第八話
異端者って何言ってるの。他の国の経典を持ってただけでしょ。それで処刑ってどう考えてもやりすぎじゃん。ていうかそもそも私にそんなものを持ってた記憶はないし。絶対に何かの間違いだわ。自分の記憶にないものが部屋に置いてあるなんておかしいもの。じゃあ、なに? 私はやってもない罪を理由に殺されるわけ? 冤罪じゃない、こんなの。冤罪で殺されるって何? 転生させておいてすぐ処刑って何? なんのために転生させたわけ? はぁ、やっぱりゲームの世界だったんだ。別世界でもパラレルワールドでも何でもないじゃん……ゲームの世界、ゲームの世界、ゲームの世界。だけどやっぱり殺されるのは痛いよね。だって、床の硬さも冷たさもちゃんとかんじるもん。こんなのあんまりじゃない。だって、私もう一回死んでるのよ。それが次は処刑だなんて……。
処刑宣告によって、頭の中で気持ちや考えがぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。
リリシアの常識からいわせれば、宗教の信仰によって殺されるなんて全く理解できないし、そもそも記憶にないのだから冤罪で間違いない。だからまったくもって納得できるものではなく、そんな不条理、理不尽に対する怒りがぐるぐると廻った。
だがそれでも、やはりひときわ処刑される未来に対する絶望が大きな割合を占めた。
たとえこれがゲームの世界だとしても、今のリリシアはこの世界の住人であり、当然、はっきりとした感覚がある。床から膝へと伝わる冷たいその感覚が死への恐怖心をより一層、深めていた。
こんなのひどいじゃん……。
訪れるであろう未来に、自分が置かれている状況にいよいよ父と母のように涙を流しそうになったその時、突然、部屋の空気が一変した。本当にそれはいきなりのことで、国王がイーラー教の経典を取り出した時のようになにか周りの貴族が騒がしくなった。そこには、異国の経典があらわになったときに流れたまたはそれ以上の忌むべきものに対する空気と共に恐怖が伝わってきた。それは床に伏しているリリシアにも背中越しに感じ取れるほどに。
「おい、あれ」
「あのエンブレムはまさか」
「なんであいつがここに」
「見ちゃいけないわ、あいつと目があったら呪われるかもしれない」
一部の貴族から、決して大きくはないがそんなことが聞こえてきた。
たまらずリリシアも気になり、後ろを振り返る。
すると、貴族が揃って顔を伏せながら部屋の両端に寄っており、それによって中央には道ができていた。それを見たリリシアはモーゼの海割りを思い浮かべた。
ただ部屋は完全に中央が開けているわけではなく、そこを黒いマントを羽織った男が後ろに四人の男を引き連れるように先頭を歩きこちらへ向かってきていた。ただ静かに。
そしていよいよそのままその男は、リリシアや父、母を通り過ぎた。
異様な空気の原因は部屋に現れた男たちの存在であることは明らかだった。
父と母の様子を見ると、先ほどまで流していた涙が止まり、その代わりかなり震えていた。
誰だろう?
今の態勢ではあまりよく顔が見えなかったので、リリシアは記憶を辿ろうにも辿れない。
「国王陛下、アルベルト・アルバイン、今、はせ参じました」
落ち着いたよく響く声だった。多分、先頭の男の声だろうと思った。
リリシアは、男たちの後姿を見つめた。
男は、自らをアルベルト・アルバインと名乗った。
その名をリリシアは知っていた。いや、貴族の中で、国民の中でその名を知らないものは、よっぽどの田舎者か、浮浪者だろう。
処刑人……。
前世ではあまりなじみのない言葉だったが、リリシアの頭には、自然と処刑人の文字が浮かぶ。記憶によると、有名な処刑人らしい。元のリリシアも名前は知っているようだが、実際に見たことはなく顔は知らないようだった。名前を聞いても記憶の中に顔は出てこない。
あの人が処刑人だということは、処刑人がここに来たっていうことは、もしかしてあの人に私は処刑されるっていうこと……。
そんなことを思うと、急に男のことが怖くなる。
「よくぞ来てくださった。アルベルト殿」
国王をみると、国王すら他の貴族と同じように顔を背け目をそらしているようにリリシアには見えた。
国王の言葉にも先ほどまでの威勢はない。それどころか、顔色をうかがうような声色だった。
「そこで床に伏しているものが、リリシア・ミッシュバルクです」
「そうですか。わかりました、では」
国王と男のやり取りはたったそれだけで、黒いマントを羽織った男たちがこちらを振り向いた。それによりまた後ろの貴族たちが騒がしくなり、そして先頭のアルベルト・アルバインだろう男の顔もうかがうことができた。
は? ちょっと待ってめっちゃイケメンじゃん。