第二十四話
「リリシア様、では帰りましょうか」
見上げた先のアルベルトに先ほどまでの気迫はもうなかった。
「さ、リリシア様、立ってください。私の隣に座るんでしょ」
アルベルトがしてやったりと笑みを向けて手を差し出してきた。
けっして大きな笑顔ではなかった。口元が少し緩まった微笑み程度の笑みだったが、その笑みにリリシアの体の中を再び血液が慌ただしく巡りはじめる。
ついでにアルファニアに入ってから完全に忘れていた、帰りの馬車では隣に座るという約束もしっかり思い出した。
そうだわ! こんなところでいつまでも座り込んでても仕方ないわ。
「はい!」
リリシアはアルベルトの胸に飛び込んでしまいそうな勢いで、差し出された手を握り元気よく立ち上がった。
「では、皆さん」
アルベルトは、国王に礼をして、そのまま立ち上がったリリシアの手を引っ張り連れ出してくれた。
「ここが屋敷です」
馬車を降り、紹介された屋敷何とも広かった。
庭には真っ赤な薔薇が一面に植えられており、そのの先には大きな屋敷が立っていた。それはミッシュバルク邸よりもはるかに立派だった。
屋敷の前には一人のふくよかな年配の女性が立っていた。
「旦那様、お帰りなさい」
「あぁ、カエラ」
「ところで旦那様、そちらの方は」
カエラと呼ばれた女性は、早々にアルベルトの方から視線を変え、リリシアのことをまじまじと見つめてきた。
不思議そうなカエラ。
そんなカエラにアルベルトは、
「紹介する。私の婚約者だ」
淡々とそう説明した。
「え……え? 婚約者って? あの婚約者ですか?」
「私は婚約者といえば一つしか知らない」
カエラは何を言っているのか理解できないといったような目でアルベルトを見ている。あきらかに困惑しているようだった。
アルベルト様、ちょっと説明が足りないんじゃ。てか、私のことはいってなかったの? たぶんこのカエラという女性はアルベルト様の使用人よね。
確かにアルベルトは普段から口数が少なく、あまり自分のことを話さない人間であることはアルベルトと出会ってからのこの短い期間で十分に認識していたつもりだったが、まさか婚約のことまで黙っていたなんて。
リリシアは何も聞かされていなかったカエラに対して少しばかり不憫に思った。
「婚約者って。旦那様は今日、仕事に行っていたんじゃ……」
「あぁ、ここにいる私の婚約者がもともと今日処刑される予定だったリリシア・ミッシュバルク公爵令嬢だ」
「えーーーーー!」
カエラは屋敷の庭に咲く薔薇を揺らしてしまいそうな大きな声をあげた。
その後、アルベルトの熱心な説得もあって、カエラは納得してくれた。
「いやぁ、そうなんですね。でもまさか旦那様に婚約者だなんて。しかもこんなかわいらしい女性」
カエラは嬉しそうにアルベルトとリリシアを交互に見ていた。
「何をニヤニヤしている」
「だって仕方ありませんよ! 旦那様は全然女っ気がないから。カエラは心配していたんですよ。そんな旦那様が突然女性を連れてくるなんて、嬉しくもなりますよ!」
「わかった、わかった。とりあえず通してくれ」
興奮冷めやらぬカエラを振り切るように屋敷に入ろうするアルベルトの後ろにつき同じように屋敷に入ろうとすると、背後から、
「旦那様」
と男性の声がした。
振り返ると、帽子をかぶり白い髭を生やした男性が手を振って歩いてきていた。
「さっき、大きな声が聞こえてきましたが」
「あんた、旦那様が婚約者を連れてきたよ」
「何言ってんだ、カエラ。旦那様は今日仕事に行ってたんだろ。って旦那様そちらの方は?」
カエラと白い髭の男性のやり取りをを聞いて二人は夫婦だろうかと思った。男性もすぐにリリシアのことを聞いてきた。
「ジョイド、カエラの言う通りこの女性は私の婚約者だ」
「えーーーーー!」
カエラと全く同じ反応が返ってきた。
「いやぁ、そうですか。で、リリシア様、なんで旦那様に?」
「ちょ、あんたそんなこと聞くんじゃないよ。失礼じゃない」
白い髭の男性――ジョイドもカエラほどではないがテンションが上がっているようだった。
「いいじゃないか、ねぇ、リリシア様」
リリシアのことをすぐに受け入れてくれ、アルベルトとの婚約を喜んでくれている様子にとてもうれしい気持ちになった。
「一目惚れです」
「あらー」
「おい、カエラ。お前も人のことは言えないぞ」
「しょうがないじゃない、ねぇ、旦那様……って。あらあら」
アルベルトに目を向けると、頬が赤くなっていた。
アルベルト様、照れてるわ。
それにカエラも気づいたのだろう。さぁさぁ、お疲れでしょうからお二人でごゆっくりと、リリシアとアルベルトを解放してくれた。
その後、他の屋敷の人たちにも挨拶をしに行ったが、カエラとジェイドと同じような反応だった。特にサイモンという執事に挨拶に行ったら、その場で腰を抜かしてしまった。
「さぁ、ここがリリシア様の部屋です」
案内された部屋は、煌びやかなものではなかったが、広さでいえばやはりミッシュバルク邸の自分の部屋よりも広かった。
リリシアにとっては、この落ち着いた部屋の方が居心地がよさそうだった。
え、でも……
「アルベルト様、ここが私の部屋なんですか」
「何かご不満ですか」
一つだけ気になることがあった。
「ちなみにアルベルト様の部屋は?」
「私の部屋は別にあります」
「じゃぁ、寝室は別ということですか!」
「も、もちろんです!」
なんだぁ、寝室別かぁ~。ま、アルベルト様のことだし、それはそうよね。
もちろんまさかあのアルベルトが寝室を同じにするとは思わなかったが、さっきの頬を赤らめるアルベルトの顔を思い出して、からかいたくなった。
「えぇ~なんでですか? 婚約者なんだからいいじゃないですかぁ~」
「婚約者といっても仮ですから! それに寝室を共にするのは結婚してからです」
「えぇ~~~~~」
駄々をこねるリリシアに、「じゃ、仕事があるので」とアルベルトは足早にどこかへ行ってしまった。
「いつでも入ってきてくださいね! 待ってますから!」
去っていくアルベルトの背中にむけてリリシアはそう言い放った。




