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マデラン親子

もう一度鳥から見た街の世界を想像した僕は、けれども直ぐに期待を裏切られてしまった。


街でみかけた小さな鳥。そう思い浮かべて見えた世界は人里に背を向けた平地の風景。

見たい景色はこれじゃない。

もう一度街の中が見たいなぁと願うと、鳥の視界は反転し街へと向かって飛んでいく。


まるで僕が本当に鳥になって空を飛ぶようなリアルさで。


僕は考えた。

目を共有できる鳥は、僕が見た鳥に限定されている?

僕が目を借りている間は、おそらく鳥の意思よりも僕の意思で行動が決まっている。


僕は実験的に鳥に借りた目のまま周囲の鳥を探し始めた。

街並みが見える場所まで飛ぶと、次の目標になる鳥はすぐに見つかり。

僕は一度目を開き、森の僕に意識を戻すと、再び目を閉じ新しい鳥に意識をむけた。


景色はかわり、街の中。

鳥の視界の先では子供たちが元気に走り回っている。


「xxxxxxx!」


言葉が分からない僕には彼等の言葉が分からないけれど、笑顔を見ているだけでここはいい街なのかもしれないとぼんやり考えた。


「xxxxxxxxx」

「xxx!xxxxxx!」


言葉は分からない。

けれども人恋しい気持ちが懐かしさを感じさせる。


行きかう人々。

日常の風景。

活気がある街なのかもしれない。




僕は街の喧騒に耳を傾け、鳥の目を借りながら彼らの姿をしばらく覗いてみようと考える。

僕が森をでる時に知識は僕の助けとなるから。


その日から鳥の視界を借りた人里の探索は、僕の日課になっていく。










「一つ、二つ、三つ、四つ、五つ!」

「はい!正解!よくできたわねマデラン」

「わーい!わーい!正解!マデランよくできた!」


鳥の視界を借りた僕の最近のお気に入りは、このマデラン親子への観察だった。

観察?盗撮?見た目が幼児で無垢な見た目の僕なら観察でいいと思う。


マデラン少年は言葉を覚えている最中で僕にとってうってつけ。

その母も根気強く優しくマデラン少年に寄り添っており見ているだけで心が温まる。

人に焦がれる今の僕が望んではいけない幸福のような、禁忌のもの。母からの愛。

羨ましすぎる愛を母から沢山受け取りすくすく成長するマデラン少年の姿に、僕は気持ちを律しながらも湧き上がる妬ましさと嫉妬心を感じていた。


自制心。自制心。


「そろそろお昼にしましょうか」

「あい!……あ!また、あの鳥さん、マデラン見てる」

「え?あら。本当ね。また鳥さん今日もマデランみているね」


マデラン親子に僕が借りた鳥の視線はバレている。

初めて指摘されたときはドキリと肝が冷えたけれど、今では。


「鳥さんもごはんどうぞ」

「どぞー!」


マデラン親子が撒いてくれるパンくずを、鳥の僕は必死になって食べ始める。

うまい!多分!うまい!多分!

視界、それに鳥の聴力までも拝借している僕だけど、胃袋や味覚までは共有できないようで食べても僕につながることはない。

それでも僕に与えられた優しさは嬉しくて嬉しくて、僕は今日もパンくずをついばんでいる。


ピィピィ(うまうま。サイコー)


マデラン親子を見ている間、僕はスポンジが水を吸うように彼らの言葉を覚えていった。

優しい母。すくすく育つマデラン少年。

理想的で、羨ましい人間の親子の姿だった。


さて、ご飯を食べに行ったマデラン親子が家にこもる間に何を見ようか。と、翼を動かした瞬間、黒い影が差し僕は強い力に身体を引き寄せられた。


目の前には黒い髪、黒い服の長身の美丈夫の姿。

僕のかりた鳥の身体は彼の手につかまっている。


男は鳥の僕に目線を合わせながら。


「お前はだれだ?」


冷や水を浴びせられたように焦った僕は、一瞬で森の身体の目を開き飛びおきた。

ドクドクと心臓が嫌な音をたてていて、得体のしれない恐怖感が僕に襲い掛かる。


怖い。


その感情は、この小さな身体になってから熊に襲われたとき以来感じたことが無いほどの強烈な恐怖。

僕より強者に弱者の僕が狩られる恐怖感。


あの男には鳥の視界を借りた存在の僕が分かっているのだろうか。


はぁはぁと嫌な汗を滴らせながら、青ざめ震えながら、僕はそれでももう一度目を閉じる。

マデラン親子の近くにいた別の鳥。

男につかまった鳥とは別の鳥の視界に意識をつなぎ。


「っ……」


見えた景色は、手のひらから鳥を開放する先ほどの男の姿。

男の目は、別の鳥になった僕の姿を確かにとらえていた。


向かってくる男の影。


僕は羽を持つ鳥の視界を借りていることさえ忘れて飛び立てず、男の手が鳥の身体に届く前に意識を森の僕へと逃げ返した。








「……消えたか」


モーベン・カネラはかわいらしい小さな小鳥に伸ばしていた手をひっこめると、難しい顔で考え込んだ。

風がふき、彼の纏う黒い騎士服がわずかにゆれる。


黒い髪で覆われた精悍な彼の金の瞳は、街の喧騒を数度鋭く見回した後閉じられ。


「居ない……いったいあれは何だった」


考え込むように無骨な剣だこに覆われた固い手のひらを口に当て考え込む。

「鳥の魔物か?」


そうつぶやき、男が見上げた先には幼児が暮らす森がひろがっていた。

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