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モンスター討伐

マデラン親子からひたすら距離をとった僕は、古い巨木のある広間までモンスターを誘導した。

商業地区からも程近いこの場所は、騒ぎに気付いて人を惹きつけてしまう場所ではあるもの普段は人の往来が限定された閑静な場所で、マデラン親子の居住区から近い場所の中では最も今の僕に適した場所。


広間で足を止めた僕に、すぐ背後まで迫っていたモンスターの重撃は直ぐに襲いかかってきた。


バリンッとまともにぶつかって音を響かせるのは、僕が作り出していた水の膜が重撃を受け止めた音で。

重い一撃があたると同時に耳を揺らす振動がせりあがり、僕の卑屈な心に逃げたい逃げろと恐怖の焦りを募らせてくる。


立ち昇る砂煙の先から「モンスターだ!」という悲鳴が聞こえてきた。

通行者が限定された閑静な場所だといっても森と違い人の目が何処にあるかわからないロカの街中。

早々に人の視線は集まってくるのだろう。

でも、それでもいいと思えた。


無我夢中でここまでモンスターを誘導してきた僕だけど、勝算はない。

何より、人の良いマデラン親子は僕を追いかけて此処にもそのうちたどり着いてしまうと思ったから。

その時に親子が傷つかないようにモンスターが退治されてくれるならそれが僕ではない他の誰かであっても幸いであるし、退治されなくても親子を止める野次馬が一人でも現れるならそれだけで僕は満足だった。

力も正義感も無い僕の伸ばせる加護の腕は狭くて小さい。

この街全てや、ましてや今から集まる野次馬全てだなんてとても守りきれない小さな腕だから。

非情で卑屈な僕はマデラン親子の無事だけを願って野次馬からは目を逸らした。



ドッと地面が沈む感覚に、広間に敷かれた古びた石畳に亀裂が走る。

もともと人の往来が少ない場所の広間で手入れが不十分でもあったから、敷き詰められていた石の間からは緑の草木がひょろりと顔を覗かせていた。

その緑も、一瞬で刻まれた亀裂で引きちぎられた様子で砂煙と一緒に空中に舞い上がり。

潰れた草の匂いが周囲に立ちこめモンスターと退治する小さな僕の姿を隠してくれる。


「戦闘中か?」

「いったい誰と戦っている?」

「あのシルエットは子供?」

「おい!衛兵に連絡はいれたか?!」

「ギルドに連絡は?!」

「子供なら話題の魔法使いが戦っているのか?」


徐々に集まり始まりめた野次馬の声は土煙の内側でモンスターと退治しながら僕の耳にも届いていた。

怖い怖いと思ったモンスターと、まともに正面から結界越しに向かい合ってみると、数日前に見たあの個体よりも目の前の個体はもっとずっと小さい事に驚く。

けれども、あの時僕は群衆の陰に隠れて身を潜めていたのに、今の僕は正面から対峙しあっているから威圧感は比ではない。


それでも、きっとこの個体はあの時より力もずっと弱いと思い込みながら。

僕は、現実を直視してしまうと逃げ出したくなる弱い心に必死で蓋をしながら立ち向かう。


大丈夫。

大丈夫。

僕はやれる。

マデラン親子を守りたい。


やろう。

出来る事をやれるだけやろう。


僕は土煙で視界が悪い中、石畳の間から生え出している緑を意識してモンスターを支える四肢に絡めていく。


拘束。


四肢に巻きつき行くてを遮り、この場に留めて距離を取りたいと考えたけれど、巻きついた蔦は僅かな動作で引きちぎられ。

一本の拘束も安定的には固定できない。

単純に力比べで負けているのだ。


ブチブチと蔦が草が裂ける不快な音。

地を揺らし、古い石畳を砂煙と一緒に巻き上げる重圧感。


僕は水で形成した結果を張ってモンスターと向き合いながら無我夢中で頭を動かす。

もっと強固に、もっときつくこの場所にモンスターを固定したい。

どうすればいいのか。


頭の中に思い浮かぶのは、森の暮らしで蔓を加工した日の事。

乾燥した蔓は木の上に落ち葉のベットを編み込む時の土台に大きな役目を担ってくれたもので。

巻きつけ括り付ける全ての過程で大きな役割を果たしてくれた。

その時の事を思い出す。

僕は瞳を熱く、肩を熱く燃やしながらモンスターの足元に絡みつく蔦を急速に成長させて複雑に絡ませていく。

逃しはしない。

親子を傷つけさせない。

それだけを考えながら、とにかく根を張り巡らせモンスターの巨体を拭い止めていく。


「何が起きてるんだ?」

「土埃が酷い!こっからは見えねぇよ!」

「助けはまだか?」

「戦っているのは子供なの?!」


打開策はない。だけど、この場を凌げば誰かが来てくれる。

そう思いながら恐怖を紛らせ僕は対峙した。


「おい退けろ!邪魔だ邪魔だ」

「冒険者だ道をあけろ!」


荒っぽい声が響き、ギルドからの応援が来た事を群衆のざわめきが知らせてくれる。

助かった、という気持ちで。

僕は拘束の魔法を残したまま、わんこと一緒に瓦礫の死角に僅かに身体をずらして距離をとる。


「頼むぞ魔法使い様!」

「バリア展開!」

「モンスターは小型の個体一体か?」

「こいつ、いつ街の中に入ってきたんだ?」

「街の外周から回り込んで入ってきたんだろ!頭がまわる個体かもしれねぇ」


慣れた様子で対応する冒険者が逞しい。

僕は死角から援護しながら彼等の到着に心から安堵した。


「離してください!ここにうちの子と同じくらいの子がいる筈なんです!」

「ティオ!ティオ!どこ?!」


マデラン親子の声も野次馬と冒険者の喧騒に混ざり聞こえてくる。

僕は無事な彼等の姿に安堵しながら、モンスターを拘束する蔦を増やして応戦した。

より強固に、より複雑に。

この場所に止めて動けないように。


「この蔦はなんだ?モンスターの動きを阻害しているぞ」

「魔法使いの魔法か?

見た事がない」

「俺の魔法じゃねえよ!俺は水魔法だけなんだ」

「じゃあ誰だよ?!」

「知るか!使える味方ならありがてぇ!」


僕の蔦は冒険者にとって目新しい魔法だったようで、彼等の戸惑いが聞こえてくる。

そんな彼等の声に耳を向けながら、僕はモンスターを叩いてもらう時を待った。

逃がさない。

絶対に此処で止める。


砂埃と土煙りが舞う濁った空間で、僕は必死に地面に齧り付いた。


ガンッと大きな衝撃が響き、大きく地面が揺れた後。

僕はモンスターの力に、僕が地にモンスターを留め置く力が負けたのだと思ったけれど。

音の正体はそこではなかった。


何処から?

視界が曇って状況が見えない空間に、鈍い音はもう一度響き、今度は人々の呻き声が聞こえでくる。


「うっ……」

「おい!あそこ後ろからふっとばされたぞ!」

「大丈夫か?!」

「何が起き、て……」

「いてぇ……」

「君はあの時の魔法使いの少年?!」

「うぅ……モンスターは?」

「あああああっマデランッマデランッ」


僕の意識はマデラン母の悲鳴を聞いたと同時に冷や水を浴びた様に覚醒した。

モンスターは地面に固定されたまま。

僕はずっと蔦の魔法で押さえつけている。

それでもモンスターが動くたび蔦は何度も何度もちぎられ、何度も何度も僕は再生させてつないできた。


マデラン母の悲鳴、いったい何が起きたのか。

今何がどうなっているのか。




僕の意識がマデラン親子の身を案じる方に完全に向かって行ったと同時、僕の拘束していたモンスターは急に強烈な外部の力に押し出され。

地面に身を伏せながら、巨体を蔦で押さえつけていた僕は瓦礫と一緒に空中に投げ出された。

モンスターを攻撃する強い攻撃を、僕はずっと外部に求めていたけれど。

今の状況はどうなっているのだろうか。



濁った土煙りに覆われた視界の中で吹っ飛ばされながら、僕は野次馬が集まっていた場所に空間が出来上がっているのを土煙りの薄まった僅かな隙間からみれた。

その空間にだけ倒れ込む人々。

その中には、頭から血をながしぐったりとしたマデランと、彼を抱え込み泣き叫ぶ傷だらけのマデランの母の姿もある。

人々が倒れ込んでいるその先の。ポッカリと空いた空間の先には、両手を突き出し笑みを浮かべる元凶の魔法使いの少年の姿。


彼は満ち足りた満足そうな表情でモンスターの方を見据えていた。





「あの糞ガキ、群衆の後ろから魔法ぶっ放しやがった!」






野次馬の叫びが僕の耳にも届いてきた。

そういうことか。

クソッ。


僕は空中から受け身も取れず背中から地面に瓦礫と共に叩きつけられて濃い土煙りの中に姿を消した。

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