表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
日々の隙間に咲くもの  作者: 穂乃歌
記憶の扉がひらくとき
4/10

番外編 後日談

 庭で花見した後の別日、ある休日の午前。川沿いの遊歩道は、思ったよりも人が多かった。まだ桜は満開にはほど遠い。それでも、枝先にふくらんだつぼみを見つけるたび、歩く足取りが弾む。


「やっぱり、来てたんだね」

 後ろから話しかけてきた彼が、そう言って私に近づいてきて笑う。空は青く、時折吹き抜ける風が少し冷たい。けれど、頬を撫でる空気には、どこかやわらかな匂いが混じっていた。


「ね、来てよかったかも。もうすぐ桜が咲きそうだしね」

 私が指差した枝先を、隣に歩いていた彼も立ち止まって見上げる。小さな芽が陽を受けて透き通り、風に揺れている。

 ほんのわずかな変化なのに、それだけで心がほどける気がした。


 ベンチに腰かけると、子ども連れやジョギングの人たちが次々と通り過ぎていく。川面に光がきらめいて、まるで春を先取りしたようだった。


「最近、仕事始めたんだろ?忙しかった?」

 彼が缶コーヒーを差し出してくる。それを受け取った時、彼と指が重なった気がして…ドキッとした。缶の温かさが、指先から胸の奥までしみ込むようだった。

「うん、ちょっとね。でもこうして気分転換で散歩に出ると、疲れが飛んでいくから」

「わかるなあ。俺も同じ」

 そんなやりとりが、妙に心地よい。特別なことは何もないのに、並んでいるだけで満たされていく。


 ふと彼が、川の向こうを見ながらぽつりと言った。

「なんか、君の家にいる時に思う時があって……昔から、こうしてここにいた気がする」


 その声は不意打ちのように胸に響いた。

 彼が続ける。

「きっと、信じられる場所だったんだな。別な意味で春が来そう(恋人出来そう)な感じだ」

「お前にまだ脈があるか分からないが…」ボソッ


「…?」


 最後…何か言っていた気がしたが、私は黙って頷いた。

 その横顔が少し照れくさそうに笑うのを見て、言葉を探す必要はないと感じた。心の中で繰り返すだけで十分だった。──私も同じ気持ちだよ、と。


 しばらく二人で黙って景色を眺める。川の流れも、木々の揺れも、すべてがゆるやかに未来へ続いていくように見えた。こうして隣にいられるだけで安心する。


 缶を飲み干し、軽く伸びをした彼が立ち上がる。

「桜が咲いたら、また来よう」

 その言葉に、胸の奥がふわりと温かくなる。

「うん、一緒にね」


 私は立ち上がり、彼と並んで歩き出した。

 つぼみの並木道を抜ける足取りは、これから訪れる季節を迎えに行くようで、胸が少し高鳴った。


 ──ちゃんと()は来る。

 それを信じられる場所で、彼と共に歩けることが、今はただ嬉しい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ