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プレゼント

翌日、僕は朝からロカの街の外れの居住区を目指して歩いていた。

僕が拠点に決めた場所からは丁度1番離れた区画であるこの場所は、昔ながらの古い建造物が目立つ場所で、ジノの生家がある比較的新しい密集した居住区よりももっと古い住宅街になる。

一軒一軒の敷地は広いけれど、大きな家は少なく貴族の屋敷の区画のような華美な装飾もない閑静な場所。

そして、僕がロカで1番初めに足を踏み入れた地区。


慣れたように危なげなく進む小さな僕の姿に、道ゆく人は目を止めるけれど声をかけるものは居ない。

とてとて歩く僕の足取りに迷いがないことも理由ではあるけれど、親のいない、加護者の居ない訳ありの子が多く居るロカの街では出自を知り合った者でなければたとえ子供相手でも慈悲を分け与えられる人間は少ない。

たとえ偽善であっても、一時の気まぐれで与えた慈悲を命綱として手繰られて仕舞えば鬼の心で寄りかかってくる小さな手を跳ね除けなければならず。

それがわかっているからこそ、人に優しく施しができる人間は、その心にも余裕と安定があるものだけ。

僕はこの街にきて、今ではその事をとてもよく理解している。

だから、マデラン親子の様な人間は普通ではなく他人を気遣える特別希少な人間だと理解していた。


「あら?貴方この間の?」


マデラン親子の居住区を歩いていたら僕にかけられる優しい声。

僕は聞き慣れたマデランの母の声に耳を癒されながらゆっくりと振り向いた。


「あぁあのちょきのこー!」


あの時の子!と叫んだ舌ったらずなマデランの声が可愛らしい。

僕は愛想のいい笑顔で二人の側に近寄ってペコリと頭を下げた。


「こんちゃ」こんにちは

「あら、こんにちは。挨拶出来て偉いのねぇ」

「こにちはー!マデランもこにちはー!」


僕の挨拶に、マデラン母とマデランは愛想良く返事を返してくれる。

なんの特別もない様なこの会話は、僕が焦がれ続けた夢にまで見た会話で。

いつか、彼らとこんなふうに挨拶を交わしてみたいと何度思って彼らを覗き見てきたか分からない。


ロカにきたばかりの時の不安と帰宅に浮き足立っていた僕ではなく、今の僕は拠点も定めて仕事も目処がたち地に足がついてロカの人間として歩き始めたばかりで、やっとの思いでスタート地点に立てたところ。

下調べも、シュミレーションも、観察も、言葉の勉強から我流ではあるけれど魔法学から薬草学まで。

出来ることには何でも挑戦して吸収して、森の中から人間社会に受け入れてもらえるハリボテの土台を作り上げた。

ここにきて悲願の会話をマデラン親子と交わせる幸せを僕は強く噛み締める。


嬉しい。

本当に嬉しい。


満ち足りた気持ちで僕の心は熱くなりながらマデラン親子に笑顔を返した。


「そういえば、この間は聞けなかったのだけど貴方のお名前は?」


マデラン母の問いに僕の心臓はどきりと音を鳴らした。

数日前にはなかった名前を今の僕は持っている。

姉貴分のノノからつけてもらった、初めはぬいぐるみの名前だからと認めたくなかった僕だけの名前。

今でも正直不満はあるけれど。

だけど僕はノノがすっかり大切で大好きになっていたから、名前も自然と受け入れることができていた。

マデランの母の問いにも答えよう。

胸をはって。


「ぼくあてぃおでしゅ。までらん、までらんのおかあしゃんよろしくね」僕はティオです。マデラン、マデランのお母さん宜しくね。

「素敵なお名前ねぇティオくん。教えてくれてありがとう」

「てぃお!よろしく!マデランはマデランだよ!よろしく!」


僕はマデラン親子と名乗り合うと嬉しくて、目頭が熱くなって嬉しくて堪らなくなって。

頭に血が登って身体がとっても暖かくなるのを感じながら円柱の飾りを握りしめた。

手に握る円柱を持つ手のひらからはじっとり汗が滲んでくる。

ドキドキ音を強く打つ心臓の鼓動は、嬉しさからの興奮からか、緊張からなのか、別の理由からか。


「までらん、あのねぷれじぇんちょもりゃってくえる?」マデラン、あのねプレゼントを貰ってくれる?

「マデランにプレゼント?」


唐突に言い出した僕にマデラン親子は首を傾げた。

当然だろう。

挨拶して、名前を名乗って、急にプレゼント。

彼らにとって僕はさぞかし奇妙な子供に見えているに違いない。

けれども僕はどうしても彼らにこれを渡したいと準備してきたし、何より彼らと普通の会話という夢にまでみた対話を達成できた僕は、それだけでもう身が震えるほど歓喜に震えていてまともではなくなっていた。

碌な気の利いた言葉も機転のきく会話も思い浮かばない残念具合で。


僕はこくこく小さな身体を精一杯動かして肯定を伝えながら、マデランの小さな手を僕の小さなおててですくい上げた。


「までらんおててだちて」マデラン手を出して

「こう?」


僕は片手で取り出した加工した円柱を、両手でもつとマデランの手のひらにゆっくりと乗せて。


「あい。こりぇもりゃってくだしゃい」はい、これもらってください

「ええ?!いいの?すっごいきれぇー!」

「待ってマデラン!ティオくん、これどうしたの?

こんな綺麗なもの、私達貰えないわ」


透き通って透明に光を反射する円柱の鉱石は、思った以上にいい出来で、あまりに出来がいいものはマデラン母が気を使って受け取ってくれないと思った僕の予想通りの反応。

申し訳なさそうに眉を下げて断るマデラン母に、僕は予め決めてきた嘘をつく為に口をひらく。


「こりぇ、どうしてもまでらんにもらってほしくっておとうしゃんにちゅくってもりゃったの」これ、どうしてもマデランに貰って欲しくてお父さんに作ってもらったの

「すごい!マデランがもらっていいの?マデランだいじにするよ!お母さん、マデランティオにもらっていい?」

「待って、マデラン」


マデランは鉱石を純粋に喜んでくれるけれど、マデランの母はそうはならなかった。

僕の目をじっと見て、マデランの動きを止めながら何かを考え初めたまま受け取ろうとはしない。


「ねぇ、お母さん」


マデランから何度か服をひっぱられ、マデラン母はマデランを片手で優しく撫でると、僕を見ながら口を開く。


「ティオくんのお父さんがつくってくれたなら、マデランは貰えないわ。

ティオくんの為にお父さんがつくってくれたものでしょう」


僕にお父さんと呼べる存在はいない。

知らないだけで何処かにいるのかもしれないけれど、僕が知る限りではこの身体の僕にお父さんはいない。

あえてお父さんというなら、乳飲み子だった頃に育ててくれた肩の狼がこの身体の僕のお父さんでありお母さん。

だからマデラン親子に話した、鉱石を作ったお父さんは嘘になってしまうのだけれど、なんだかマデラン母は僕が嘘をついているのを見抜いている様に思えて僕は気まずく思った。

どこまでも綺麗で暖かくてお母さんの慈愛の瞳でマデランを見る彼女が、僕を目に写しいたわる様な手のかかる子を諭す様な大人の見守りの目で僕を見ている。


「あの、ぼくほんとうに……」


言葉の語尾が自然と不思議に小さくなる。

僕の後ろめたさからなのか、マデラン母の目に真実を見た気まずさからなのか。

知らず僕は生理的な波を僕も無意識なうちに瞳に溜め込んでいた様で。

うるうると歪む視界の中、気付けばマデラン母から僕の瞳にハンカチをあてられていた。


「あらあら大変。緊張しちゃったのかしら」

「ティオだいじょーぶ?お母さんティオいじめちゃ、めっよっ」


僕の小さな背中をトントンしてくれる小さな手はマデランの手。

僕は気付けばマデランに背中を撫でなられながら、マデラン母に湧いてきた涙をふきとってもらっている。


んんんんっ中身が大人な筈なのにはずかしぃっっ。


泣いてしまったのは嘘がバレたからでも、嘘を疑われると感じたからでもない。

きっと何処までも他者を思いやるマデラン親子の優しさに触れすぎて暖かすぎて、僕は多分ずっと張り詰めていた緊張感だったり自立への焦りだったりが緩んでしまったんだと思う。

だから、少しだけ涙を拭いてくれるマデラン母の優しさに、背中をトントンしてくれる小さな手の暖かさに甘えてしまって僕は目を閉じた。


緩み、油断は命取り。


加護者のいない僕は気をつけなければならない、この世界で生きる為の警戒を解いてはならないと僕は学んだばかりであった筈なのに。

僕はまた失敗してしまう。



バキッと鈍く重い音が響いた後、舞い上がる飛沫、衝突。


僕は一瞬で緩み切った思考と涙で歪んだ視界から、瞬きした瞬間後悔をした。


なんで……。


僕の目の前では、僕がマデランに渡したばかりの円柱が砕け散り、発動した風と水の魔法が親子と僕を覆う様に展開されている。

その膜の奥に飛び散るのは、水と、水に押し出された陶器の破片。

砕けながら襲いかかっては膜に粉砕されているのは僕の込めた魔法が役目を果たしていると喜ぶべきなのか。


けれどもその膜の後ろには居てはならない異様な生き物の姿がみえた。


モンスター。


何でこんなところに……。


マデランの母がマデランと僕両方に手を伸ばし庇ってくれるけれど、僕は彼女の腕の中から転がる様に逃れて走り出した。


「危ないわティオ!」


僕の身を案じ、こんな咄嗟の状況に身体を張ってマデランと同じように僕まで加護しようとするマデラン母は心底人がいい。


愚直なまでに人が良くてどこまでも母性に溢れた彼女が。

彼女が命懸けで大切にするマデランが。

僕は大好きだ!


僕はマデラン親子からモンスターを引き離すように走り出す。

叫んだマデラン母の声に反応したモンスターの気が逸れてしまわない様に。

僕を見てこっちに来い!と思いを込めて拳に炎を纏いながら。


すると、モンスターから逃げる僕の目に飛び込んでくる毛玉が1匹。

わんこ!!お前ナイスタイミング!


僕はわんこに飛び乗り背中にしっかりと捕まると、真っ赤な両手の炎を解いて、後ろに迫るモンスターに水鉄砲を喰らわせた。

唸る咆哮。

怒りを乗せてますます加速して僕に迫る巨体。 


いいぞ!こい!!


僕はわんこの背に必死に捕まりながら、肩が、瞳が。

徐々に熱く熱くなっていくのを感じた。


数日前に怖くて怖くてエルザを盾にしながら足をすくめた恐怖の相手。

それと同じようなモンスターを今こうして僕が連れて走っている事が信じられない。


モンスターは数日前も今も変わらず怖い。

けれど、それ以上に。僕の心の支えにしているあの親子を傷つけたくない気持ちが優ってしまうと身体は動いてしまうようで、気付けば僕は勇敢になっていた。


ティオと僕を呼ぶマデラン親子の声が聞こえない場所に行きたい。


その一心で逃げ続けた。

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