消えた冒険者※少しホラーのような表現があります
適当に治療されて、動けるまで回復したウィガロは仲間と呑みながらギルドハウスでさっそく顔を赤く染め上げた。
エルザもいつの間にかウィガロとは別の輪の中でお酒を楽しんでいる。
モンスターの討伐後はいつもこうだと聞いたから、僕にとって初めて見る姿ではあったけれど彼等には恒例のイベントになっているのだと思う。
僕はジノから借りた本に1ページずつ目を通しながら、合間にギルドハウスの様子を伺っていた。
その日暮らしが多い冒険者達は、安定とは無縁で、危険と隣り合わせの体力と気力と適性が必要な過酷な仕事である。
それがわかっていても、ここで暮らし冒険者に身を置く彼等、彼女等をみていると、とても楽しそうで輪の中が眩しく羨ましくみえてくるのが不思議でならない。
僕はあまり騒がしい場が得意な人間では無かったはずなのに。
どうしてにぎやかな彼等の様子に魅力を感じたのかとてもとても不思議だった。
違和感を抱きながらもどうしてか、僕はこの時彼等のコミュニティがとても羨ましく。とても華やいで見えていたのだ。
「坊主難しい本みてるのなぁ」
僕が一人で座るテーブルに、赤ら顔で鼻の潰れた冒険者がエールを片手にやってきた。
鼻を刺激する酒の匂いに一瞬顔をクシャっとしながら、僕は彼にジノが座る受付を指差しながら本の持ち主を知らせてみる。
「うけちゅけでありちゃんでしゅ」受付で借りたんです。
「なんじゃら分からんが、難しいのよんでるなぁ」
彼は僕の指の指す先をみて、一瞬ジノの方を見た気がしたが直ぐに僕に視線を戻した。
僕の滑舌が聞き取れていない様子で、伝わったのかは分からない。
彼のリスニング力はウィガロのレベル程度にしかないと予想する。
なら言葉を足しても謎が増えるだけ。
僕は隣の冒険者を気にしないことに決めて、ページの字を追う事に意識を集中することに決めた。
ジノから借りた図鑑は中々興味深い内容で、僕がまた知らない種類の薬草や毒草までが丁寧にかき集められている。
ページをめくる度に新しい発見があるので、僕は夢中になって先を読んでいく。
時折、酒場の方からジョッキが飛んでくるのを避けながら。
何度目かのジョッキを僕が避けた時、たまたまその中身がページを湿らせてしまった。
「んえ!」
濡れた。
濡らしてしまった。
借り物の本だったのに。
どうしようと固まってしまった僕の持つ本に伸びる手。
「ありゃりゃ濡れちゃったなぁこりゃあよめねぇなぁ。
んよおしっ。おいちゃんが直したろ……ほっ!」
「ほ?!」
「ほっ!」と、かわった掛け声をいいながら、隣の飲んだくれ冒険者が石を本におくと。
つつつ……と、水が吸い込まれるように消えていき。
あっという間に元の乾燥した読める状態に。
「え?みじゅがきえちゃ」え?水が消えた
「ほっほっほ!おいちゃん魔法使いみたいだろぉ」
得意げに語る男。
僕は本当に男が魔法使いのように見えたけれど、彼が使った魔法の原理が全くわからない。
水を消す魔法は、1番初めに火を思い浮かべる。
けれども火魔法は、魔法使いでも扱えるものが少なく、制御も難しい珍しい魔法で水を扱うよりもずっとずっと難しいと言われている。
僕も肩の狼が感じられなくなった時には使いにくくなっていた魔法だから。
火魔法を、紙を燃やさず水だけを蒸発させるような繊細に扱うことができるとはとても思えなかった。
彼が凄いのか、彼が使った石に秘密があるのか。
どちらにしても、僕には真似できないものであることにはかわりがない。
「しゅごいでしゅ」すごいです
素直に感嘆する僕に、男はニカッと笑って酒臭い息を吐きながら、僕の頭を乱暴になでつけた。
「素直ないい子は大好きだ。
いい子においちゃんプレゼントをやろう」
そういって僕の手に握らせたのは、先程水を吸わせていた石で。
「んんん?」
いいの?と目で石と男とを見比べる僕に。
男は「うんうん」頷いて。
「やるよ。大事にしてなぁ」と、いって僕の手に石を握らせて喧騒の中に戻っていった。
まさか、貴重な物かもしれないと予想していた石を僕にくれるとは思わなかった。
魔法はやっぱり石ではなく、彼の技量によるものだったのだろうか。
「どうした?」
受付からジノが僕の様子を尋ねる声がする。
石に見入っていた僕は、先程の冒険者の事を彼に聞いてみたいと思った。
「じにょ、しゃっきのひちょはだれでしゅか?」ジノ、さっきの人は誰ですか?
ギルドで見かけたことがありそうで、なさそうな、どこにでも居そうな冒険者の男。
「いや、誰もきてねぇだろ」
ジノは僕の隣に冒険者が来ていたことに気づいて無かったのか。
なら、仕方ない。
「みちぇないにゃらいいれしゅ」見てないならいいです。
「いや、ティオが絡まれてないか見てたんだけどな」人なんか来てない。と、いうジノ。
僕は何だか違和感を抱いて、手の中の石を握りながら鼻の潰れたあの特徴的な男の姿を探してギルドハウスに目を走らせる。
いない。
つい、先程男が向かったのは奥の酒場の喧騒の先で。
出入り口は僕のテーブルの方が近いし、宿屋に上がる2階の階段は酒場のカウンター横にあるけれど。
僕が見ていない間に2階に上がったのだろうか?
それにしても違和感が拭えない。
彼の抱えるジョッキには、エールがまだまだ残っていた。
それなら。
あれ?
「じにょ、はにゃがちゅぶれたあかいかおのおちょこのひちょがいましちゃた」ジノ、鼻が潰れた赤い顔の男の人がいましたか?
「鼻が潰れた奴ねぇ。
……今ギルドハウスには居ないようだ。俺も見かけた事はないな。
見間違いじゃないのか?」
僕はふるふる首をふって否定する。
ジノは、「んーウィガロ兄に聞いてみるか……」と思案しながら、ふいに僕に渡した本に目をやり。
「そういえば……その本前の持ち主がそんな特徴のやつだって聞いた気がするな」
「う?」
「もう、死んじまったらしいけど」
僕は何だか急に不安になって本の外装を見直した。
古びた図鑑の本は、やっぱり濡れた様子もなく乾いていて。
そういえば、僕はこの本を開いていた時、にぎやかな酒の席を羨ましく思っていた。
あれは、どうしてだろうか。
今の僕はそうは思わない。
なんで羨ましいと思えたのだろうか?
「人の輪が苦手で、いつもにぎやかな席を眺めるだけの静かな人だったらしい。
ティオ、その手の中の石どうした?」
ジノの言葉を聞いて、僕は唖然としてしまって暫く動けなくなってしまった。
手の中には石がある。
何か気にしている様子のジノがカウンターから出てきて、僕の持つ石を手にとって。
「もしかすると魔石かもしれないな」
「ましぇき?」
ジノに聞き返した僕の頭に、いつかの黒騎士の言葉が蘇る。
「時の石の気配をかんじる」「石の存在を知っている奴には気をつけろ」と。
ジノは?
ジノは魔石と言っていた。
彼は石の事を何か知っているのだろうか。
僕は彼にそのことを聞いてもいいのだろうか。
彼は黒騎士が僕に忠告していた人物なのだろうか。
石を僕に返したジノは、「その石は隠しておけ」と言い、またカウンターに戻っていった。