レン・ブティの暴走
「もういい。マッキンレイは放っておけ」
待てどもダビア・マッキンレイから便りがない事に腹を立てたレン・ブティは、従者が持ち込んだ書類の錘を壁に投げつけ、苛立ちをぶつけた。
マッキンレイ領では辺境の村が襲われる被害が続き、レンの行いを知らないアシュリン・ブティがレンがマッキンレイ領に入る事を案じてとうとう領への立入を禁止を決めたのが昨日の事。
皮肉にも、レンがマッキンレイ領に立ち入らなくなることが領に平和をもたらす事になるけれど、そんな事実をレンの側の一部の人間以外は知らないまま。
レンは行動を制限された鬱憤を何処にぶつけようかと発散出来ない退屈に苛立ちを隠せないでいた。
「そうだ。ダビアは確か蛇が好きだと言っていたな」
徐ろに立ち上がったレンは、怯える従者にニヤリと歪んだ笑みを向けながら問いかける。
問われたもの答えに戸惑う従者の返答を待つ様子はなく、レンは従者に向けて戸棚からとりだした皮袋を投げつけ。
「最低5匹。その袋に蛇の亡骸を集めてもってこい」
行けと、手を振り従者を追いやるレンの仕草に従者は戸惑う。
マッキンレイ家にはレンの母であるアシュリン・ブティが移転について交渉を行っている最中である事は従者の耳にも入っていたから。
まるで、その交渉相手の息子を挑発する気であるかのようなレンの行動に従事はしたがってもいいものか判断に迷っていた。
「あの……、アシュリン様にはこの事は……」
苛烈な母よりも更に気の短いレンを恐れている従者は歯切れ悪く恐る恐る問いかけたが。
レンからの返答が言葉で返ってくる事はない。
ピリッと従者の頬に痛みが走り、片手を反射的に頬に添えれば。
そこにはいつの間にか流れ出ている赤い血のぬめりがあり。
息を止めた従者は、自身の後ろの壁にいつの間にか垂直に刺さるアイスピックがある事に気付き目を見開いた。
思わず「ひっ」と喉を悲鳴で震わせ状況を整理してみれば、飛んできたアイスピックが従者の頬を掠めて壁に垂直に突き刺さっていた事にようやく気づく。
何処からか。
それは考えるまでもない。
椅子に座ったまま足を組み、片手の指を3本構えたまま冷たい目で従者を見ているレイ。
「なぁ、その棒に何匹刺さると思う?
5匹は難しいよなぁ。
生きたまま頭を串刺しにした蛇を皮袋に入れてダビアに送りつけてやったら、ダビアがどんな反応をするか」
レンの思考が理解できず、恐れから逃げかける足をなんとか踏み止どめ。
従者は震えながら深く腰をまげた。
「仰せのまま、直ぐに手配致します」
「もの分かりがいい奴は嫌いじゃない。余計な口答えを続けるようならお前がそいつで串刺しになるところだったけどなぁ」
ブティ家とマッキンレイ家の関係が気になる男は無能ではない。
けれども自身の命をかけてまでブティ家に尽くす程の忠誠心も無かった男は、レンに言われるがまま皮袋とアイスピックを握り屋敷を出て行った。
レン・ブティは残酷な笑みを浮かべ窓の外に視線を送る。
「面白い報告を期待してるぞ」
一人言を溢した彼の目には、狂気の炎が揺れていた。
その後、皮袋が届けられたマッキンレイ家でダビアの反応がどうだったかまではわからない。
レイのわがままを遂行し、アシュリン・ブティの怒りを恐れた従者はブティ家を離れた。
しかし、彼のその後の行方はわからないまま。
噂では東を離れて別の領地に移り住んだとか、そうではないとか。
あくまでもそれは噂。
レチューガ家のエルドンは、妹のリーガと共に冒険者の装いでロカの街にいた。
流れの冒険者を装い、髪を染め、素性を隠したつもりであった彼等には一人の従者が付き添っている。
「いいですか。エルドン様、リーガ様。
決してお二人がレチューガ家のご子息とお嬢様である事を人に明かしてはいけません。
そして決して私から離れることが無いようにしてくださいね」
「しつこいぞ、チェーバス。
僕はエル、こいつはガー。
髪色だって染めて誰もレチューガの子供だなんて分かるはずもない」
自信満々に腕を組み従者を睨みつける兄エルドン・レチューガとは違い、リーガ・レチューガは不安を隠せない様子で顔を俯かせ。
「あ、あの……お兄様」
リーガの声にエルドンの冷めた目が向けられる。
「グズが。
本当は連れ歩きたくもないが、お前には仕事があるから仕方がない。
いいか、何度も言わせるな。
お兄様じゃない。ここでは僕をエルと呼べ」
エルドンの言葉にリーガは両手を身体の前で握りしめ、不安に瞳を揺らしながら何度も何度も頷いた。
「ご、ごめん……なさ……い……エル様」
「エル」
「エ、エル……様……あっ」
エルドンはリーガを睨みつけ、盛大なため息を吐き出し身体ごとリーガから視線を逸らす。
「嫌になる」
悪態をつくエルドンと、不機嫌な兄に狼狽えるリーガ。
それを見ていたチェーバスは眉を八の字にして困り顔で嘆く。
「あーもう。また兄妹喧嘩ですか?勘弁してくださいよ。
喧嘩するなら連れ帰る約束でしたよね?帰ります?」
「行くぞチェーバス、ガー」
「まったくもぅ……」
チェーバスの言葉に居心地の悪さを感じたエルドンは、小言を聞いてやる気は無いとばかりに二人に声をかけ歩き出す。
先行するエルドンに、チェーバスはため息をつきながら、それでもリーガを促し後を追う。
ロカの門は数日前にあったモンスターの戦闘の傷が残ったまま、破損箇所の石積みが間に合わない場所には鋭利に削られた木材が街の外に向けて斜めに埋め立てられている様子で。
「ロカってモンスターの襲撃が少ない街だよな?」
エルドンの疑問にチェーバスは落ち着いた様子で頷き返す。
「久しぶりに襲撃があったみたいですよ。
しかも続けて二件」
「へぇ」
チェーバスの言葉にさして驚いた様子もなくエルドンは頷き、ロカの街の石畳で足音を響かせる。
「まあいい。先ずは予定通りギルドで依頼を受けよう」
「はいはい。
……エルとガーは俺にしっかりついてこいよ」
賑わう商業地区に差し掛かったあたりから言葉遣いを改めたチェーバスにエルドンとリーガは頷いた。
ブティ家はいったい何を企んでいる?
ロカの街のギルドに依頼された内容を偶然掴んだエルドンは、かつては冒険者として名を馳せた従者のチェーバスを引き込み身分を隠しここに来ている。
「危険だと感じたら縛ってでも連れ帰る許可はでてるからな」
チェーバスのしつこい小言を聞きながら、レチューガ家の兄妹はロカのギルドの扉に手をかけた。




