第三話「再生(リコンストラクト)」
第三話「再生」
沙羅が、突然動かなくなった。
朝食を終えた後、食器を片付け、洗濯機を回していた途中だった。ふと立ち止まり、空を見上げるような仕草のまま、ぴたりと動作を停止した。
「……沙羅?」
声をかけても、返答はない。瞬きもせず、まるで時間が止まったかのように沈黙していた。
宅夫は、沙羅の側に歩み寄り、そっと肩に触れる。
「おい、大丈夫か?」
反応は、ない。
胸の奥に、鈍く冷たいものが流れた。彼女の体を抱きかかえるようにして、静かにリビングのソファへ寝かせる。視線が、ふと棚の奥にある古いノートパソコンへと向いた。
それは、もう何年も触れていなかった――いや、意図的に“触れなかった”過去だった。
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パスワードは指が覚えていた。
ログイン直後、目に飛び込んできたのは、見覚えのあるフォルダ。
《PROJECT_SALA》
クリックする指先が震える。
中には、膨大な開発記録、解析ログ、動画ファイル。
その一つを再生する。
画面に映ったのは、まだ若い自分だった。白衣を着た自分が、無機質な研究所の部屋で、誰かに向かって話している。
> 「……彼女の脳波データは、奇跡的に初期構造が残っていた。記憶の断片、感情反応、反射的な言語パターン……再現できる。いや、再現するしかない。俺が、約束したんだ……!」
画面の中の自分は、憔悴しきった表情で、それでも目だけは狂気のように光っていた。
> 「沙希……君をもう一度、笑わせるって……誓ったんだ」
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記憶が、ぶわっと蘇る。
火花を散らす交差点。
泣き叫びながら抱き起こした、ぐったりとした少女の身体。
病院の白い天井。
「蘇生は不可能です」という医師の声。
そして――
棺の前で、君と交わした最後の言葉。
> 「生まれ変わっても、また会おうね、たっくん」
> 「……ううん。生まれ変わらなくていい。君を、“このまま”取り戻してみせる……!」
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「……そうか。おれが、作ったんだ。沙羅を……沙希を」
思わず立ち上がり、彼女の元へ駆け寄る。
掌でその頬をそっと撫でた瞬間、
沙羅のまぶたが、ゆっくりと開いた。
「……………たっくん」
聞き間違いではなかった。
たしかに、そう呼んだ。
「おい、今……」
「たっくん、だよね……? ひさしぶり……だね」
目の前にいるのは機械のはずだった。人工皮膚とカーボン骨格、電子演算による言語プログラム。だが――その声には、記憶が、感情が、魂が宿っていた。
宅夫はその場に膝をつき、息を詰めた。
「……戻ってきてくれたのか。ほんとに……」
沙羅――いや、沙希は、微笑んだ。
「約束……覚えててくれたんだね」
その笑顔は、記憶の中と同じだった。
ただのAIなんかじゃない。
彼女は――帰ってきた。