三家のお茶会
時は少し遡り、祝伝えを受け東のニ家を招いたレチューカ家のお茶会での事。
その場には煌びやかな装いの参加者とは明らかに違う男が一人紛れ込んでいた。
真っ黒な騎士服に身をつつむ長身の美丈夫。
彼は東の三家に祝伝えを持ち込んだ皇帝の右腕、モーベン・カネラ。
武力で帝国を支えるカネラ家の嫡男であり、皇帝の命には持ちうる武力ですべて答えてきた逸話の持ち主だ。
常に黒い騎士服だけを纏う彼の姿に、いつしか人々は畏怖と敬意をもち黒騎士と呼ぶようになっていた。
そんなモーベンの傍には彼と並ぶには不似合いにふわふわとした甘い雰囲気の女性の姿。
にこにこと話しかける彼女に、モーベンは距離を取りながら固い表情で相槌を打っている。
押されてるなぁと、周囲が苦笑いを浮かべる程度にはモーベンの気苦労が見えてくる様子であったし。
にこにこした女性からはモーベンを逃がす気持ちがないような押しの強さを感じさせた。
二人の終わりが見えない攻防に介入したのは、執事服を着た老齢の紳士。
「モーベン様、お話し中失礼いたします。
奥様、お待ちのお客様がブティ家の馬車でご一緒にお越しになられました」
ブティ家の馬車でご一緒に、と聞いた瞬間。
無邪気な女性の瞳が一瞬曇ってみえた。
「そう。ご案内してさしあげて」
「はい」
執事を見送った彼女はモーベンに向き直るとにこにこした笑顔で告げる。
「ブティ家とマッキンレイ家が到着しました。今日はよろしくお願いしますね」
「お待ちしておりましたわ!アシュリン様、キー様」
笑顔で場を仕切るのは、東の公家で一番力をもつジョディス・レチューガ。
ころころと鈴がなるような可愛らしい声と、無邪気な様子で飛び出す言葉からは彼女が名家の令嬢で、現皇帝ノシュトゥリオ・ドゥハッセルバッハの妻の一人であり皇帝との間に二児をもうけた女には見えない。
眩しいほどの金髪と、桃色の瞳が彼女の可愛らしい魅力と相まって不思議な魅力でつつみこんでいる。
「招待ありがとうジョディス。今日はキーと一緒にうちの馬車で来たわ」
これから皇帝の次期後継者が定められる候補となった三家の中の二家が結束固く手をとりあい招待に応じたと告げるアシュリン・ブティの言葉に、ジョディスは顔色を変えることもなく笑顔で応じる。
「一緒にきてくれてありがとう。
三家が揃わないとお茶会も始められないもの」
招待を出したレチューガ家のために、ブティ家は率先してマッキンレイ家を連れ出した。と解釈したアシュリンの表情がゆがむ。
苛立ち始めたアシュリンの赤毛を見ながら、今度はキーが口を開く。
「ええそうですわねジョディス様。本日は三家が集まるお茶会の席を設けてくださってありがとうございます」
三人の妻の生家は、力をもつ順からレチューガ家、ブティ家、マッキンレイ家の順に並べられ、二家に劣るマッキンレイ家を生家に持つキーは常に二家に対して一歩下がり良識があると見せつけていた。
三人の中で一番年上で頭を下げることが苦手な激情型のアシュリンだけはキーにとっては卸しやすく例外でもあるが。
「流石ねキー様は、さあお茶会をはじめましょ。レンとダビアも連れてきてるのでしょ?」
にこにこ無邪気を装うジョディスの腹の底は見えず、キーは彼女には一目置いているようだった。
皇帝とアシュリン・ブティの息子であるレン・ブティは、赤い髪と赤い目をもつ派手な容姿の男の子。
アシュリンにそっくりなその顔は、いつも意地の悪い顔をうかべていた。
母たちの後ろに控えていた二人の息子。
レン・ブティの腕は、ひょろりとした華奢な体格をもつ不健康そうな青い髪の少年の肩をつかんでいる。
彼は、皇帝とキー・マッキンレイの息子であるダビア・マッキンレイ。
ダビアは巻き付くレンの腕を煩わしそうに見ながら、憂鬱な表情で一行に同行していた。
「もちろん来てるぜ。ジョディス様」
やんちゃ顔でにたりと笑うレンの視線は、窓際で様子を見ていた二人の子供の姿をとらえていた。
「相変わらずだなレン。ダビアは嫌がってるぞ放してやれ」
子供達の中で一番年長の彼は、皇帝とジョディス・レチューガの息子でレチューガ家の長子エルドン・レチューガ。
「アシュリン様、キー様ようこそ我が家のお茶会へ。元気そうでなによりだ、レイ、ダビア」
妻達には作法に乗った紳士な礼を優雅な動作でかしこまり。
後ろの息子たちには軽い動作で手を挙げて見せた。
金髪で赤目のエルドンはジョディスの持つ柔らかさは受け継がなかったようで、精悍な見目のいい将来性のある青年だった。
「あ、あの。ようこそ……」
エルドンの後ろから自信なさげな声を出したのは、皇帝とジョディス・レチューガの娘であり、レチューガ家第二子の長女リーガ・レチューガ。
彼女もジョディスには似なかったようで、彼女の容姿は赤毛に赤い瞳。
目をひく容姿に不似合いな自信のない姿は、加護欲をそそる姿で。
同じ色を受け継がなかった母のジョディスの娘であると思わせるだけのふわふわとした不思議な魅力をもっていた。