第十九話
……? は……? 結婚……?
「リ、リリ、リリシア様……今なんと」
聞き間違いを疑う余地もないほどに大きな「結婚してください!」と聞こえたが、その言葉に動揺したアルベルトを慌ててそうリリシア令嬢に聞いた。
「だぁーかぁーらぁー、私と結婚してください!」
「どどどど、どう、なななぜ」
リリシア令嬢はアルベルトの手に重ねた手を離すことなく、澄んだ目を輝かせまっすぐ見つめている。
そのリリシア令嬢のキラキラとしたこちらを見つめる目になにか体が熱くなった。
「私、アルベルト様にあの夜会の日、一目惚れしたんです。だから結婚してください」
「だ、だからなぜ」
「だぁーかぁーらぁー、一目惚れですよ、一目惚れ。私はアルベルト様に一目ぼれしたんです! 一目惚れに理由なんてないでしょ!」
「いやいやいやいやいや」
一目惚れ? この私に? そんな訳あるわけない。私に一目惚れなんて。だって私は処刑人だぞ。
明らかにリリシア令嬢の発言に狼狽えたが、自らが処刑人であることを考えれば、リリシア令嬢の突然の告白には裏があるのが当然だと思った。だから、アルベルトはすぐに冷静さを取り戻した。
「リリシア様。悪あがきはおやめください。私と結婚すれば処刑を免れるとお思いでしょうがそうはいきません。私に一目惚れなど。私は処刑人ですよ。私と結婚したいと心から思う者などいるはずがありません。しかも貴方は貴族の出身。そんな身でありながら私に恋など」
これはそうだ、そうに違いないとアルベルトは思った。
処刑人の結婚相手は、他の処刑人一族の女性と結婚するか、農民など身分が低く貧しい家柄出身の人間と結婚するのが常だった。一般市民でさえ処刑人の家に嫁ぎたがる者はいないのに、ましては目の前にいるのは、処刑されるとはいえ大貴族のご令嬢。アルベルトと本当に結婚したいなんて、そんなことはあり得ない。
これはリリシア令嬢がどうにか処刑を免れるために考えた、大胆な悪あがきだろう。
聡明な方だと思っていたが、とんだ大馬鹿者のようだ。
アルベルトはリリシア令嬢の行動に強く失望した。
「悪あがきなんかじゃありません! 私は本当に貴方に一目惚れしたんです! 一目惚れに、処刑人も貴族も関係ないじゃありませんか! 恋にそんなこと些細な問題ではありません!」
「些細な問題ではありません。大いに関係あります」
アルベルトは頑として答えた。どれだけ何を言われようが一目惚れなんて、自分と結婚したいなんて信じることはできない。
恋に身分が関係ないなんてそんなことは綺麗事だと思った。綺麗事では世界は回りはしない。
どれだけ処刑人であるため虐げられてきたことか。そんなことはやはり大貴族の家で育ち甘やかされてきたリリシア令嬢にはわからないのだろう。
だから軽々しくも身分の違いを些細な問題と、この処刑人として日陰者として生きてきたアルベルトの前で言ってのけるのだろう。
「ありません」
アルベルトはこれ以上失望させないでくれと思ったが、抗戦するようにリリシア令嬢がそう答えた。
「あります!」
「ありません!」
「あります‼」
「ありません‼」
「あります‼‼」
「ありません‼‼」
…………………………
……………………………………………………
………………………………………………………………………………
延々とアルベルトとリリシア令嬢の間で、机を挟みこの応酬が続けられた。アルベルトも柄になく意地になっていた。
はぁ、これじゃきりがない。
アルベルトは、お互い一歩も引かない状態に、もうこれ以上は無駄だと自分の手を強く握りしめているリリシア令嬢の手を無理やり振りほどこうとした。
それを感じ取ったのだろうか。
「あっ! ちょ、ちょっと! ま、待って! ダメです!」
リリシア令嬢が二人の間に置かれている机を踏み台にしてこちらに飛びつくように向かってきた。
その動きが早く、アルベルトの理解は追い付かず、そのまま突っ立ていることしかできなかった。
その瞬間、
は? は? は? へ? 口が……?
気づけばこれまでにないほど、リリシア令嬢の目が近くにあり、唇に柔らかい感触があるのがわかった。完全に口がふさがれている。飛び込んできたリリシア令嬢が自分の胸元当たりの服を握りしめていることがわかった。
キス、キス、キス……。
キスという言葉が頭の中で反芻する。
アルベルトは、周りの人間から差別され、身近に若い女性がいなかったこともあり、女性に対する免疫がほとんどない。しかも同世代の女性となればなおのことだった。
なのに明らかにリリシア令嬢と今、キスをしている。
一気に頭に血が上るのが感じられ、どんどんと脱力していき、意識が遠のいていった。
「アルベルト様! アルベルト様! アルベルト様……」
リリシア令嬢の自分を呼ぶ声が聞こえ、意識が遠のいていくなか、あることが頭を巡った。
夜会の日、なぜかリリシア令嬢はずっと私のことを見つめていた。
部屋に私が入ると、なぜかリリシア令嬢は嬉しそうな顔をしていた。
机を挟んで二人で話しているときも、やはりリリシア令嬢は一瞬たりとも目を離すことがなかった。
頭がおかしくなっているとか、覚悟を決めたからだとあれこれと不思議なリリシア令嬢の態度に理由をつけて自分を納得させていたが、
そうか、そうか、本当に私のことを……。
そうして、完全に意識が切れた。




