていく。やはり自分一人であれこれ考えるのは無理がある。必ずどこかで壁にぶち当たる。

「お兄ちゃーん、ご飯の時間だよ。お母さんが呼んでる」

ドアのノック音と共に、妹の栞の声がした。それにより陸は思考の堂々巡りから抜け出すことに成功した。


「あぁ、今行く」

返事をして部屋から出る。栞は「今日の晩御飯、豚生姜だよ」と無邪気にはしゃいでいた。そのまま手を引かれて階段を下りる。


リビングに置かれたテレビから、ニュースキャスターの抑揚のない声が聞こえてきた。

『――通り魔事件の収束の目途は立たず、被害者は……』

「あら、嫌だわ。陸も栞も気をつけなさいよ」


ご飯の入った茶碗を両手で器用に3個持って台所から出てきた母親が心底心配した様子で言ったが、栞は聞く耳を持たない。

「大丈夫だよぉ。最近はユイちゃんとかナツキちゃんと一緒に帰ってるし、下校時刻も早めになってるから」


小学校の友達の名前を列挙すると、栞は早速難しいニュース番組から最近流行っているクイズバラエティ番組にチャンネルを切り替えてしまった。

「でも、陸と同じクラスの子が実際に被害にあってるじゃない。確か――」

「樋野。樋野紗也羅」

母親の言葉を遮った。その名前がひどく神聖なもののように感じられた。


「そうそう。その先輩が殺された時、小学校も何日かは休校になったし……。でも今じゃ元通りだよね。お兄ちゃんだって遅く帰ってくるし」

栞が早くも夕飯の豚生姜を頬張りながら言った。

「そうよぉ。いつもより帰りが遅いから、まさか事件に巻き込まれたかと思って心配したんだから」

母親が責めるような目で陸を見たが、陸は生返事しか返せなかった。


そのまさかだった。もしかしたら自分もあのニュースに被害者として登場していたかもしれないのだ。

そしてもう一つ、元通りになどなってはいない。

確かに学校は元の活気を取り戻しつつあったが、クラスの中では本来紗也羅がいたはずの場所にぽっかりと穴があき、空洞のままのような状態が続いている。


「とりあえず、ご飯にしましょう。せっかくの料理が冷めてしまうわ」

母親が席に着く。それにつられて陸も席に着いた。

「それにしても、母さん豚生姜好きだよな。なんか1週間に1度は必ず夕飯に豚生姜出てる気がするんだけど」

 気分を変える為に敢えて夕飯に文句をつけてみた。案の定母親は笑い半分、不機嫌半分の複雑な表情を浮かべた。


「あら、そうかしら? 嫌なら食べなくていいのよ、陸くん」

不穏な笑みを浮かべた母親は陸の皿を自分の方へ寄せようとした。陸も皿の縁を掴んで必死にそれを阻止する。

「め、滅相もございません。毎度美味しく頂いております」

そんな兄と母のやり取りを見て、妹はご飯を頬張った顔を引き攣らせた。慌ててご飯を噛むのが分かった。


「ちょっとやめてよ! ご飯吹くとこだったじゃん!」

言いながら耐えられず栞はけらけらと笑い出した。母親もつられて心底にっこりと微笑む。その隙に豚生姜の皿を奪取した陸も安堵の笑みを浮かべた。


――あたしにだって、悲しませてしまっている家族が居る。

不意に紗也羅の言葉が脳裏に去来した。こんなふざけた当たり前の家庭が、今の紗也羅には無いのだ。何だか自分のことみたいに悲しくなった。


「あれ、お兄ちゃんどうしたの?」

いきなり鎮痛な面持ちになってしまった兄を心配した栞が顔を覗き込んできた。

「何でもねぇよ」


無理矢理笑顔を作って答えた。窓からは月明かりをかき消すビル群の人工的な明かりが見える。

不意に、暗闇に消えた紗也羅の背中が思い出された。陸をまっすぐに見つめたあの寂しげな目は、ただ単純に安息を求めていたはずだ。


自分の中で樋野紗也羅という少女が急に輪郭を帯びていくのを感じる。

もう一度会いたい。会って紗也羅に何が起こったのか聞きたい。切実にそう思った。


――あいつは今、何をしているのだろうか?



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