第十八話
その思わぬ言葉に、つい「えっ」と驚きを口に出してしまった。
背神罪とは何だだと……何を言い出すんだ……。
どれだけ説得してもリリシア令嬢は抵抗するだろうとは思ったが、想像の上をいく言葉に、まっすぐで力強いその目に圧倒された。
呆然とするアルベルトに、たたみかけるように、
「おかしくありませんか。ヴァエンダ教を信仰しなかったから? 異教徒の経典を持っていたから? だから処刑? 信仰とは本人の心に自然と宿るものであって、信仰の強制も信仰の規制もあっていいはずがないじゃありませんか! それなのにただ他の宗教の経典を持っていたからといって殺されるなんてあんまりです。いや、はっきりいってバカげています」
という考えを若い令嬢が訴えた。
「しかし……」
リリシア令嬢はアルベルトに隙を与えてはくれない。
「そもそも本当に神なんているのでしょうか。いるならばなぜ、人間の間に神は差を設けたのでしょうか。貴族とは、平民とは、奴隷とは一体何でしょう。この国に存在する貴族の間にすら家によって差があり、街には明日の食事にも困るような人々がたくさんいるはずです。この国では生まれた家柄でその人生が決まるといっても過言ではありません。本当にみんなが崇拝する神がいたとして、偉大なる神はこんなことをするでしょうか。はたしてこれが神の加護の結果だというのでしょうか。神の恩恵を受けているのは限られた人間だけじゃありませんか。もしこれらがヴァエンダ神によるものであるならば、もはやヴァエンダ神を神として信仰する価値はありません!」
そこまでいうと、リリシア令嬢の言葉がやんだ。リリシア令嬢は少し息を切らしたようで、肩が上下に動いている。それだけ熱のこもった訴えだった。
一方のアルベルトは、訴えの内容になかば言葉を失った状態となり、同時に強い関心を抱いた。
まさかこの時代にこのような考えを持った人間が自分のほかにいるとは、それに貴族の身でありながらと。
リリシア令嬢の考えは、アルベルトに大いに同意できるもので、以前から自身も同じようなことを思っていた。
そもそも彼自身、神を信じていない。もちろん、この国ではヴァエンダ教への信仰は強制されていたがそれは一般的な国民に対してであり、処刑人には一般的な国民の枠から外されそれを強制しようとする者はいなかった。
それでもアルベルトの両親などの家族は熱心にヴァエンダ教を信仰していたが、アルベルト自身は早くして神への信仰心などは捨てていた。
それは、幼少期から処刑人という家柄に生まれただけで周りから差別されてきたためである。生まれながらにしてその家柄で人間としての格が決められ、そこに差が生まれた。アルベルトの屋敷付近には、貧しい国民もたくさんおり、それも一つの理由だった。
神などいない。たとえいたとしても、救いの手を差し伸べてくれはしない存在に信仰心を持つ必要はない。
これがアルベルトの考えだった。日ごろから神を信じる者を冷めた目で見ていた。
だから、リリシア令嬢が貴族であるということもあったが、背神罪という罪状を見たときこんなことで処刑されるなんて馬鹿馬鹿しいと思い国王へ考え直すことを提案したし、リリシア令嬢をラードット収容所の特別な部屋に収容したのもこれが理由だった。
ただ、この考えは処刑人という家に生まれたからこそたどり着いたものであって、生まれながらにして恵まれた人生が約束された貴族の令嬢であるリリシア様が同じような考えを持っていることに驚いた。そしてまた、リリシア令嬢に対する印象が変わった。
だからこれに思わず、
「ふふ、おかしな方だ」
と、笑みをこぼしてしまった。
家柄もあり、生きてきた環境もあり、昔から笑うことなんて自分でも記憶にないほどほとんどなかったアルベルトだが、これは思わずだった。
「今の時代に、あなたのような考えを持った人物がいるとは。しかも、自らは大貴族のもとに生まれながら」
アルベルトの口調も自然と和らぎを持った。
「確かに、リリシア様、あなたのおっしゃる通りでしょう。もし、本当に偉大な神がいるならわざわざそんなことをするはずはないでしょう。もし、本当に偉大な神がいるならこの国はもっと良くなっているでしょう。もし、人間の間にわざわざ差を作るような神であれば、そんな神を信仰することは馬鹿げています。それに、何を信仰して何を信仰しないのか、これも貴方のおっしゃる通りで、それは自由であるべきでしょう。この国であがめられるようにヴァエンダ神が立派な神であれば、信仰なくとも手を差し伸べてくれるでしょうしね」
「で、では、私の処刑は……」
「しかし、貴方のその考えは、今のこの時代、この国には少しばかり早すぎます。もしかしたらいずれ宗教に関しては大きな転換期を迎えることになるかもしれませんが。貴方は生まれてくる時代を間違えたのです。今この国にとって貴方への処罰は法によるもので、法とは国家の基盤であり、秩序であります。たとえ、あなたの考えが正しく、この時代が間違っていたとしても、これを無視することはできない。ですから、決定された処刑をどうすることはできません。時代には私も抗うことができぬため、貴方を助けることは私には不可能です。ましてやあなたのおっしゃるように神など架空の存在にすぎない。だからリリシア様、貴方に手を差し伸べてくれる神もいないのです。ですから、ですから……申し訳ありません」
アルベルトには、リリシア令嬢の気持ちが痛いほどわかった。わかったがとはいえやはりこれはどうすることもできなかった。
時代なのだ、すべては時代が悪いのだ。この時代にリリシア令嬢は早すぎた、賢すぎたのだ。彼女は時代の犠牲者だと。
もしかすると彼女のような存在が今の時代には必要なのではとさえ思えた。
考えれば考えるほど、彼女に対して申し訳ない気持ちがアルベルトの中に込み上げてきた。処刑してしまうのが惜しく感じられた。これまでも罪人に同情することはあったが、ここまでの思いはリリシア令嬢に対してが初めてだった。
なのでせめて、処刑執行日までそう時間はないが要望があるのであれば、自分にできるだけそれを叶えようと考えた。
「貴方は、他の貴族たちとは少し違うようで、貴方のような存在を失うのは私も惜しいと感じています。貴方なら、この理不尽な世界をあるいは変えられたかもしれません。ただやはり何度も申し上げますが貴方を助けることはできないので、その代わりといってはなんですが、せめても貴方に対する私からの敬意としてできる限りの望みは叶えようと思います。もし何かあればなんなりとお申し付けください」
あぁ、私はこんな方でさえ処刑してしまわなければならないのか……。
そんなことを思いながら、アルベルトは机に手をつき立ち上がろうとした。
「アルベルト様、お待ちください」
するとそれをさえぎるようリリシア令嬢がアルベルトの手に自分の手を重ねてきた。リリシア令嬢の表情は何かを決心したような表情のように思えた。
なんだ……早速何か要望だろうか?
それは正しかった。しかしそれはこれまで何度もリリシア令嬢に驚かされたアルベルトを何よりも驚かせ、また印象を変えることになる。
「はい! ご所望です! 私と結婚してください!」




