第十二話
アルベルト・アルバインは、代々死刑執行人を国王の名のもと務める名門アルバイン家に生まれた。
先代当主、つまりアルベルトの父が急死して三年。アルベルトは二十三歳という若さで、アルバイン家の七代目当主となり、三年の間に数多くの罪人の死刑執行を担当した。
処刑方法には絞首刑や火刑、八つ裂きの刑など多様な方法が存在し、罪人の罪状や身分階級によってそれぞれの処刑方法が適用される。そのなかでも斬首刑はほかの処刑方法と比べ苦しみが少なく、最も高潔な処刑方法とされ、基本的に貴族階級の罪人にだけ許された方法である。
斬首刑では暴れると即死できず、想像を絶する苦しみが罪人を襲い、また処刑台での足掻きは観衆に対して軽蔑を抱かせることとなる。そのため、罪人は粛々と刑の執行を待つことで貴族としての矜持を示すこととなり、栄誉を保つ場でもあった。
処刑人から見れば斬首刑は花形であり、刑自体はいたってシンプルだが、首を一振りで落とすことはかなり難しく、すべてが処刑人の剣技に委ねられ、何よりも技術を要する方法である。もし、一太刀で刑を終えることができなければ、罪人に地獄を味あわせることとなり、これは気高き貴族に対する冒涜とみなされ、観衆の怒りが向かうこととなる。
これらのことから剣技は処刑人にとって最も重要な評価基準となっていた。アルベルトの剣技は、処刑人の中でも美しくその完成度は高く、死刑執行人一族の名門に数えられるアルバイン家の最高傑作と若くして言われるようになっていた。
死刑執行人はアルバイン家だけでなく、ほかにも存在するが、斬首刑の場合、罪人が金を出すことで処刑人を選ぶことができた。技術の高さからアルベルトによる斬首刑は一番高価であったが、多くの罪人が処刑人としてアルベルトを望んだ。
アルベルト・アルバインは、アルバイン家ではもちろん、ヴァインシュノワール王国の歴史の中で、たった三年で最も多くの貴族を殺した処刑人となった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「旦那様、高等裁判院から封書が届きました」
アルベルトが、執務室で仕事をしているとサイモンが入ってきた。
サイモンは、父の代からこの家に仕える執事だ。
「ありがとう、サイモン」
サイモンが持ってきた封書は、高等裁判院からであることを示す封蝋で封されている。
「それでは」
サイモンは、封書を渡すと早々に出て行った。
封書を開けると、一枚の紙が入っていた。
紙の一番上にはには、死刑執行委託状という文字が書かれていた。
続いて、その下に
罪人 ダハイル・ハミラー侯爵
罪状 強姦・殺人
刑罰 斬首刑
という極めてシンプルな情報が記載されている。
封書はあくまでも委託状であり、高等裁判院までいき正式な命令状を受け取り、サインをすることでアルベルトが死刑執行を担当することが正式に決まる。なので、まずは高等裁判院まで命令状を受け取りに行かなければならない。
アルベルトは、処刑人の証である剣に赤い薔薇が巻き付いたアルバイン家のエンブレムが胸元についている黒いマントを羽織り、サイモンにハーバッド高等裁判院に行くことを伝え、馬に乗り向かった。
ハーバッドは、ヴァインシュノワール王国の中央都市であるため、人もかなり多かく、活気づいている。
馬を走らせハーバッドに着いたアルベルトはどこにもよらずに目的地の高等裁判院まで馬に乗ったまま向かった。
「おい、あのエンブレムは!」
「アルバインだ」
「おいおい、こりゃ不吉だぜ」
「人殺しが」
高等裁判院に向かう途中、アルベルトに気づいた街の人間から憎悪の視線が感じられた。
死刑執行人はその仕事柄、人々の恐怖の対象であり、憎むべき対象であり、差別の対象であった。死刑執行人は、貴族と同じよう税金の徴収が免除されるなど税制上優遇されており、また死刑執行人としての収入は主に国から支払われ、つまり一般市民から得た税が与えられていることとなるため、これも大きな反感を生んでいた。特に、死刑執行人の象徴的存在であるアルバイン家への風当たりは一層強いものがあった。
ただ、死刑執行人の家柄に生まれたアルベルトは、生まれながらに死刑執行人としての人生を歩むことは決められており、幼い時から、人々から恨まれ生きてきたので、市民のざわつきを気にすることなく歩いた。
ハーバッド高等裁判院に着いたアルベルトは、入り口に馬をつなぎ止め、高等裁判院の中に一人で入った。もうこの仕事も三年やっており、父が生きているときも手伝っていたので、もう慣れたもので、スムーズに手順通り命令書を受け取り、サインを行った。
命令状には、先程、屋敷に届いた委託状と違い、罪人が行った罪についてこと細かく記載されており、死刑執行日時等も記載されていた。
命令状によると、罪人であるダハイル・ハミラー侯爵は、その立場を利用し、使用人である女性に言い寄り、抵抗されたにもかかわらずそのまま襲ったということである。その最中、女性が強く抵抗し、それにより少々の傷を負ったダハイル・ハミラー侯爵は、激怒しそのまま短剣で何度も使用人の女性を刺し、殺したというものだった。
貴族ともあろうものが、恵まれた身分に生まれておきながら。
命令書を見たアルベルトは、罪人であるダハイル・ハミラー侯爵に対するひどく嫌悪感を抱いた。仮にも貴族の身でありながらダハイル・ハミラー侯爵のその醜く、自分勝手な行動に全くの同情の余地はない。
ただそんな感情と共に安堵感も同じく抱いた。
これで少しは、心を痛めず処刑できると。
アルベルト自身、好き好んで死刑執行を任されているわけではない。処刑することに全く心を痛めないわけではない。どれほど処刑が身近な環境下で人生を送ってこようが、人間であることはやめることができない。
何度も何度も、アルバイン家に生まれたこの人生を憎んだし、七代目当主として実際に刑を執行するようになってからは、ずっと苦悩していた。処刑人一族に生まれたとしても、処刑する対象がたとえ罪人であっても、自分の手で人を殺していることにはなんら変わりがないから。どれだけ拭いても洗っても手には血の温度を感じるし、どれだけ処刑から日が経とうとも、これまで殺してきた罪人の悲鳴が耳に残っている。
そんなアルベルトのことを周りの人間が忌むのは当然だった。だって誰よりもアルベルト自身が自分に憎悪の念を抱いているから。




