表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/57

(3)

 

 いけるぞ!


 桜田陣営の誰もが手応えを感じていた。日を追って聴衆が増え、演説に対する声援が大きくなっていたのだ。固定票を持たない桜田は圧倒的に不利な状態からスタートしたが、斬新な政策に共感する女性や枯田市政に不満を持つ若者を中心に支持が集まり始め、更にそれがSNSによって拡散していった。小さな湧水が大河になろうとしていたのだ。


        *


 やばい!


 大きな声を出した選挙参謀の顔が歪んだ。投票率が大きく跳ね上がり、浮動票の多くが桜田に流れるとの予測が全国紙の地方版に載ったのだ。枯田陣営に衝撃が走った。


「どうなっているんだ!」


 枯田の怒鳴り声が選挙事務所に響き渡った。


「固定票は完全に固めたのですが……」


 票読み責任者の声が消え入りそうになった。


「だったら、なんで⁉」


 枯田が彼の胸ぐらを掴んだ。


「そう言われましても……」


 自分の責任ではないと、枯田の手を振り解こうとした。


「間抜けが!」


 責任者を突き飛ばすと、彼が腰から落ちた。ドスンという感じで尻もちをついて顔を歪めた。

 次の瞬間、冗談じゃない、というふうに大きく首を横に振った。やってられない、という意思が顔全体に広がり、立ち上がって枯田を睨みつけた。物凄い形相だった。興奮して目は血走り、鼻水が出ていた。


「バカ野郎!」


 声にならない声を残して、事務所を出て行った。


「くそっ!」


 後姿を目で追いかけていた枯田の貧乏ゆすりが激しくなった。タバコに火を点けようとしたが、百円ライターを持つ手がブルブル震えて、タバコの周りをさ迷っているだけだった。

 それをなだめるかのように選挙参謀が彼の肩に手をかけ、外国製ライターの火を差し出した。

 枯田は一口吸ったが、すぐに床に捨てた。そして、これでもかというくらい大げさにその煙草を踏み潰した。枯田の目には、煙草が桜田に見えていた。


 一方、選挙参謀は顔色一つ変えず、近くにいた腹心を呼んだ。そして、2枚の紙を渡して耳打ちをした。

 腹心は頷き、紙を大きな封筒に入れて足早に立ち去った。その後姿を見送った選挙参謀が意味ありげに呟いた。


「明日の朝が楽しみじゃの~」


        *


 その日の深夜、報道機関各社のFAXが受信を始めた。『桜田春樹の本性に迫る!』と題された2枚の紙がどこからか送られてきた。桜田の人間性を否定し、読んだ人に不快感を与える文言と写真で埋め尽くされていた。


『桜田春樹は「夢開市における未来創造のキーワードは、知恵、心、愛です」と言っていますが、本当に愛のある人間でしょうか? いいえ、彼は一人の女性を不幸のどん底に追いやった〈愛のない人間〉なのです。具体的に説明しましょう。彼は結婚していたにもかかわらず、浮気を繰り返していたのです。写真をご覧ください』


 あられもない行為をしている桜田の破廉恥な写真だった。

 一つは、若い女性の肩に手を回して暗い夜道を歩く桜田の姿を写したものだった。

 次は、後ろからの写真で、手が女性の尻を触っていた。

 その次は、どこかのマンションの非常階段に座って、その女性とキスをしながら片手で胸を触っている写真だった。


『この女性は桜田の妻ではありません。愛人なのです。教師という聖職にありながら、この愛人と浮気を繰り返していたのです。そして、愛人のマンションに入り浸っていました』


 その文章の下に、2人がマンションのエレベーターに乗り込もうとしている写真が載せられていた。


『彼に愛はありません。あるのは性欲だけなのです!』


 その下に、涙を浮かべている女性の写真が印刷されていた。写真の下に桜田の妻という記載があった。


『桜田の奥さんは浮気を止めて欲しいと何度も頼みました。しかし、彼は聞き入れませんでした。それどころか暴力をふるいました。それも何度も繰り返したのです。奥さんはじっと耐えていましたが、ある日、決定的な現場に遭遇して家を出る決断をします。なんと、奥さんが留守にしていた自宅で愛人とセックスをしていたのです。当初の予定よりかなり早く帰宅した奥さんはその衝撃的な光景を目撃して、気絶するように崩れ落ちました』


 衝撃的と記述されている現場の写真はなかったが、苦悩の表情を浮かべた奥さんの写真が載っていた。


『奥さんは離婚を決意しました。そして、離婚届を桜田に突き付けました。すると、桜田はあっさりと同意しました。その場でサインをし、印鑑を押したのです。しかし、慰謝料は一切払わないと突っぱねました。「お前に魅力がないから浮気せざるを得なかったんだ」と、浮気の原因を奥さんに押し付けることまでしたのです。なんという男でしょう! 奥さんは手荷物一つで家を出るしかありませんでした。可哀相に。私たちはこんな桜田を許しません。最低の男、桜田春樹を絶対に許しません!』


 そして、一回り大きな文字で結びの言葉が記されていた。


『性欲破廉恥(はれんち)家庭内暴力男に夢開市の舵取りを委ねていいのでしょうか?』



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ