ダビア・マッキンレイ※残酷な描写に注意(虐め)
ダビア・マッキンレイは、ブティ家から届いた手紙を暖炉に投げ捨てた。
ダンッ!と音をたて。
苛立ち紛れに床に投げ捨てたのは、手紙と一緒にレン・ブティから届けられた獣の頭部。
青い絨毯の惹かれた彼の部屋の床に、赤い血がひろがっていく。
「忌々しい」
レン・ブティは初めて会った時から嫌な子供だった。
ダビア・マッキンレイがまだ悪意を知らなかった頃。
母からは碌に構って貰えることもなく。
冷たく放置されたままで、使用人たちに腫物を扱うように育てられながら。
初めてマッキンレイ家に訪れた、歳の近い子供だというレン・ブティを紹介され。
最初は同じ子供と関わることが戸惑いよりも嬉しさが勝っていたダビアの期待を、レン・ブティは粉々になるまで打ち砕いた。
「お前、今日から俺の犬になれよ」
言われた言葉が理解できなかった。
ダビアの大切にしているコレクションは彼の来訪があると奪われ、壊され、隠された。
挨拶代わりに鳩尾を蹴られ、すれ違いにお腹を殴られ。
逆らうと、口癖のように囁かれる「殺してやろうか」という脅しが怖くて怖くて。
その目が妙にリアルで。
すっかり彼の前で委縮してしまうようになった頃には。
ダビアはレンが怖くて恐ろしくて大嫌いな相手になっていた。
母のキー・マッキンレイに相談したことも何度もあった。
けれども、キーはダビアの訴えにため息をつき、守ってくれるどころか「レン・ブティは背中に獣の印があると噂の子なのだから、苛烈な事は当たり前。それより、貴方が強くなりなさい。弱い子供は邪魔なだけ。釘はさしておいたから。殺されることはないでしょう」と、突き放したから。
ダビアは母の事も信じられなくなり。
更に、母がブティ家との交流を絶つことはなく続けたこともあわさり、徐々にダビアをゆがめていった。
マッキンレイ家にレンが来ることも嫌だったけれど。
ブティ家に招かれることの方がダビアには辛かった。
母は、ダビアにレイから強力な魔法を学べという。
マッキンレイ家には水の魔法が出ることがおおく、レンの苛烈さとは相反しているから。
ダビアが努力して努力してやっと発現した魔法の力で薄い水の膜を張れた時には。
「弱いわね」と、一言評しただけの、無関心なままで。
ダビアは幼心に母は自分の味方ではないと気づいた。
だけど、幼い彼は母の愛を諦められず、ダビアの心は更に歪にゆがんでいく。
ある日、レンから「的当ての練習台になれと」言われたダビアは、マッキンレイ家の使用人等と一緒にレンの炎から逃げまどっていた。
母はこの異常な遊びを知らないはずがないと思うのに、止める様子はない。
レンの母のアシュリンと共にお茶を楽しんだまま。
一人ずつ倒れていく使用人のせいで、徐々に的は減っていく。
レンはダビアを甚振って楽しんでいる。
ダビアはレンがわざと自分を残して逃げる様子を見ている思った。
弱いダビアが藻掻いて苦しむ姿を見て楽しいのだろうか。
レンならそうする、と思った。
だから、残りの使用人の数を確認しながら、ダビアは自分の番を予測して罠を張った。
そして、予想通りダビアは残され。
最後の一人の使用人が、レンの炎に焼かれた後。
残虐で苛烈なレンは薄気味悪い笑みを浮かべながらダビアを追い詰めようと近寄ってくる。
いつものレンの悪癖で、ダビアが気を失うまで痛めつけて反応を楽しみたいのだろう。
そうなることを疑わないレン。
いつもならそうなった。でも、その時は違った。
今だ。
そう思って、用意していた水の魔法の膜を張ったシーツを天井から落とす。
シーツは水を纏ったまま、レンに覆いかぶさり。
ダビアの用意した罠は見事に効力を発揮していた。
「んー!んー!んー!」ともがくレンの姿にダビアは笑みを浮かべる。
恐怖の対象だったレンが、ダビアの罠にかかってもがいている。
藻掻く姿を見るのが楽しいとダビアはそれまで思ったことがなかった。
ダビアの魔法はレンの魔法の様なつよさも派手さもなかったけど。
その分足りない魔力を知恵で補った、それが功を称してレンの身体を拘束できたのだ。
「どけ!」と怒鳴り暴れるレイの動きがゆっくりゆっくり緩慢になっていくから。
ダビアはレンがこのまま息耐えてくれるのを期待した。
知らず、笑みを浮かべていたようで。
けれども、駆けつけてきた母達の登場でダビアの期待は砕かれる。
「レン!!」
アシュリン・ブティとキー・マッキンレイは拘束されていた水の膜と絡みついたシーツをレンからはぎとると、不満そうに立っていたダビアに向き直った。
パンッと頬を張られ、床に倒れこむダビア。叩いたのは母キー・マッキンレイ。
「何やってんの!?死んでしまうわよ」
ダビアは叩かれた頬に手を当て呆然とした。
自分はいつも助けを求めていたし、何度死にそうだと思ったのか分からない。
母がレンとダビアを殺さないという約束をしているから何だというのだろうか。
ダビアは何度も死ぬ思いをしながらレンと向き合ってきたのに。
マッキンレイ家の使用人も何人焼かれたか分からない。
それなのに……。
ダビアが呆然としている間、アシュリン・ブティに抱き起されたレン・ブティは咳き込ん見ながらダビアを睨みつけていた。
「キー・マッキンレイ。息子の教育はどうなっているの?危うくレンが殺されるところだったわ」
レンの母の批難に、ダビアの母は「申し訳ございません。教育不足でしたわ」と頭を下げている。
なぜそうするのだろうか。
ダビアはレンにずっとひどい扱いを受けているのに。
ダビアは、母に、レンがされているように守ってほしいのに。
何で。
「くそがぁっっ」
呼吸を整えたレンが感情を爆発させる。
赤く、赤くうねる髪。
苛烈な彼が出す怒りの込められた炎はダビアにまっすぐ向けられて。
強烈な炎の塊が吐き出される。
ダビアにむって。
パシュン、と。
焼かれる覚悟を決めたダビアの前で飛散したレンの炎。
「え?」と呆然とするダビアの隣で。
レイの炎を消したのは、ダビアを守ってくれることが無かった筈の母が作った水の膜。
「殺す気だったわね、今の」
いつもとは違う母の様子に、苛烈なレンも、レンの母も押し黙る。
「お遊びは許してあげるけれど、やりすぎたら許さないわ」
「っ悪かったわよ。
ごめんねキー。
アンタの息子がレンの事殺しかけたから、レンも加減が効かなかったのよ」
ダビアの前で、キー・マッキンレイに媚びるようにしゃべるアシュリン・ブティを見たのは初めての事だった。
苛烈なレンも自分の母の様子を見るばかりで何も反論しない。
驚いているようだった。
ダビアにとって、母に守られたことは奇妙だった。
殺さなければどうでもいい存在のダビアは、殺されそうになった時だけ母の関心を向けられるのか?と思った。
自分の境遇を認識し、目から光を消したダビア。
彼は、ドロドロに濁った目で母を、レンを、レンの母を見た。
殺さそうになれば助けてもらえるなら、そうしようか。
でも、傷つけられるのは嫌いだから。
そう見える様に動いてみよう。
以降、レンとダビアの関係に、キー・マッキンレイが口を挟むことが増えていった。
ダビアがそうなるように仕組んだ。
そうすれば、徐々にマッキンレイ家にアシュリン・ブティがレイを伴ってくる頻度は減っていき、ブティ家にダビアが連れていかれる頻度も減っていった。
目論見通りに変わりだした状況に、ダビアは暗い陰気な目を光らせてクックと笑う。
そして、最後にレン・ブティと顔を合わせたのは次代の候補が東からだと知らされた後。
背中の獣がレンの態度を助長させ、彼も、彼の母も後継者はレンだとでも言うように振舞っていたが。
はたしてそれはどうだろうか。
母が変わった。
「貴方も後継者の一人になったのだからしっかりしなさい。これからは無理にレンに会う必要もないわ」
母の目がダビアに向き始めたようだった。
だけど、今更遅い。
ダビアはレン・ブティもキー・マッキンレイも憎んでいた。
使用人がレンからの手紙を母に伝えた時も、「ダビア様が従う必要はありませんと、キー様はおっしゃっています」と言付かってきたが。
だったら、幼い頃から耐えてきたあの時間はなんだったというのか。
今更好きにしていいというのは遅すぎる。
ダビアは、レンが送ってきた手紙がすっかり燃え切った暖炉に目を向けた後。
レンが面白半分の脅しに送ってきただろう動物の頭部を踏みぬいた。
赤い色がじわじわじわじわ広がっていく。
「返信は必要ない。手紙はこなかった」
ダビアが伝えると、使用人が頭を下げて遠ざかる。
レンの要望をかなえるつもりはダビアにはなかった。
ダビアが濁った眼をして思案する。
南か……。
レンがそこに向かうのなら、何か仕掛けをプレゼントするのもいいかもしれない、と。