卑怯で臆病な
「うおおおおおおおやったぞおおお」
「すげええ」
わああああと上がる感性、感性、感性。
僕は、外壁の外に埋め込まれていたトラップの威力に戸惑っていた。
地面に仕込まれた仕掛けの威力は絶大で、僕が危険を冒しながらこの場所にいなくても。
僕がエルザを隠れ蓑にして肩の狼の力を出そうとしなくても。
彼等の力で、あの巨体をあそこに誘導していき、ロカの街は守られていたのではないだろうか。
力を持つ僕は、モンスターの襲撃を見て救世主にならなければ成らないと自分の力をおごっていたのではないだろうか。
とんだ勘違いだ。
僕はただの異分子でイレギュラー。
力をもっていても、人の世界に馴染めない不純物。
僕は自分が必要じゃなかった者に思えて悲しくなる。
僕に注がれる強いエルザの視線を感じる。
おそるおそる見上げた僕と、目がまだあわないうちに。
僕の頭にポンと優しく乗せられる細く軽くて固いエルザの手。
「助かったよ。ありがとうね」
僕は何だか卑屈な自分を恥じてしまって。
下を俯き、顔を隠した。
こくっと首だけで返事をした僕を、エルザは片手でひょいと抱き上げてしまう。
僕は卑屈で臆病な自分を見抜かれている様でいたたまれなかった。
僕の力が危険を退ける決定打にならなかったことを嘆いていたわけじゃない。
考えすぎて、狡猾になりすぎて、臆病を隠しすぎて。
僕は、子供が持ち得ない力の隠れ蓑としてエルザを盾にしてしまったのに。
それなのに役に立てなかった結果に恥じ入り、落胆して、彼女に合わせる顔を無くしてるんだ。
「ティオは魔法使いなんだね。凄い凄い。
おねぇさん助かっちゃった」
知ってか、知らずか。
エルザは僕を責めることもしないで、抱えた僕の背中をポンポンしながらねぎらってくれる。
ごめんなさいと、ありがとうと、すみませんと。
僕は頭の中で何回も何回も復唱する。
そんな僕の心の中を知ってか、知らずか。耳元に唇を寄せた彼女は。
「大丈夫、大丈夫。
ティオは賢い子だね。
流石のあたしも、あの力乗せたまま打ち込んだらヤバいってわかったからさ、紛れる様に射抜いたんだよ。だから大丈夫バレてない」
エルザの内緒話に、僕は初めて顔をあげた。
見上げた僕の視線と、エルザの視線が交差する。
エルザの瞳に映り込む、僕の姿を凝視できるほど、僕は息を止めて彼女を見ていた。
「強化する相手にあたしを選んだところも高評価」
二ッと悪戯が成功した子供の様に笑うエルザの笑み。
僕は固まってしまって、ただただ見返してしまう。
「いよぉエルザ。最後の一撃ヤバかったな。ナイスゥ。
ティオは何で居んだ?」
至近距離で見つめあったままの僕達の背中にかけられる声。
「よくあたしの弓って分かったね。
ウィガロの足止めも流石だったよ。
にしても、あんた先頭切って突っ込んでったから傷だらけじゃないかい」
「ニシシシ。冒険者やる前から一緒に居んだ。
ちょっと禍々しくて迷ったけど、お前の矢を俺がわからねぇわけないわ。
ま、タイミングがタイミングだったし、見えたのは偶然だったけどな」
ウィガロの言葉に、エルザからフフッと声がもれる。
僕も身体の緊張を少しとく。
「それよりなぁみてくれよ。……身体よりも、相棒が壊れちまった」
ウィガロ以上にボロボロになったウィガロの武器は、刃先が砕けていた。
「支給予定の微々たる報酬は武器の修理に消えちまう」と頭を抱えながら嘆いている。
ウィガロの軽い様子に、エルザは僕に視線を送ると片目をつむってニッと笑み、僕はホゥとようやく息を吐きだして。
それから、だんだん恥からゆっくりゆっくり耳に熱が集まっていくのを感じた。
僕は考え過ぎてしまう。
一人で考え過ぎて、一人で考え込んで……。
なんだかそれがとても恥ずかしくて、安心したことも合さって。
もしかしたら、僕のちいさなお耳は今、真っ赤になっているのかもしれないと思った。
「まぁ、俺らより。今回の主役はあっちみたいだけど?」
あっち、とウィガロが差す先には人だかりができている。
「何あの集まり」
訊ねるエルザ。
僕もわからず同意見。
「ん?見えてなかったのか?
あいつが今回の功労者でこれから時の人になる魔法使い少年。
モンスターが外壁ぶち破って突っ込んできた時、一人でバリア展開してあの巨体を弾き飛ばしたのよ。
相当な魔力の持ち主だぜ」
「ああ、あの時ね。あんな小さな子供だったんだ」
外壁までモンスターを押し出すタイミングを作ったのは、あの子供の魔法。
まだ小さくノノより少し年上くらいの子供に見える。
彼は自分の足でモンスターの前に立ち向かったのだろうか。
それとも偶然居合わせてしまったのだろうか。
僕には距離をとって攻撃していたエルザの傍に近寄るだけで精いっぱいだったから。
凄い子だなぁと素直に思った。
「でも、こっから荒れるぞ。あいつ多分はぐれの孤児だ」
嫌気がさすと顔に出して、エルザに訴えるウィガロ。
エルザもそれに頷いた。
「魔法使いは貴重な戦力だからね。戦力欲しさに歳なんて関係なしに仲間に引き入れようとする人も多いし。
あれだけの魔力量になってきたら、競争は必須だよ。
とくに、はぐれなのが不味いね。
後ろ盾持ってなきゃ使い潰されて終わりになる可能性の方が高い。
衛兵も見てる前でやっちまったから、貴族も手を出してくるかもしれないね」
まるで、僕に言い聞かせるように丁寧に見解を話すエルザの言葉。
僕は聞き逃さないよう真剣に耳を傾ける。
「だなぁ。ま、一つ運がいい事は。
今日からギルド職員(見習い)でジノがいるっつうこったな」
どういう事だろうか。
疑問を浮かべる僕。
「そうだね。ジノならうまく守ってやれるかもしれないね」
フフッと傷の残る頬を緩ませるエルザ。
魔法使いの孤児とギルドの受付にいるジノがどう結びつくんだろう、と。
僕は悩んでみたけれど答えは出なかった。
「ま、それはそれとして。ティオは何で耳まっかなの?」
んええ!?
急な指摘に、僕はビックリして身体を揺らし、エルザはクックと喉を鳴らし笑い声を押し殺した。