第十話
捕らえられたのは、普通の部屋だった。広さはリリシアの部屋と同じほどで、内装はあまり派手な装飾はないものの、ただ質素というわけではなく、一つ一つの家具などは無駄を極限までそぎ落とした洗練された美しさのようなものを感じた。ただ、窓はないので一応の閉鎖空間ではあった。
でもてっきり、鉄格子で塞がれた暗い牢獄みたいな場所に入れられるものだと思っていたので、少々拍子抜けした。とはいえ、やはり中からは出られないようだったが。
それでも、牢屋とは比べ物にならない部屋の豪華さに加え、十分な食事も与えられていたことから、リリシア自身、処刑されないんじゃないかと錯覚してしまいそうなほどであった。
はぁあ、アルベルト様……もう処刑の日まで会えないのかしら。せめて処刑の前にもう一度だけ会いたいわ。
リリシアはすっかりアルベルトの虜になっていた。夜会以来、ずっとアルベルトのことを考えている。この部屋に捕らえられて以降、アルベルトに会うことは一度もないが、会えない時間がよりリリシアの中で、彼に対する思いを膨らませた。
夜の食事が部屋へ運ばれ、食べ終えた時のことだった。
「失礼します」
と男の声がした。
いつものように食事の片づけが来たのだろうと、リリシアは思ったが、
「アルベルト様……」
扉の先から現れたのは、一目惚れの相手、光の入らない部屋で思い焦がれた相手、アルベルト・アルバインその人だった。
リリシアは、その姿を見て思わず、名前を声に出してしまった。ただ、アルベルトには聞こえて無いようだったが。
やばいやばいやばいやばい。アルベルト様じゃん。ずっと会いたいと思っていたけどまさか今日会えるなんて……やっぱりめちゃくちゃかっこいいな。
夜会以来のアルベルトの姿に、一気に気持ちが明るくなった。アルベルトは一人でやってきたので、部屋ではリリシアとアルベルトの二人きり。
「リリシア様、こちらへ」
「はい!」
アルベルトに部屋に置かれているソファに座るよう促され、高ぶる気持ちのせいで、あまりに元気よく返事してしまった。うれしい気持ちを隠そうとするがどうしてもこぼれてしまう。
そんな嬉々としてソファに座ったリリシアのことを気に留める様子のないアルベルトは、向かい側のソファに腰を掛けた。二人の間にはテーブルが置かれている。
かっこいい、かっこいい、かっこいい……好き、好き、好き……。
目の前のアルベルトに対して、単純な素直な言葉ばかりが浮かぶ。
「リリシア様、処刑の日が決まりました」
しかし、その単純な言葉を打ち消すように重い言葉がアルベルトによって発せられた。アルベルトに見惚れていたリリシアはその言葉に、冷静になる。
そうだ。私、殺されるんじゃん。やっぱ嫌だ。どうにか助かる方法はないかしら。だって、このままじゃ……。
「五日後の四月二十五日、午前十時に中央都市ハーバッド、アルファニアにて刑を執行します。罪状は背神罪、刑は斬首刑です。この私、アルベルト・アルバインが死刑執行人として刑を執行します」
心の整理がつかないまま、アルベルトは淡々とそう説明する。
五日って、もうすぐじゃない。嫌だ嫌だ……死にたくない……。
リリシアは、処刑に対して覚悟を決めていたつもりだったが、五日後に処刑されるということを伝えられ、一気に殺される実感が体の中に込み上げてきて、強く死にたくないと思った。
せっかく好きになれる人が現れたのに……。
ただそれは殺される恐怖によるものではない。もちろん恐怖が一片たりともないわけではないが、恐怖以上にアルベルトへの気持ちが夜会の日に決心した心を揺るがせる。初恋の人アルベルト。この恋は成就しない。そんなことは十分にわかっている。わかっているが、それでも目の前のアルベルトとどうにかなりたいと思うのは自然なことで、アルベルトのことを諦められないというのは仕方がないことで、そんな願望というか未練というかアルベルトの存在が死への拒絶感を大きくした。
夜会で初めて会ったときにすぐに処刑ということであれば、静かに受け入れただろう。あの時、確かに覚悟したから。恋のおかげで覚悟できたから。でもその恋心は捕らえられている間に、アルベルトに会えない間にあまりにも育ちすぎた。
恋心が育った状態で、久しぶりにアルベルトに再開したせいで、憧れに近い抱いた恋心は求めるような恋心に変化した。絶対に実らせたい、絶対に手に入れたい、絶対にアルベルトが欲しい。
だから、処刑されるわけには、死ぬわけにはいかない。
まだアルベルトの体は私の元にないと。
まだアルベルトの心は私の元にないと。
「ままま待ってください。処刑の日をもう少し延ばすことはできませんでしょうか!」
とにかくまずは、刑を延期してもらおう。そしたらどうにか処刑を免れる方法が思いつくかもしれない。
「申し訳ありませんが、それはできません」
でもそんな気持ちも一言で否定され、アルベルトは胸から一枚の封書を取り出した。
「これは、国王陛下直々の死刑執行命令状です。リリシア様の刑の執行については、日付を含めこれに記載されています。裁判院からの委託状であればもしかすると執行の日を延期できたかもしれませんが、国王陛下直々となるとそうはいかないでしょう」
国王直々の死刑執行命令状だから延期はできない……。
アルベルトに死刑執行命令状を見せられ、もうどうにでもなれと思った。なりふり構ってはいられない。
「でも!」
リリシアは、アルベルトとの間に置かれているテーブルに勢いよく手をつきアルベルトに迫るように立ち上がった。二人の顔の距離がぐんと近くなる。
「そもそも背神罪って何ですか!」




