動物の本能
森を出て平地に行き人里を目指す。
そう決めた僕だけど、昨日の失敗から学びがなかった訳じゃいない。
前世で培った持ち前の用心深さで考える。
森から出た僕に飛んできた投石。
あれは僕を狙った攻撃だけど、僕に向けられた悪意ではない。きっと。
森から平地に出ようとすると作動する罠が仕掛けてあったと考えよう。
なぜ森から出ようとすると投石が飛んでくるのか。
それは森から出ては困るものが出てくるから。
困るもの、困るもの。
僕の頭にあの熊の姿が浮かび上がった。
出会ったのはあの一度きり。
だけどもう一度会いたいとは思えない相手。
森から出て来る熊に警戒しているから、罠はそのために作られたと考えてみる。
それは凄く納得がいく答えのような気がして、僕はその過程で考えていくことに決めた。
僕は人里に降りてみたい。
森からの人里に降りると罠があるかもしれない。
昨日は罠があることを考えていなかったから動けなかった。
注意深く観察したら大丈夫かもしれない。
僕はやっぱり人間だからなのか、狼を傷つけたのが人間だとしても森より人に惹かれているのは、前世の感覚なのかそれとも愛に飢えた今世の人恋しさからからかもしれない。
左肩に浮かぶ狼の痣が暖かい気がするのは、加護者を失った僕へのエールのようにも感じられた。
森の奥から平原の近くまで降りてきた僕は、罠の痕跡を抜け目なく探っていく。
木と木の間から、距離を取りゆっくりと。
急に身についた身体能力から視力もかなりよくなった気がするのに、もっと足りない。
もっとよく見たい、しっかり見たい。
そう思うと両の目が熱くなっていくようなな気がして、視界が気のせいだと思うことが無いほどクリアになっていく。
便利すぎる。
僕は鷹の目と表現していいくらい目がよくなった感覚のまま、更に森の奥から用心深く観察してみることにした。
すると、森の中から平地へと駆け出す大型のイノシシの姿が見えた。
イノシシ居たんだ。気づかなかったなぁ。
罠が作動し、イノシシに降り注ぐ大量の投石を見ている僕は、続くように森を抜けだす二頭目のイノシシ、三頭目のイノシシ、四投目のイノシシを見ながら疑問を抱く。
この森そんなに動物居たのかな?
空を見上げてみれば、一面に大量の鳥が森から飛び立っている。
もっとよく見よう、と。僕が森の端まで移動すると。動物の移動は止まってしまう。
ん??
また森の奥に戻り視界の確保に意識を向けると、再び動き出す動物達。
これは……。
僕の頭によぎった答え。
それは、僕は森の生き物に避けられている?
なんでだろう。
答えは出ている気がした。
狼と過ごしていたとき僕は、熊と出会うまで動物を見かけたことがない。
そして、熊と出会ったときは狼が居なかった時で。
今の僕は狼がそばにいなくても動物と出会わなくなった。だけど身体能力があがって、魔法も出せてしまい、肩に狼の痣がついている。
この痣はもしかするととんでもなく僕を強化してしまってる強者の痣かもしれない。
そう思った僕は駆け出した。
全力疾走で森をかけだし、小さく見えていた動物達のもとへと一直線に。
動物には本能がある。強者からは逃げたい本能が。
予想通りで喜んでいいのか、悲しんでいいのか。
やっぱり僕は避けられていたらしい。
必死の形相で散り散りになりながら逃げ始めた動物たちの哀れな姿に少しだけ胸が痛み、小さなおててで顔を抑えた。
なんか、傷ついた。
人里へと焦がれていた僕の気持ちは、急な冷静さによって押し止められていく。
森から出てきた親もいない小さな幼児。
動物が本能で逃げ出す謎の強感。
やばい。完全に不審者確定。
サスペンスでバイオレンスなUMA的意味の不信感MAX。
人里に降りる前に、僕には準備が必要だと思った。