第六話
「陛下!」
突如現れたその人物に、隣で膝をついて王子に縋っていた父がいち早く立ち上がった。
国王陛下!
玉座に座る男は、この国ヴァインシュノワールの国王であり、グランゼーノ王子の父。
リリシアも国王の存在に同じく姿勢を正した。
「ミュラー公爵、何を騒いでおる。この国の宰相とあろう男が玉座の前で騒ぐとは何事だ! 恥を知れ!」
突如として現れた国王の表情には険しいものがあり、父に向かって怒鳴るようにそう言った。
「しかし、陛下!」
「黙れ! もう我が息子から話は聞いたのだろう。ならばそれを受けいれるのが我が臣下だろう」
「しかし、陛下。こんなことがまかり通っていいはずがありません」
父は、国王の言葉に食い下がることなく訴えた。
「我を前にしてもまだ言い訳を続けるか! 貴様は己の娘の愚行を知ってもなお我が息子との婚約破棄に異論があるというのか! 貴様は己の娘の愚行を知ってもなおリリシアが我が息子の婚約者としてふさわしいとでもいうまいな!」
「陛下! 私は異論があるわけではありません。国王のおっしゃる娘の愚行というのが私にはまだ信じられないだけです。グランゼーノ閣下によって示された証拠は到底信用に値するものではありません。もしこのようなものが証拠としてまかり通るのであればいずれ秩序は崩壊し、もしそのようなことになればその先に待つのは国家の滅亡でしょう! ですから、もう一度調べなおしてくださいと言っているのです」
「貴様、証拠が信用できないとは宰相の分際で我が息子を愚弄するのか。それだけではなく国王の前で国家が滅びるとはどういうことだ! 貴様のような人間の下で育てるからリリシアのような馬鹿で卑しい人間に育つのではないか」
「私は、グランゼーノ閣下も国家も愚弄しているわけではありません。ただ心配しているのです。この国のことを案じているのです。それに、確かな証拠もなく私の娘を侮辱するのはたとえ陛下であっても無視できるものではありません」
国王の迫力はすさまじいものがあったが、父はそれにひるむことなく、むしろ自分のために怒っていることが隣にいて感じ取れた。
「ふん。まぁ、よい」
父の鬼気迫る訴えに国王が折れたのだろうか。国王は話のトーンを急に落とした。
「おい」
そのまま国王は、玉座袖に立っている男にそう呼びかけた。
男は赤い布に包まれた何かを国王に渡し、また、同じ袖の方に戻った。
何? どうしたの? 何を渡したの?
父と言い争っている最中に急にどうしたのだろうかと思った。
隣を見ると父も母もリリシアと同じく不思議そうにしており、国王の持っているものを見つめている。
「本題はこっちだ。ミュラー・ミッシュバルク公爵の令嬢であるリリシア・ミッシュバルクの悪事はこれだけではない!」
三人が赤い布に包まれたものを注視するなか、先ほどまで、父と言葉の応酬を繰り返していた国王は、今度はこの場にいる全員に呼びかけるよう赤い布剥ぎ取った。
私の悪事って? 国王が持っているあれは……本? だとしたらなぜ?
国王の手の元で、あらわになったのは何らかの本のようなものだった。
だがここからはよく見えず、確かなことがわからない。もし本だとしても、この状況でそれを持ち出した意図もわからない。
あらわになったものを見てもリリシアの謎はあけなかったが、
「これを、よく見ろ!」
国王がこの場にいる全員に見せつけるように立ち上がりそれを高らかに掲げたことにより、正体がわかった。
それはこの場には決してあってはいけないもの。この国には決してはあってはいけないもの。




