無報酬労働者
ティオはジノに納品した薬の代金を手にロカの雑貨屋を訪れていた。
ロカには二件の雑貨があり、貴族の屋敷の区画に近いオシャレな小物を扱う雑貨屋と。
居住区に近い場所にある生活雑貨を扱う店の二件。
ティオが今回訪れたのは後者の雑貨屋で、彼は数ある雑貨の中から3台のベッドを選び小さな身体の懐に大事にしまっていたお金を取り出した。
「しゅみましぇん。こえくだしゃい」すみません。これください。
小さなティオに、初め冷やかしを疑った店主の反応は予想していた対応で。
ティオは見える位置にお金をかかげて、店主の視界にしっかり映り込むように工夫していた。
「おお。なんだ、お金もってんのか。
……お使いか?坊主。
お使いにしちゃぁじゃずいぶん大物だが配達もいるか?」
配達は別料金になると告げる店主にティオは首を振って否定を返す。
「あちょでうけちょりにんがきましゅ」後で受け取り人が来ます。
「そうかい。毎度。
ちっせーのが一人で大金持って歩くのは物騒だぞ。
次回からは大人の人連れてきな」
店主の言葉に「あい」と返事を返したと同時、雑貨屋の扉はカランカランとベルの音を鳴らしながら開かれた。
「おう!邪魔するぜ。
配達依頼のベッドはどれだ?」
雑貨屋には似つかわしくない柄の悪さの若者達は冒険者で、その中の一人は片手に依頼書の紙を握りしめていた。
「こえでしゅ」これです。
戸惑う店主に代わり、3台の二段ベッドを示した僕の声に彼等はズンズン足を進め。
「すげえ。立派な寝台じゃねぇか」
「坊主やるなぁ」
「これなら俺も使いてえ」
感嘆の声をあげる若者達。
固まってしまった彼等の間をきりさくようにヌッと出てきたシワと傷に塗れた腕が、若者の握っていた依頼書をつかみとると。
「よし、んじゃ坊主。
ここに確認の署名を頼む。
配達先の署名を貰ってからまた坊主に戻すぜ」
そう言うがや否やティオから依頼書を受け取ると、若者ばかりが目立つ集団から抜け出した中年の男は、ベッドの片側を持ち上げ。
「おい!運び出すぞ」と、一声。
直ぐに反応した一人が片側につくと、男達は二段ベッドごと持ち上げそのまま移動させようとし。
店主はあわてて彼等に向けて声を張り上げる。
「天井低いんだ気をつけろ!入り口も狭いぞ」
「「おうよ!」」
男たちは店主の言葉で直ぐに二段ベッドを別々に分けて運び始め、嵐の様にやいのやいのと雑貨店をでていった。
「坊主、冒険者に依頼したのか?」
店主は冒険者が握りしめていた依頼書をみていた。
受付見習いジノが受理したその依頼書には、廃教会まで寝具の配達を有志に求む。との短い記載があるばかりで。
ティオは探る店主の問いに、こくりと頷き。
「あい。かりぇりゃはむほうちゅーりょうどーしゃでしゅ」はい。彼等は無報酬労働者です。
と、笑顔で答えた。
廃教会出身の冒険者は多く、中には独り立ちしてからも古巣を気にしている義理堅い者たちもいる。
ティオの薬代の使い道を聞き、ジノが提案した依頼には有志の参加だけを求めて報酬の記載のないものだったにも関わらず異例の対応で受理され、今こうして寝具も無事に運び出されていた。
「無報酬の依頼書の受理は本当なら規約違反になるから内緒な」
と、珍しくお茶目な事を言うジノに、ティオはこくりと頷き了承した事を思い出す。
「あいつらも廃教会のチビどもにプレゼントをタダで届けてやれるんだ。
悪くない仕事だろう」
そう言ったジノの耳は少し赤くなっていた。
いつも冷静な彼が照れた時には耳に反応が出るらしい。
ジノとの会話を思い出していたティオに、「無報酬労働者って坊主意味わかって言ってんのか?」と若干引いている店主の声が聞こえ。
ティオは濁すように「あいあい」と返事を適当に返し。
ベッドを運ぶ彼等を追いかけるためにロカの街を駆け出した。