第四話
はぁ~、疲れた。さすが大貴族の屋敷だわ。建物の絢爛さはさることながら、どれだけ広いわけ?
朝食を食べ終わったあと、ちょっと屋敷を探索してみよう思いたったはいいものも、あまりの広さに庭を歩き回っている途中で疲れたので引き上げてきたリリシアは、窓際の椅子に座り、外を眺めていた。
庭では、数人の庭師が手入れをしているようだった。そのほかにも使用人たちの姿が見えたが、みんな忙しない。
そりゃ、こんだけの豪邸だもの。手入れも大変よね。どれだけ使用人を雇っても足りないわ。
そんなことを思いながら、窓の外を眺めていると突然ノック音がした。
びっくりしたー。誰かしら。
一瞬、ドキッとしたがドアの方に向けて
「入っていいわよ」
と声をかけると、
「失礼します」
と扉の向こうから聞こえ、直後に扉が開き、ビルマとミッシェル、そのほか二人の女性使用人が入ってきた。
「お嬢様、夜会の時間も近づきましたのでご支度の準備に参りました。こちらが今晩のドレスになります」
ビルマの後ろに、ミッシェルと共にドレスを持った使用人が二人そろって前に出てきて、リリシアによく見えるようにドレスを持った。
「綺麗……」
ミッシェルたちが持ってきたドレスは、赤を基調としており、金色の装飾やドレスと同じく赤色の薔薇の形をした装飾が全体に散りばめられている。
さまざまな装飾がされた赤いそのドレスは、今まで見てきたどんな服より当然、豪華だった。その見た目に思わず「綺麗」とリリシアはつぶやき、視線はドレスにくぎ付けとなっていた。ドレスといえど、服を見て綺麗だと思ったのは初めてだ。リリシアは、前世でも服には無頓着な方だったが、それでもドレスに心を持っていかれた。
これを、私が……。ちょっと役不足じゃないかしら。
あまりにも素敵なドレスに、自分なんかがと少し怖気づいたが、あれよあれよとあっという間に使用人たちの手によって、真っ赤なドレスを纏うことになった。
ドレスへ着替え終えると、「お嬢様、お似合いです」とビルマたちが口をそろえて褒めてきた。ミッシェルなんて、自分の胸のあたりで両手を合わせて、完全に女の子の顔になっている。
ちょっとみんな大げさじゃない。確かに、このドレスは素敵だけども……。
「さあさあ、お嬢様もこちらへ」
少しばかりはしゃぎすぎじゃないかと、使用人たちを冷ややかな目で見ていると、ビルマに誘導されるように背中を押され、鏡台の前に立った。
「はうっ!」
赤いドレスを着たリリシアの姿。
あまりの美しさに変な声を上げて、上体を思いっきりのけぞってしまった。
「ど、どうされました! お嬢様!」
そのせいでビルマが驚いたように声を張り上げたので、
「いえ、何でもないわ」
すん、と落ち着きを見せた。
「しかし……」
「何でもないわ」
「でも……」
「何でもないわ」
「……」
さすがに無理があるとリリシアも思ったが、このまま押し通すしかないと頑なにそう答えた。そんな姿勢にビルマが先に諦めて、言及をやめてくれた。
はぁ~、危ない危ない。思わず変な声を出してしまったわ。でも……これはしょうがないわよね。
何とかごまかせたと、リリシアは今一度じっくりと鏡に映る姿を見た。
当然、何度見たって鏡に映るのはドレスを着たリリシア。
そうだそうだ、今の私はリリシア様。ドレスが似合うかどうかなんて杞憂だったわ。どんな豪華なドレスにも負けるわけないじゃない。だって、リリシア様だもん。実際、めちゃくちゃ似合ってるし。完全に着こなしてるわ。すごい! すごい! すごい!
リリシアは、真っ赤なドレスを完全にモノにしていた。ドレスに着られるなんてことはなく、ドレスは一層、リリシアを美しく見せた。
圧倒的な姿に、リリシアも心の中ではしゃぎにはしゃぐ。
ミッシェルのあの反応もわかるわ。もし前世の私の前に今のリリシア様が現れたら、絶対、鼻血をだして、卒倒しているもの!
「お嬢様、こちらに」
興奮は全く冷めることがなかったが、ビルマに言われ、鏡台前に置かれた椅子に座る。
そのまま髪を結ってもらうなどして、準備が整った。
黙ってその様子を鏡を通してみていたが、みるみるうちに夜会仕様のリリシアへと変貌していく姿に、一層、高揚した。
「それではもうじき馬車の準備が整いますので、もう少しここでお待ちください」
支度を終えるとビルマたちは部屋から出て行った。
出て行ったあとも、リリシアは、鏡台の前から離れず、その姿にずっと見惚れていた。どれだけ見ても今の自分の姿に飽きなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
モンベルトに連れられ、馬車のある所まで向かうと、馬車の近くに一人の男性とドレスを着た一人の女性が立っていた。
「お父様! お母様!」
元々のリリシアの部分も随分と今の自分に刷り込まれているようで、その姿を見て自然とリリシアは、二人に駆け寄った。
丸眼鏡をかけ、口ひげを生やす男性の名は、ミュラー・ミッシュバルク。ヴァインシュノワール王国の宰相を務め、公爵の爵位を持つ。
リリシアと同じブロンズヘアー女性の名は、デュレーヌ・ミッシュバルク。ミュラー・ミッシュバルクの妻にして、リリシアの母親である。デュレーヌとリリシアはよく似ている。
「ドレス、よく似合っているね。これはパパが町一番の仕立て屋に特注で作ってもらったものなんだよ」
「そりゃそうよ。私に似て美人だもの」
「王子の反応も楽しみだね」
両親はリリシアの姿にべた褒め。母親なんて「私に似て美人だもの」という始末。
こりゃ、相当な親バカだな。
両親の反応を見て、リリシアはそう思った。
ゲームでは、父親や母親はそれほど重要なキャラではなかったため、リリシアは両親の親バカっぷりに少し恥ずかしくなった。
「それじゃ、そろそろ行こうか」
「そうね、そうしましょう。早くみんなにリリシアを自慢したいわ」
先ほどまでの興奮は、両親の溺愛ぶりにだいぶん収まり、そのかわり恥ずかしさを抱きながら、父、母のあとに続くようにリリシアは馬車に乗った。