第二話:目覚めた人形と、歪な朝
第二話:目覚めた人形と、歪な朝
翌朝。
宅夫は、いつものようにアラームの音に起こされた。
「……ぅわあ……だる……」
時計を見ると午前七時半。大学の講義にはまだ余裕があるが、布団の外へ出る気力はいつも通りまるで湧かない。
それでも、今日は違っていた。
視界の隅に、人の気配。
横を向くと、そこには――
「あ……おはよう、ございます」
沙羅がいた。
真っ直ぐに背筋を伸ばし、床に正座している。まだ濡れたままの長い髪が、寝室の薄明かりを受けて鈍く光っていた。
「うぉ……わっ、ビビった……」
寝ぼけ眼の宅夫は、反射的に布団の中に潜り込む。
(そうだ……昨夜、拾った……)
ぼんやりと記憶がよみがえる。
あの無表情の少女――いや、アンドロイド。確かに再起動のようなものがあって、名前を口にしたら反応して……。
「……お前、ほんとに起きてんの?」
「はい。記憶領域、70%損傷していますが……基礎動作は可能です。生活補助モードに切り替えますか?」
「いや……補助とか別に頼んでないし……」
思わず言いかけて、言葉を濁す。
目の前の沙羅は、まるで生きている人間のように、自然な間と呼吸を見せていた。口調は機械的だが、目線はしっかりと彼に向いている。
「……朝の挨拶、ありがとう。あー、俺、尾宅夫。とりあえず“宅夫”でいいよ」
「了解、タクオさん」
初めて呼ばれた、自分の名前。
その響きが、思いのほか自然で、むずがゆかった。
沙羅はそのまま、部屋の隅に視線を移した。
散らかった漫画、空のカップ麺、洗っていない食器。まさに“男の一人暮らし”を象徴する光景。
「……生活環境、非衛生。清掃プログラム、起動してもよろしいですか?」
「いや、無理すんな。機械が疲れるか知らんけど、しばらく休んでいいって」
そう言いながらも、心のどこかで、“あ、こいつマジで家事してくれそうだな”という下心がちらついた。
だが、それ以上に彼の胸に残っていたのは、あのとき彼女を包んでいた“異様な静けさ”だった。
あのゴミ捨て場の闇。冷たい肌。捨てられた少女。
――なぜ、あんなところにいた?
問いかけても、彼女はまだ答えを持っていないだろう。
だが、それでも。
(……もう少し、うちにいてもいいだろ)
言葉には出さず、心の中で呟いた。
布団の中から顔だけを出して、再び彼女を見る。
沙羅は微動だにせず、ただ彼を見つめ返していた。
まるで、“それが正しい”とでもいうように。