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魔法の使い方

モンスターと野次馬集を、魔力の力技で吹っ飛ばした少年は、土煙りに曇る正面を見定めて一歩を踏み出した。


「痛い……誰か手を貸してくれ」

「助けて」

「いやぁ死なないで」


彼が歩いて進んだその場所で、泣き喚く人々の姿があったけれど。

少年の目にはまるで道端の小石程度の風景にしか映らない様で、気にも留めず幼い彼の瞳は真っ直ぐモンスターを見据えている。


「来るぞ!剣士は前に出ろ!

バリア展開!」


少年の甲高い怒鳴り声に、耳を傾けた冒険者は多くはない。

数日前に勇敢だと評された魔法使いの少年は、彼の非道な戦いを目にした者達からの評価を大きく変えた様だった。


モンスターは厄介だ。

でも、あいつと背中を合わせて戦えるか?と思った時に直ぐに肯定を返せる冒険者がこの場にはいなった。

モンスターと同じ様に、あの子供も危険な存在ではないか?

冒険者は危険と隣合わせの職業で、彼等にとって危機感や直感は命を守る大切な手段になる。

少しの判断ミスは命の危険や致命的な怪我を負うリスクに繋がる事になるし、そうなれば彼等にとっての次は無くなってしまう。

だから彼等は人を見る目が厳しく、人脈も信用も直感も大切にしていたから、少年が無くした信用という損失は経験の浅い彼が思うよりずっと大変な事だという事にまだ小さな彼は気付いていない。


「おい!まだか?!」


無鉄砲で経験も少なく、信用も疑われ始めた少年が年上の冒険者相手に叫んでいる。

何人かは冷めた目で彼の姿を見た者もいるし、何人かはモンスターを隠した土煙に魔法の膜を張った少年の行いを評してのろのろと動き始めた。

彼等の動きには統率がない。

前回のモンスター討伐の時の様に、壮年の経験豊富な冒険者が大部分の動きをまとめ上げ協力し合うこともたまにはあるけれど、いつもそうなるわけではない。

無言で少年と共に土煙りの先のモンスターと向き合う者も居れば、少年の水魔法の膜で強引に吹き飛ばされた群衆に手を貸すものも出始めている。


「大丈夫か?腕を貸せ。安全な場所まで連れてってやる」

「すまねぇ……」

「動けるか?誰か手の空いてる者は救護の手助けをしてくれ!」

「神官はまだか?」

「ギルドから傷薬を持ってきてくれ!走れ!」


混乱の最中、マデラン親子も幸いな事に冒険者の手を借り離れた場所に連れ出されていた。


「マデランッ……あぁ……マデランッ」


傷ついた身体でマデランの名前を必死に呼ぶマデラン母と、ぐったりして動かないマデランを移動させた冒険者は奥歯を噛み締め唸る様に呟き。


「ひでぇな……あんたの息子か?

こりゃぁ、もう助からないかもしれない」


額から血を流し、青白い顔でぐったりしたマデランの姿は悲惨な姿で。

マデラン母は冒険者が呟いた言葉に息をするのも忘れて、目をひらき身体を震わせた。

大粒の涙をボロボロこぼすマデラン母から、冒険者は決まり悪そうに口を歪め足早に立ち去り他の傷ついた者たちに手を貸す為離れていく。

配慮の足りない言葉を呟いた冒険者だったけれど、彼は思いやりのある言葉が出せないだけで悪人ではなかった。

実際彼の手を借りられたお陰で、マデラン親子もモンスターから離れた場所まで移動させてもらうことが出来たのだから。


「死にかけのやつはほっとけ!モンスターが動くぞ!」


魔法使いの少年が叫んだと同時に土煙の中から爆風と共に毛深い腕が伸びてきて、少年が展開していた水の膜に音を立ててぶつかった。


「くっ……」


至近距離から打ち付けられ、少年の小さな身体が僅かに下がる。

それでも、さすがの魔力量をもつ少年の展開した魔法は、モンスターの攻撃をまともに受けても砕けず持ち堪えたままで守備を果たす。


「あのガキのバリアやっぱすげぇのな」

「魔力量が多いんだろ」

「性格はクズだったがな」


冒険者がぼやきながら少年の膜に阻まれたモンスターに側面から斬り込んでいく。

統率が悪くとも彼等の多くは経験が浅くない冒険者だった。

安定したバリアを作れる魔法使いがいて、無鉄砲に突っ走る新人が居ない戦場では大きな事故は起こりにくい。

モンスターも比較的小さな個体であるから、注意深く対峙すればきっと。

そのはずだった。予想では。


「死に損ないっつっても、お前がそうしたんだろっ」

「なんだとっ?!」

「ぐあっ」


少年の直ぐそばで少年に悪態をつきながらモンスターに斬り込んだ冒険者は、ある筈の少年の魔法から急に弾かれ、モンスターの一撃をまともに受けて崩れ落ちた。


「っ……まじかっ」

「このガキやっぱ信用ならねぇ!おい!みんなこいつバリア解きやがった。

ヤベェぞこのガキに背中を預けるな!」

「違う!こいつが俺に突っかかってきたからっ」

「バカが!信用出来ねぇ奴の言葉を聞くやつなんざ冒険者にいねぇよ」


少年の気まぐれでバリアを解除された冒険者は、モンスターの攻撃をまともにうけて動かない。

地に伏せて動かないその姿では、怪我の程度も生死の状態もわからない状態だった。


「おいガキ!バリアまだ張れるか?出来るなら張ってくれ」

「俺に偉そうに命令するな!

バリアが欲しいならもっと必死に頼んでみろよ」


「ガキは宛にするな!他の魔法使いはいないか?」

「魔力はガキより弱ぇけど俺のバリアで我慢してくれ!」

「助かる!この個体は前回のよりずっとちっせんだお前のバリアで十分だぜ」


少年のご機嫌をとる冒険者はおらず、少年はイライラした様子で地を蹴りつけた。

更に気に食わない事に、前回の討伐で数人がかりで張ったバリアを崩された魔法使いの一人が、少年よりずっと担ぎ上げられ力を求められている。


「ザコが」


少年が吐き捨てた言葉は、何人かの耳には入った筈なのに。

少年に噛み付く者もおらず皆モンスターの討伐と負傷者の引き離しに尽力していた。

徐々に増え始めた後援の冒険者や衛兵団がゆっくり、じわじわとモンスターを押し始めたから、蔑ろにされている少年にとってはますます面白くない状況にどんどん変わっていく。

彼はモンスターよりも対峙する冒険者達を睨みつけ、目をギラギラさせながら手を身体の前で伸ばして手のひらに集中した。


「バリア展開!」











「マデラン……マデラン……」


マデランの母は傷だらけの自分の事は後回しに、震えてる手でマデランを膝に抱き、声も震わせながら必死に名前を呼びかけている。

マデランの呼吸は弱々しく、僅かに上下する胸の動きと彼の身体から流れる血の暖かさが彼の生存を感じさせる僅かな手がかりになっていた。

マデラン母の目からは涙が止まらず流れ続けている。

何度も何度も母の頬を伝う水滴がマデランの身体に落ちて、マデランの服に血の後ではないシミを作っていく。


マデランの母の傷だらけの手には傷薬が握られていたけれど、マデランの傷はその薬で治癒できる傷ではないものだった。

「マデラン…マデラン…」とか細く呼びかけ続ける母のそばに小さな影が出来たのはその時。


「マデランいたいね」


マデランの背丈より小さな影は、片足を引きずりながら、傷だらけの手でマデランの血に染まった頬を撫でて。

マデランの額の傷に濁りのない水をトプトプと流しかけた。

その水は水差しからでも、水釜からでもなく、小さな少年の小さな小さな手のひらから湧き出る様に流れでたもので。


「ティオくん……」

「あい。マデランのおかあしゃんマデランいたいね」はい。マデランのお母さん、マデランは痛い思いをしましたね。


マデラン母はティオの姿にびっくりして顔をあげた。

ティオを気遣い後を追ってきてくれた二人だったけれど、マデランの母はティオの存在を忘れていたかのような反応で、マデランがこの状態なのだから無理はないと思いながらも少し寂しく思ってしまう。


「マデランのおけが、ほかにもあいましゅか?」マデランの怪我他にもありますか?


僕の問いかけに、マデラン母は「頭の傷が1番大きくて、身体の傷は小さなものばかり」なのだと答えを返してくれた。

なるほど。

僕は弱々しいマデランを見ながら、マデラン母の目の前に治癒の実をかざしてみせた。

本当なら怪我の全てを洗浄して使うべきだけど、マデランの状態を見る限りゆっくりしていられない。

「はっ」と息をのんだマデラン母の様子から、この実の効果を知ってると理解した僕は一つ目の実をマデランの口元に絞り出す。

そして間をあけず、僕は懐の服の隙間に手をつっこむと、瓶に詰めた実と同じ色の液体を取り出しマデランの母の目の前でふりふり揺らしマデラン母の視線を誘導する。


「こりぇはちゆのみのおくしゅりでしゅ。いまきゃらマデランにちゅかいましゅ」これは治癒の実のお薬です。今からマデランに飲ませます。


こくん、とマデラン母が頷くのを視界の隅で見ながら、僕は直ぐにマデランの弱々しい呼吸のある口に瓶をあて、ゆっくりゆっくり治癒の薬を流し込んでいく。

ジノとの取引に備えていくつか用意していた薬の中で、効果を高めすぎて売るには躊躇していたこれを持ち歩いていたのは偶然だった。


こくり、こくり、と。マデランの喉が動き、多くない治療薬はマデランの口から無事に流し込めて僕はようやく安堵する。


マデランの母は僕の魔法と、高価な治癒の実を躊躇なく使い、明らかに治癒の実と同じ色をした液体をおしげもなくマデランに飲ませた僕をみて、狐に摘まれた様な顔で涙を止めて僕を凝視していた。



「マデランのおかあしゃん、マデランもうらいじょうぶれす」マデランのお母さん、マデランはもう大丈夫です。


にこっとちびっこスマイルでマデランの治療を終えた僕に、マデランの母はマデランを膝に乗せたままで上半身だけを動かして僕にガバリと抱きついてきた。

はらはら、はらはら、マデラン母のひとみからは再び涙が溢れ出て。


「ありがとう、ありがとうティオくん。ありがとう…」


沢山、沢山お礼を伝えてくれるマデラン母に抱きしめられて、僕は温かい腕の中で「ほぅ」と息をはきだした。


あたたかいマデラン母の温もりが固くなってとげとげしていた僕の気持ちを柔らかくしてくれる。

良かった。

マデランが。

マデラン母が生きていてよかった。


僕は思ったよりずっと二人のことが気がかりだったみたいで、おそらく片足が折れている事に今頃自覚として現れてきたくらい気が気じゃなかったみたいで。


自覚したとたん、足の痛みがズキズキズキズキ増し始め。

いててっと心の中でボロボロの自分の身体に苦笑してしまう。


マデランの母の腕の中でもう少しゆっくりしていようと思いかけた時、僕に現実を知らせる声がとどいた。




「やべぇぞこいつ!」

「人殺し!!」

「モンスターよりガキを先に抑えろ!」


マデラン母のあたたかい腕に包まれていた僕は、モンスターと対峙していた冒険者達の悲鳴を聞いて身を固くする。

叫び声を聞く限りでは、あの少年魔法使いがまた何かをやらかしたのだろうか。


彼はノノに危害を加えかけたし、マデラン親子は魔法で吹っ飛ばされている。


僕は彼が許せない。

彼の魔法に僕も吹っ飛ばされたけれど、モンスターと対峙する僕はあの位置の彼からは見えたかどうかもわからないし僕の事はどうでもいい。

それよりもノノと、マデラン親子に魔法を向けた事が許せない。


「マデランとおうちにかえってくだしゃい。ぼくあようじがまだありましゅ」マデランとお家に帰ってください。僕は用事がまだあります。

「ティオくん?」


引き止めるマデラン母の腕から名残惜しさを悟られないようにサラリと逃れた僕は、「わんこ!」と声をだして同居犬を呼び出した。


「わふっ」とかけつけてくれたわんこは、怪我一つなくピンピン元気な様子で。

そうだよな。お前は広間に着いて直ぐに僕を残してどっかに逃げてったもんな、と。

要領のいい感じのわんこに複雑な気持ちを持ちながら、片足を引きずったままの僕はわんこの背中に遠慮なくよじ登り地を蹴った。


騒動の中心では、まだモンスターは討伐されないまま冒険者の敵意がモンスターと少年とに分断された様子だった。

僕はわんこの背にまたがり、のっしのっしと中心に向かっていき。


よし、ストップだ!と。

強く思いを込めた僕の気持ちはわんこには届かず。


「んえ?」


喚く少年魔法使いの傍で、冒険者を薙ぎ倒すモンスター目掛けてわんこに乗ったまま突っ込んだ。

体当たりで。

言葉通りに突っ込んだというより、僕は乗せられたまま突っ込まれたのだ。

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