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東に住む獣の皇子※残酷な描写に注意

レン・ブティが直ぐに返ってくると予想したダビア・マッキンレイからの返信は、待っても彼の予想に反して一向に届く様子がない。


「……歯向かったな」


直ぐにでもマッキンレイ家に殴り込みたいところだが、今そんな浅はかな事はできない、と。考え直し。

レンは自室の机でイライラしながら落ち着かず指を鳴らす。

コンコン、コンコンとレンの長い指が机の天板を叩く音が響き、彼はガンッとそこに手のひらを叩きつけると立ち上がる。


あの小心者が一人で判断してレンの招待を無視するはずがない。

母親のキー・マッキンレイが容認していると考える方が自然だ。

ブティ家はマッキンレイ家に転移の石を借りる交渉を始めたばかり。

南から代わりの石を奪えていない今、マッキンレイ家と揉めることは避けておくべきだった。


レンの脳裏に陰気なダビアの顔が浮かぶ。

とたん、苛立ったレンは手近にあったインク入れを床に叩きつけた。

赤い柔らかな絨毯の上に、真っ黒な液が染み込んでいく。



放任していたキー・マッキンレイがダビアを加護し始めたのは何故だろうか。

あの女は、レンが一線を越えるような動きを見せない限り静観している筈だった。今までは。


心境を変えたきっかけは、ダビアも後継者候補の一人として数えられたことか……?。


レンは苛立ちを隠せず、ドカンと傍の机を蹴りつけた。

魔法で強化された彼の足は、木製の机に傷をつけ。衝撃が加えられた場所からは熱気を帯びた煙が上がっている。


「くっそがっふざけやがって」


ダビアが同行しなければ保険をかけておけなくなる。

レンはダビアがいようがいまいがどうでもいい。

でも、母は違うだろう。


ダビアが付き添わないとなれば、計画を取りやめ慎重に事を進めるように考えるかもしれない。


ばかばかしい。


レンは立てかけてあった己の剣を担ぎ上げると、ゆらゆら熱気を身体に纏わせ部屋を出る。


「訓練だ!お前と、お前、それからお前も来い!」


「「「御意!」」」


レンの部屋の前に控えていたブティ家の私兵は残虐なレンの暴挙を恐れている。

指名された三名はビクリと身を震わせながらレンに付き添うけれど顔色は悪い。


向かう先は広場だろうか、演習場だろうか。

人を人とも思わず甚振るレンの残虐性はブティ家では誰もが知ることで。

けれども、家族を、家を守らなければならない彼等に逃げ道はない。


母親のアシュリンも「嫌なら強くなればいい」という考え方なので、「レンを止めてほしい」という家人の訴えは聞き入れられたことが無かった。

そのが増々レンの残虐性を増長させている。


レンが中庭につく頃、目の前に華やかな丸い球が転がってきた。

テンッテンッと可愛らしく跳ねながら転がってくるその球の後ろには、レンに気づいていない様子の少女の姿がある。

赤髪で隠れて目は見えないが、その姿には見覚えがあった。


確か……レチューガ家の末娘。


リーガ・レチューガ。






レンは目の前を通り過ぎようとする球を足で止めた。


「あっ……あっありがっ……ヒグッ」


レンの姿に気づくと、おどおどタドタド喋りだすリーガ。

レンは、リーガがしゃべり終える前に、球をリーガの顔面目掛けて蹴りこんだ。


鼻を両手で抑えて蹲ったリーガ。

手の間からは赤い液がぽたぽたと零れている。

ブルブル背中を震わせる少女にレンはククッと口端をあげ。


目をギラギラ輝かせた。


退屈しのぎに何か浮かんだ様子のレン。

私兵等は、レンの行為を咎める気概もないものばかり。

苦言を言える私兵はみんなお墓の中なのだから。

残った順応になるしかない者たちは、恐れながら先を見守るばかりだった。


「運動は辞めた。他の奴ら(私兵団)も呼んで来い。

楽しい外遊びをはじめる」


レンの言葉を聞いて「御意」と返事を返した一人が引き返していく。


残る二人はレンに付き添いながら、彼の遊びを免れてよかったのか戸惑いながら。

彼等は嫌な予感を感じながらも、レンの後についていく事しか選択できなかった。










「何している。帰るぞ」


レンが去った後、蹲ったまま置き去りになっていたリーガに、兄エルドン・レチューガの声がかけられた。

よたよた顔をあげたリーガの顔面は、赤く薄っすら腫れを作っていて。鼻血が飛び散った口元は赤い鮮血で汚れていた。

エルドンは眉を顰めて汚い者を見る目で妹を一瞥すると、背中を向けて歩きだす。

リーガは悲しそうに俯きながら、兄の背中をよたよたとおいかけ。

途中で黒い焦げ目がついた球を抱えると、またよたよた兄を追いかけていった。







馬車に乗り込んだエルドンは、よろよろ遅れて乗り込んだリーガを睨むように見ている。

リーガは、兄と目線が合うことが無いよううつむいたまま。


「レン・ブティの魔法はどうだった?」


エルドンの言葉に、リーガはびくりと身体を震わせたあと、少し迷う仕草をしたがふるふる首を振った。


「そうか、やっぱり彼奴は紛い物か」


リーガの反応に気分を良くしたエルドンは、「わざわざブティまで来たかいがあった」とニヤリと笑いながら。

手元にあった手紙をグシャリと握りしめ。


「騙せたと思っているんだろうな。すべてバレている事にも気づかず」


手紙はジョディス・レチューガに宛てられたもので裏にはアシュリン・ブティの名前が記されていた。



「ご、ごめんなさい……ひ、ひとりでい、行かせて……わ、わたしは、ア、アシュリン様に、き、き、きらわれて、い、いるからっ」


顔を俯かせたまま謝るリーガに、エルドンは手紙から視線を逸らし一瞬目を向ける。


「始めからお前が追い出されることは想定済みだ」


会話は終わりだと窓の外にエルドンが視線を向けた後、二人の会話はない。

窓の外に目を向けるエルドンと、俯いたままのリーガを乗せたまま。

馬車は静かにレチューガへと帰路を急ぐ。

馬の蹄の音と、車輪の音だけが響いていた。















リーガ・レチューガを置き去りにしたレン・ブティは、私兵達と共に郊外の村に来ていた。

自身の特徴的な赤い髪を覆い隠せる真っ黒な布袋を頭に被せて。

私兵達にも同じ黒い布袋を被らせて。


「この先がマッキンレイの領だな」


レンの問いかけに、私兵を代表した一人が答える。


「はい!ですが、いったい何をされるおつもりですか?」


怪訝な様子で見返す私兵に、レンはククと笑う。


「ついてこい!楽しい遊びの時間だ」













その日、マッキンレイの領土の外れの小さな村に火災が起きたという。

村は全焼し、争った形跡もあったものの、不自然な程焼け焦げた火元は謎のまま。

目撃者は元より生存者も居らず、火災は事故として処理されることになった。

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