『万のプレスマン』
十兵衛という狩猟の名人があった。熊を上手出し投げで倒したり、大蛇を蝶結びで結び殺したりする剛の者であった。後ろから襲いかかってきた大入道のような大猿を、振り返って姿を見ることもなく物も言わずに倒した話は誰にも言わなかったので、誰も知らない。
十兵衛の妻は、何度か子を産んだが、熊のような子だったり、猿のような子だったりして、生まれてすぐに死んでしまった。
何度目かに生まれた子は、それはもうかわいい女の子で、万と名づけて大層かわいがった。美しく成長した万には、縁談も山のようにやってきていたが、十兵衛は全部断っていた。
あるとき、どうしても断りにくい筋からの縁談があって、さすがに十兵衛は万に相談したが、万は、悲しそうな顔をして、考えさせてほしい、その間、部屋をのぞかないでほしい、と言うので、十兵衛は、そのとおりにしたが、やがて、部屋をのぞいてしまった。
部屋の中で万は、大蛇となってとぐろを巻いていた。万は、自分が十兵衛に殺された大蛇の生まれ変わりであること、十兵衛の妻の腹を借りて娘として生まれ、いつか恨みを晴らそうと思っていたが、あんまりかわいがってくれるので、そのような悪心もなくなって、どうしたものか、いろいろな考えが頭の中をぐるぐる回って、気がついたら、とぐろを巻いていたのだ、とうまいことを言った。
万は、素性を知られたからには、もう一緒には暮らせない、と言って、便利そうな筆記用具をくれ、どこかに姿を隠してしまった。十兵衛にはその使い方がわからなかったが、都から来たという偉い学者が、これは速記を書く道具だと教えてくれ、プレス何とかという名前だと、中途半端に教えてくれたので、万がくれたのだから、ということで、プレスマンと呼ぶようになったという。
教訓:プレス何とか、ねぇ。




