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悪役令嬢と死の貴族  作者: 乃菊
悪役令嬢リリシア・ミッシュバルク
1/11

第一話

 あーあ、私もう死ぬんだ。



 普段は寝転ぶことが絶対にできない道路に仰向けに寝転び、大野(おおの)サチは死を確信した。



 今日は土曜日。

 唯一の友達である里香(りか)とつい先日発売された乙女ゲームを買いに行った帰りのこと。


「ねぇ、里香」

「なーに?」

「今日も、里香の家いっていい? 早速、一緒にやろうよ」


 買ったばかりのゲームソフトが入った白い袋を顔の高さまで持ち上げ、サチはニッと笑った。


「サチ……」

「なーに?」

 

 隣の里香が物いいたげに目を細めてこちらを見てきた。

 何を言われるか、すぐにわかった。



「宿題はやったの?」



 やっぱりだ。

 里香の口から出た言葉は想像した通りのものだった。


「しゅく……だい……?」


 

 里香から大きく目をそらし、とぼけてみる。


「なに、とぼけてるの。数学の宿題出てたでしょ」

「えー、そうだっけかな?」

「もう、まだやってないんでしょ」

「……うん」

「うん、じゃないよ。また先生に怒られるよ」

「まあまあ、せっかくの休みだし。楽しまなきゃ」


 やれやれといった様子に里香は大きくため息をついた。


「サチ……私たちいつも二人じゃん。クラスでもひっそりとしてるじゃん」

「うん、それがどうしたの」

「私も気まずいんだよ。クラスで目立たないサチがみんなの前で怒られていると」


 確かにクラスの中心的なクラスメイトとサチが怒られているときでは明らかに流れる空気が違っていた。

 だから、里香の言いたいことはわかる。わかるが、ゲームがしたい。だからサチも食い下がらない。


「私は気まずくないよ」

「私が気まずいっていってるの。それにサチも少しは気まずさを感じなよ。いつもすごい空気が流れてるじゃん」

「それは私も気づいてるよ」

「なら、宿題ちゃんとしなよ」

「うん、わかった」

「ほんと?」


 結構あっさり折れたためか、拍子抜けしたように里香の声が軽くなった。


「でも、今日はゲームする」


 しかし、サチのそんな言葉にダメだコイツといったように里香は重くため息をついた。


「ちなみに、里香はやったの?」


 そんな里香にサチはうかがうように聞く。


「もちろん」

「じゃあ……」

「見せないよ」

「はやっ!」


 じゃあ、宿題見せてと言い切り前に拒絶されてしまった。その速さに素でツッコんでしまった。

 サチのツッコみに里香はふふっと笑った。


「いいじゃん、いいじゃん」


 サチは里香の肩を持ち大きく揺らす。


「もう、うそうそ。見せてあげるから」

「ほんと?」

「うん」

「里香、ありがと~」


 道で抱き着くと

「もう、わかったから。離して」

 と里香にいわれた。


 なんやかんやで里香は優しい。そんな里香を困らせるのがサチは乙女ゲームと同じくらい好きだった。

 まぁ、なにはともあれ里香は宿題見せてくれるらしいし、思う存分楽しむぞとゲームソフトの入った袋を今一度握りなおし、里香の家に向かった。



 道中、横断歩道の信号が赤になり、いったん止まる。これまで里香の家には何度も行っている。だからこの横断歩道も何度も渡った。

 何気ない話を二人でしていると、すぐに横断歩道の信号も青になったので揃って歩き出す。


 あと少しで渡りきる。そんな時だった。

 かなりのスピードを出した車がこちらに迫ってくる。止まる様子はない。


 これは、ヤバい。


 瞬間的にそう思ったサチは、咄嗟に隣の里香を前方に突き飛ばした。



 里香を突き飛ばした瞬間、サチの目には広い青空が写っていた。


 その青空に、自分が車に轢かれたことを理解した。理解した直後、全身にこれまでに味わったことが無い激痛が走る。

 あまりの痛みに叫びたくなるが声が出ず、全身がかなり脱力していた。


「サチ!」


 ボーっとしていると、視界に広がる青空が、里香の顔に変わった。

「なんでなんで、サチ……」

 声にもならない声を上げ、里香は涙を流している。

 里香の涙を見るのは初めてかもしれない。

 里香はサチの体を抱き寄せ、ただただ泣いていた。

 その涙に何も答えることができない。




 車に轢かれてどれくらい経ったかわからないが、どこからかサイレンの音が聞こえてきた。サイレンの音はだんだんと大きくなり、こちらに向かっていることは明らかだった。

 その間も里香はずっと泣いている。




 先ほどまで体を支配していた激痛は、不思議と和らいでおり、もしくは痛みに鈍感になっており、サチは妙に冷静さを取り戻していた。

 もう感覚がマヒしているのだろう。

 今自分が置かれているこの状況よりも、親友の里香の涙に心が揺らぐ。

「……り……か……」

 痛みが和らいだといっても、体の状態が良くなっているわけではない。

 自分を抱え込み、ずっと泣いている親友の里香を安心させようと声を出すが、思うように声が出ない。

 声を振り絞り、「里香」と、友の名前を小さく出すのがやっとだった。

「サチサチサチ……なんでなんで……私のことなんかほっとけば……」

 そんなことを言う里香の手に、自分の手を重ねる。

 サチの振り絞った声にこたえるように泣いてばかりだった里香からも言葉があふれた。



「サチサチサチ……死なないで……絶対絶対助けるから」



 あーダメだ、意識が飛ぶ。

 和らぐ痛みの代わりに意識が朦朧としていく。



 はぁーあ、一回ぐらい恋愛してみたかったな。



「サチサチサチ……」



 里香の声もだんだん遠くに聞こえる。


 まぁ、恋愛はしてみたかったけどこうして親友に抱えられながら死ねるなら十分かな。


 そんなことを考えているうちにサチの意識は完全に途切れた。




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